第7話「ジョーの怪談話・真夜中の排気音」


~見果てぬ夢を追い続け

忘れていたあの日の思いを取り戻すために

赤いマシンにまたがってやって来ました大都会、

愛する人を隣に乗せて駆け抜けてきた幾星霜、

嗚呼、これぞ愛と浪漫の旅なのさ~




「来年は鈴鹿の8時間耐久レースに出たいよな」

 ある夏の日のこと、ジョーがいきなりそう言った。

 ポップの店にジョーが点検にきたときのことだ。

「レースに出るの?」

 薫が聞く。

「そうだぜ、薫。レースだ、レース」

 得意そうにそう言うジョー。

 実は、ジョーの舎弟たち(元暴走族。とはいえ、未だ現役でもあるのだが)はポップの店の常連であるバイク野郎たちとレーシングチームを作っていた。

 そういうこともあって、面倒見のいいジョーは、耐久レースに舎弟たちを連れて行きたいと思っていた。

 だが、彼は知らない。

 8時間耐久レースとは、今までいろいろなレースに出てポイントを稼がないと出ることができないということに。

「…………」

 だが、ジョーの身体を点検しているポップは何も言わない。そういうことをよく知っているはずなのだが。面白がっているのか、話にならないと思っているのか、よくわからん親父である。

 もっとも、そういうことについては薫だってまったく知らない素人なのだから、すっかりジョーも薫もレース話で盛りあがっていた。

「すごいや、ジョー。僕も応援するよ」

「おう、頼むぜ。お、それならその8時間耐久に向けて合宿だ、合宿」

 そんなこんなで、ジョーたちはレースのための合宿をすることになった。


 そして、とあるサーキットでの合宿が始まった。(決して鈴鹿などではできない)

 合宿には、ジョーはもちろんのことチームの面々、ジョーの舎弟たち、そしてポップの店の常連、それから無理やり連れてこられた薫。

「ジョー、なんで僕まで?」

「応援するって言っただろーが、だったら合宿くらい付き合え」

「え───」

 とまあ、グダグダとしていた薫ではあるが、いつのまにやらチームの面々と和気あいあいとしていたのであった。

 さて、合宿といえば───枕投げ(それ違うだろ?)、酒盛り(ヲイ)、そして───怪談(……)。

 そういうことで、一人づつ怖い話をすることになった。

「えー、とあるトンネルを車で通ろうとしたところ、誰かが手を上げて………」

「ひぇ~」

「……その女性を乗せてしばらく走ったら………」

「どひぃ~」

「……いつのまにかいなくなってて、座席が濡れていた……」

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

「うるせぇっ、薫っ、おめーたいがいにしろよっ!」

 ジョーが怒鳴った。

 薫は、舎弟の一人が何か喋るごとに悲鳴を上げ続けるので、いいかげんジョーはイライラが頂点に達していたのだった。

「おめーちゃんとついてるもんついてんだろーがっ、ちったーしゃんとしろ、しゃんと。だから男なんかに追っかけられるでいっ!」

「そんなひどい~、ジョー(;_;)」

「まったく、そんな顔マークなんぞつけたって、俺は知らねーぞ」

「まあまあ、ジョーの親分、薫の旦那をそんなに怒鳴るもんじゃありませんぜ」

「そうそう」

 すると、それをなだめようと割って入る舎弟たち。

 気の毒そうに薫を見つめ、

「薫の旦那も、親分の気持ちも察してくださいよ。親分は薫の旦那にもっと男らしくなってもらいたいんですぜ」

「それでなくてもこれだけかわいい顔してちゃ、腐れ切った芸能の世界じゃすぐに男の餌食になっちまう」

「かわいい顔って……僕、もうそんな若くないと思うけど……」

 舎弟たちの言い草に、ほんのちょっと憤慨する薫。

 それでなくても、彼はいろいろと身に覚えがあるものだから、彼らの言葉はジョーに怒鳴られることよりもグサリと胸に突き刺さるのだ。

 まあ、そうやっていろいろすったもんだはあったのだが、いよいよ夜もふけてきて丑三つ時というころ。

「まったくよー!!」

 ジョーが怒鳴った。

「おめーらの話はどいつもこいつもどっかで聞いてきたようなリアリティのねー話ばっかりだよな」

 ふん! とばかりに言い捨てるジョー。

 それから、鼻も高々に(鼻なんてどこにあるんだ?)ジョーは言った。

「これから俺が話すこの話はよー、実は実話だって話だ」

「…………」

 そこにいる全員がシンとしてしまった。

 突っ込めばいいのか、ボケればいいのか、はたまた笑えばいいのかリアクションに困っているといったところか。

 ただ、こっそり(ヲイヲイ)とジョーに聞こえないように横向いて呟いている薫がいたのだが、幸運にもそれはジョーには気づかれなかったらしい。というか、よくそういうことをする勇気があったものだと誉めてやりたい。

 とまあ、そういうことで、

「てめーら、ビビってしょんべんちびるんじゃねーぞ」

 という前口上とともにその話は始まった。


 東北のある土地にジジイがババアと一緒に暮らしていた。それはもう絵に書いたような平和な家族だった。子供は二人いてどちらも男の子ですでに二人とも所帯を持っていた。長男夫婦は一緒に住んでいて、次男夫婦は東京で暮らしていた。

 毎年年末は東京の次男夫婦のところに迎えに来てもらって正月を東京で過ごすのが恒例だった。

 しかし、今年に限ってなかなか連絡が来ない。どうやら仕事が忙しく、なかなか年末年始の段取りがつかないらしい。

 聞けば東京は物価が高く、今年はとくに野菜が高いらしい。

「ワシの作ったこの野菜を次男夫婦に食わしてやりてぇ、かわいい孫に食わしてやりてぇ」

 そう思うとジジイはいてもたってもいられなかった。

 その日の夜中にこっそりと耕運機の後ろのリヤカーにごっそりと野菜を詰めこむジジイ。

 するとそこへやってきたババア。

「あんた、なにしとーだね」

「いや、別に、なんにも」

 慌てるジジイ。

 が、しかしババアはにっこりと笑い、

「隠さんかったってえーだよ。次男とこに行くだがね。ワシも一緒に行くけー、このままこっそり出かけよ」

 そして二人はまだ明けぬ冬の大地へ繰り出した。自分の分身ともいえる耕運機とともに。

 東北の田舎の村から東京まで、どれほどの距離があるのか───

 しかし、彼らにはそんなことは関係なかった。

「バアさんや。この空は東京の次男のところにも続いている。このまま真っ直ぐ走り続ければ辿りつけないところなんてないんだ」

「わかってるさー、ジイさん。わたしゃあんたを信じとるけー、思うがままに進んでけろ」

 二人は言葉を交わさずとも長年連れ添ったその愛ゆえにすべてが伝わるのだった。

 そして、二人は一路東京へと耕運機を進める。

 はじめは順調だった。

 だが北国の山道のこと、あたりはにわかにかき曇り突然の吹雪となった。

 雨風をしのぐ装備もない耕運機のこと、その吹雪の中を突き進むのはとてつもなく辛いことだった。

「バアさん、大丈夫か」

「わたしゃ大丈夫だよ。ジイさんこそ大丈夫か」

「なんのこれしき。あの米軍と戦った大東亜戦争に比べたら、こんなもん屁でもないわい」

 二人はお互いに抱き合いながら吹雪の中をそれでも前へと進むのであった。

「あのぉ~、ジョー? これのどこが怪談なの? これって純愛ドラマ?」

 突然、薫が横からジョーの話の腰を折った。

 一瞬にして凍りつく合宿所。

 舎弟たちはジョーがかんしゃくを起こすのではないかと戦慄する。

「かっ、薫の旦那。親分が今話しておられる最中ですから、その腰を折られないほうが……」

 そこまで言ったとき、

「黙ってきけぇ───!!」

 舎弟どもの思った通り、ジョーはかんしゃくを起こした。

「こっから先がこぇー話になるんじゃねぇか。黙って話を聞いてろ」

 と、吐き捨てるジョー。

「わ、わかりました。親分、先を続けてください」

「どこまで話したっけな……おお、そうだそうだ」

 そして話はまた続く。

 そんな吹雪も堪え、ジジイとババアの行軍は続く。(行軍かよ)

 そのうち吹雪もやみ、空は澄み切った蒼へと変る。

「ジイさんや。二人で旅行なんて新婚旅行以来だねぇ。わたしゃ楽しいよ。ずっとこんな時間が続けばいいね」

 ジイさんに聞こえたかどうかはわからないが、バアさんは呟いた。

 そんな二人の行動を知らない長男夫婦は大慌てだった。

 朝起きたら自分の親たちがいないのだから。

 慌てて警察に捜索願を出し、自分たちも急いでその行方を探す。

 そんなことは露知らず、ジジイとババアは県境の峠へと差し掛かっていた。

「この峠を越えれば後は下りだ」

 そう思った矢先、警察が峠を封鎖していた。

 警察官たちは二人に向かって、

「この先は大雪のため道路は封鎖しましたので引き返していただけませんか」

 そう言われたジジイは、

「何言ってんだ。ワシらは子供が待ってんだ。こんな雪ぐらいでワシのこの耕運機が走れんとでも思ってんのかー。よく見てろ、耕運機ってーのはなー、どんな荒地でも耕せるようにどんなところでも走れるようになっちょるんだ」

 そう言うとジジイはおもむろに路肩の斜面を雪を掻き分け耕運機を走らせた。

「わわわ、わかりました。でも気をつけて行ってくださいね」

 警察官はあまりのジシイの迫力についつい道を譲ってしまった。

 それからしばらくしてまたしても吹雪になった。

 ジジイを通してから2時間くらい経ったのち、警察官は捜索願の報告を聞いたがジジイたちの行方はようとして知れなかった。

 翌日、長男夫婦は自分たちの車を走らせ親が向かったと思われる道を東京へとひた走る。

 とあるドライブインの駐車場で見覚えのある耕運機。

 慌てて店内へ飛びこみ、

「おやじぃ───」

 ようやく父と母の姿を見つけ号泣する長男夫婦。

 こうしてジジイとババアの旅は終わった。

 そして、ジジイとババアは長男夫婦の車に乗って次男夫婦の家へと向かったのであった。

 翌年、ジジイはいつものように耕運機で畑を耕し考える。

「前回は長男夫婦に止められたが、いつかはきっとこの耕運機でバアさんと東京をドライブしてーよなー」

 などと思いながら、いつものように日暮れまで日がな一日畑仕事をこなすはずだった。

 しかし、その日ジジイが帰って来ることはなかった。

 そのまま畑で天寿をまっとうしたのであった。

 その顔はとても満足げだった。

 夢の中でバアさんと東京でもドライブしてるのだろう、とても安らかな顔であった。

 それからしばらくして……

 東京のいたるところで真夜中に耕運機のエンジン音が響くという。


──ドコドコドコドコドコ……


 その音はどこからともなく響いてくる。

 まるで、そのジジイとババアがドライブをしているかのように。


「ジョー、それのどこが怖いの?」

 さらに心の中で(それに、ジョー、その話ってちょっと前にTVでやってたよね)と思ったが、言葉には出さない薫だった。

「そうですよ、親分。ジーンとはきたけど、ちっとも怖い話じゃないですぜ」

 その言葉に全員が頷いた。

「おめー、この話を聞いて、こわくねーのかっ! 幽霊が、しかもジジイとババアだぞ。もし俺の上に幽霊が乗ってたら俺は……こぇーぞ!」

 バイクと耕運機じゃ全然違うが、とりあえずは乗って移動できるものっていうことで、同じに感じるのか。しかも、さらにゴールに辿りつけなかったということを聞くとひとごとではないと思うのだろう。

 そういう問題だったのか。

 耕運機の立場で怖かったのか、ジョー。


 そのとき、どこからともなく音が聞こえる。


──ドコドコドコドコドコ……


「ぎょぇぇぇ~!!」

 薫が叫んだ。

 それもそのはず、ジョーが話し終わったとたん、どこからともなく陰にこもった発動機の音がしたからだ。

「まっ、まさか……」

「そ、そんなことが?」

 青ざめる舎弟たち。

「ジョォォォ~、ひーん(><)」

 薫はジョーに思いっきりすがりつく。

「…………」

 いったいこの音はどこから聞こえるのだ。

 ジョーや舎弟たちは恐怖にかられながらも聴覚神経を研ぎ澄ます。

「外からだ!」

 ふいに叫ぶジョー。

「ひぃぃぃんんんん!!」

 慌てて、さらにカウルも割れよとばかりにジョーにしがみつく力を増す薫。

「いてぇだろー薫! ちょっと離れろ」

 それから、ジョーは舎弟Aに「おまえちょっと見て来い」と命令した。

 だが、舎弟Aも、そして他の皆もブンブンと首を振るばかりで誰も見てこようとするものはいない。

「ちっ…」

 ジョーは舌打ちをすると、

「しょーがねーなー、じゃあ、皆で見に行くってのはどうだ?」

 あくまで自分だけが見に行くとは言わないジョー。

 おまえもか、ジョー。

 そりゃ、あたりまえだ、怖いもんは誰でも怖い。

 そして、ジョーたちはこぞって外に出た。

 真っ暗だった。

 何か出てもおかしくない雰囲気がむんむんしている。

 と、そこへ。


──ドコドコドコドコドコ……


 またしても陰にこもった音が響き渡り───

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 ジョーも薫も舎弟たちもすべてが叫んだ。

 すると、

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 ポップがびっくりして叫んだ。

「って、おまえらどーしたんだ?」

 ポップは怪談話に加わらずに、自分の仕事があるとかで夕飯のあとに外に出ていたのだ。

「どーしたって、今このへんで耕運機の音しませんでした?」

 薫がほっとしながらも、おそるおそるポップに聞く。

 するとポップはこともなげに言いきった。

「そりゃするだろ。今ゴーカートのエンジンの調整してるんだから」

「へ?」

 薫はポカンと口を開けた。

「実はな、仕事で遊園地のゴーカートのエンジン調整を頼まれてんだが、数が多いし明日の開演時間までにやらなくちゃいけなくてな。こんな夜中にやってんだ。どーも調子悪くってかぶるんだ。キャブレーターのセッティングが悪いみたいだな」

「……………」

「……………」

「……………」

 誰も呆れてしまって、何にも言い返す者はいなかった。あのジョーでさえ。


 そんなこんなで合宿も無事終わり、ジョーたちは帰って来た。

 皆とは帰り道がてら解散したのだが、薫とジョーは用事があるからとポップの店に寄った。

 店についたのは夜中のこと。

「やれやれ、やっと帰って来たな、やっぱ自分ちが一番だ」

 そういうジョーに「まだ自分ちじゃないのに」と思った薫だったが、また何いちゃもんつけられるかわかったもんじゃないと黙っていた。

 すると───


──ドコドコドコドコドコ……


「おい、ポップ、まだ整備してんのか?」

 ちょっと店の奥に入ってしまってたポップに、ジョーは呼びかけた。

 だが、すぐに顔を出したポップ。

「そんなわけないだろ、ワシも今おまえらと一緒に帰って来たんだから」

「じゃあ、あの音はいったい…?」

 ジョーも薫もポップも、いつまでもドコドコと耕運機のエンジンの音が響いているのを、何となくそんなこともあるんだなーと黙って聞いていた。

「まあ、おまえとヒカルだったらジジイとババアになって幽霊になってても乗してやってもいいかな」

 ぼそりとジョーは呟いた。

「ほんとに?」

 ジョーの言葉に思わず聞き返した薫だったが、ジョーからの返事はなかった。

 しかし、ジョーの心をわかっている薫は誰に言うともなく「ありがとう」と小さく囁いたのであった。


 その夜、銀座と言わず、歌舞伎町と言わず、東京都内いたるところで耕運機の音が聞こえたらしい。

 そのエンジンの音は、眠らない街、大東京の街中をどこまでも響き渡り、そしてその音は秋の空のように澄み切っていたという。


非道さんの呟き。

「うぉぉぉぉぉ───お盆だと言うのに、ワシの出番はないのかぁぁぁ!! お盆といえば坊主だろーがぁぁぁぁ!! 仏罰当ててやるぅぅぅ」(それでも仏に仕える身か)本当は非道さんネタも用意はしてたのよん、でもでも時間がないんだもん。てゆーか、ちゃんと檀家回ってろ…(M氏の呟き)ちゃんちゃん。

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