6.休日


 もがみ荘の居間には、六十インチの薄型テレビとシアターラックが置かれている。

 夏希はあまりテレビは見ないが、このシアターラックに自前のアイポッドを繋ぎ、音楽を聴きながら読書をするのが好きだった。

 今日はゴールデンウィーク最終日だが、夏希には特段の予定がない。朝食後は居間の座椅子にもたれ、静かなインストゥルメンタルを聴きながら読書に耽っていた。

 前日の読みかけだった新書を読み終わった頃、ポケットに入れていたスマホが振動する。


【大橋:遊ぼうぜ】


 画面を見ると、健太からのライン通知だった。夏希はテーブルに置いていたブルーライトカットメガネをかけてから、


【遊ぶって?】


 と、返信してみる。

 既読からやや間が空いたのち、


【大橋:カラオケとか】

【んー】

【大橋:ボーリングがいい?】

【いや、ちょっと用事があって】


 そう返信したところで、健太が無料通話をかけてきた。夏希は座椅子から立ち上がり、音楽を消してから電話に出た。


「はい?」

『おう。用事ってなんだ? 一日中かかる系?』


 健太が疑問を連ねてくる。

 夏希は「あー」と曖昧にうなってから、


「かかるかもしれんし、かかんないかもしれない」

『んだよそれ』

「ようするに、遊ぶのは厳しいってこと」

『まさかとは思うが、課題が終わってないとか? いや、お前に限ってそれはねえか』


 夏希は苦笑を挟んだ。


「あながち的外れでもないな」

『ああ? あー、察したわ。昨日まで合宿だったんだっけ』

「一ヶ月後にはインハイの予選らしいから。まあ課題の存在自体知らなかったみたいだから、あんまり関係なさそうだけど」

『はは。お前も大変だな』

「大橋こそ大丈夫なのか?」

『利乃のやつ写させてもらった』

「人のこと笑えないな」

『課題のこと忘れてなかっただけマシだろ』


 ぬけぬけとのたまう健太に、夏希は目いっぱいの溜め息を返した。

 が、健太は特に気にした様子もなく、


『はー、とするとどうすっかな。暇なんだよとにかく』

「美沢でも誘えば?」

『あいつデートだってさ。嫌味な奴だ』

「川田さんは?」

『いやいや、利乃と遊びに行くとかないから』

「じゃあ田上先輩は?」


 夏希の提案に対し、健太は電話越しに咳き込んだ。


『無理無理! オレと二人きりなんて絶対OKしてくれねえだろ』

「なら川田さんも一緒に誘うのは? 文芸部メンバーで遊びに行きませんかって」

『でもお前は来ないんだろ?』

「そうなるけど」

『うーむ』


 健太は素直に聞き入れず、五秒ほどうなった。


『先輩、来てくれるかね』

「向こうも暇してるかもしれないし、たまには積極的にいってみれば?」

『まあ、そうだな。ダメ元で聞いてみるわ』


 ぷつりと通話が途切れる。

 スマホで時刻を確認すると、読書を始めてから一時間ほど経過していた。


「そろそろかな」


 そう独りごちた夏希は、スマホで千春に電話をかけた。


『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません』


 繋がらなかったため、二階へ上がって千春の部屋まで向かう。


「西城さん、俺だけど」


 ドアをノックして呼びかけたが、応答がない。


「入るよ」


 再度断りを入れてから、夏希は部屋の中へと踏み入った。

 千春の部屋は、彼女の性格を投影しているかのように簡素な様相だった。

 寝具やマットの色合いが暖色であることや、本棚が漫画だらけであること以外は、夏希の部屋とあまり差異がない。女子高生らしい小物なども見当たらなかった。

 課題に追われているはずの千春は、学習机に座ったまま船を漕いでいた。机上の端には、まだ多くのノートやワークが積まれたままになっている。


「おーい、西城さん」


 千春の肩を叩き、呼びかけてみる。

 すると、彼女はハッと背筋を伸ばし、


「え、え? なに?」


 と、慌てたように振り返った。


「いや、こないだの漫画の続き、借りようと思って」


 夏希が後方にある本棚を指さす。

 千春はしばらく呆けていたが、ほどなくして、


「私、寝とった?」

「自分ではどう思う?」

「聞かなきゃよかった」


 手元のワークに目を落とし、千春は肩を落とした。

 夏希は本棚の前まで行って漫画を選び抜きながら、


「昼ご飯、ラーメンでいいよね?」


 と、確認を取った。千春はなにも答えなかった。

 漫画を選び終え、夏希はドアへと向かった。

 と、その時。


「ありがと」


 千春の、呟くような声が聞こえた。


「別に」


 夏希はなんでもないように答えて、部屋を出た。

 階段へ差しかかった時、ポケットの中でスマホが震えた。また健太からのラインだった。


【大橋:利乃に断られた】

【なんで?】

【大橋:あたしを出しにしないで、だってさ】


 夏希はハッとなった。

 しばらくその場に立ち尽くしていると、近所で遊んでいる子供たちの無邪気な声が聞こえてきて、自然と溜め息がこぼれた。





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