第6話「ジョーの薫の白い一日」

「さあて…これをいったいどうしようか」

 3月14日、朝起きて薫は自分の机の上に置かれた小さなかわいい箱をため息混じりに見つめた。

 今日は、いわゆるホワイトデーだった。

 先月女の子からもらったチョコに対してお返しをする日なのだが、一応美青年という売り方をしている薫であったので、そこはそれある程度まとまったチョコがファンの人々からたくさん送られてきていた。(その半数近くが男からのものだったということはあえて言うまい)

 そういうチョコはすべて事務所を通して送られてくる。

 まあ薫のマンションは誰でも知っているのだが(ジョーのせいで)、ジョーの配下の者たちのおかげで得体の知れない者は近寄れないようになっている。

 だから直接チョコを届けに来れるファンは一人もいなかった。

 だが───

「あのチョコ、いったい誰がくれたんだろう」

 そう。

 2月14日。

 仕事から帰って来た薫は、郵便受けに入っていたキレイな包みに包まれた箱を発見した。

 あきらかに郵送されたものではなく、直接持ってきたもののようだった。

 薫は思わずあたりをキョロキョロしたが、誰一人いる気配はなかった。

 それもそうだろう、もうすでに夜も遅かったし、いつ頃持ってきたかもわからない。

 第一、 今までこんなことはなかった。

 不思議に思いつつ、薫はその小さな箱を持って部屋に入っていった。

 特に警戒するでもなく、その包みを開けた。

「わ、おいしそう」

 薫は甘いものに目がなかった。

 チョコは大好物で、特にお酒が入ってるチョコは毎日でも食べたいと思っているくらいだった。

 本人はお酒があまり飲めないたちなのだが、チョコに入ったブランデーとかはけっこう好きであったのだ。

「あっ、これってメリーのブランデーチェリーじゃんか。すごい、僕の大好きなチョコだ!」

 そんなわけで、不思議に思いつつも大好きなチョコを堪能した薫だった。

 で、今回のホワイトデーだ。

 誰からもらったのかわからないチョコだったが、一番自分がほしいと思ってたチョコをもらったので、ついデパートでホワイトデー用のクッキーなど買ってきてしまった。

「はああ…勢いで買ったはいいけれど、これ誰に渡せばいいんだろう。ほんっと僕って考えなしだよなあ」

 薫は仕事に行く用意をし、それでもと一応スカジャンのポケットに箱の包みを突っ込むとマンションを出た。

 ちなみにスカジャンは、シルバーの地にドラゴンの刺繍、特に背中の登り龍は薫のお気に入りだった。

 いわゆる勝負ジャンパーだった。


 その日の夕方。

 今日は早めに仕事が上がり自分のマンションに帰ってきた薫だった。

 すると、自転車置き場のジョーの元に浜崎ヒカルが来ていた。

「ヒカルちゃーん、来てたんだー」

 薫はのほほーんとした声でヒカルに声をかけつつ近づいて行った。

「あ、薫くん」

「あれ?」

 薫は首を傾げてヒカルの手に持たれたものを見つめた。

「あ、これぇ? ジョーちゃんがね、あたしにってホワイトデーのお返しくれたのぉ」

 小さなかわいい包みに入った箱を薫に見せてくれるヒカル。

「一応な。ヒカルには上等なオイルをバレンタインでもらったからよー」

 ジョーが珍しく照れてる。

 薫はにっこり微笑むと、ちょっと気づいたことがあってヒカルに聞いてみた。

「あ、もしかしてヒカルちゃん。違ってたら恥ずかしいんだけど、バレンタインに僕にチョコくれた?」

「えー? あたしがぁ?」

 ううんと首を振るヒカル。

 ヒカルじゃなかったんだとちょっと残念に思った薫。

「ごめんねー、薫くん。あたし義理チョコってあんまし好きじゃないんだー。あたしにはジョーちゃんがいるからさ」

「うん、そうだったね」

 なんかなー、バイクにも負ける僕っていったい───少々自信喪失になった薫であった。

「じゃ、ジョーちゃん、また明日来るね♪」

「おー、待っとるぞー。ドライブに行こうなー」

 手を振り振り帰って行くヒカルを、薫も手を振って見送った。

 それを黙ったまま静かに見つめる(?)ジョー。

「さあて…僕ももう部屋に戻るね」

 薫はジョーを振りかえりそう言った。

 すると───

「薫」

 何だか思いつめたような声に、立ち去りかけた薫が振り返った。

「なに?」

「………」

「おやぶーん!!」

 通りの向こうを通りかかったジョーの配下の族が、バイクを止めてジョーに声をかけてきた。

「きょーはホワイトデーですぜ、親分。お、薫の旦那もいらっしゃるじゃねーですかい。今日はこれからお二人で親睦を深めなさるんで? いーですねー、仲の良いお二人で。薫の旦那、あのチョコはうまかったですかい? なにせ、ジョーの親分ときたら、ぜってーメリーのなんとか──もーなめーなんか忘れてしまったですぜ──っつーチョコじゃねーとぶっ飛ばすぞなんておっしゃるもんで、ビビッちまってさー。薫の旦那の大好物なんですってねー。やー良かったですぜ。もちっと遅かったら売りきれちまうとこだったし。ほんっと買えたのが奇跡だったからなぁ。あっ、すんません、せっかく親分と薫の旦那が良いとこだったのにおじゃまっスよね。きー利かなくてすんません、しつれいしや~す」

 なんていうことをベラベラ喋りながら、ドドドドーと連ねて行ってしまった族の兄ちゃんたちだった。

「ジョー?」

 呆然とした薫は、今の話がにわかに信じられなかった。

 ジョーは相変らず黙ったままで。

「ジョー」

「う…うるせーなー」

 しぶしぶといった感じでジョーが喋り始めた。

 心なしか照れてるようだった。

「たださ、あいつらがさ、薫の旦那にいつも世話になってるから、バレンタインに何か送って感謝の気持ちを表したいっていうからさ。だったらメリーのブランデーチェリーがあいつ好きだからよ、それ買ってくればいいじゃんって言っただけだぜ。俺は知んねーぞ」

 薫は、何いってんだかと思った。

 さっきの兄ちゃんの言ったこと聞けば、ジョーが本当のことを言ってないってことは誰でもわかることである。

 だが、ジョーらしいやと、薫は苦笑した。

「な、なんだよ。何笑ってんだよ」

 ジョーは不満そうな声だ。

 薫はそれには答えずに、

「えっとね、まあ、誰がくれたかはもういいんだ。ただ、すごくおいしかった、あのチョコ。それにしても、ジョーってよく僕の好きなチョコ知ってたね」

「お、おう。まえーになんかそんなこと言ってたぜおめー。俺は一度聞いたことは忘れねーんだ」

 ジョーが得意げにそう言った。

 いつもの高飛車なジョーである。

 薫はうんうん嬉しそうに頷いた。

「ま、なんにせよ、よかったよかった。おめーが気に入ったようでさ」

 ジョーは満足そうだ。

「ところでジョー、バレンタインデーって何の日か知ってた?」

 唐突な薫の質問だが、ジョーはきっぱり答えた。

「それくらい知ってらー、好きなやつにチョコやる日だろ」

 やっぱり詳しくは知らないんだなと、ちょっと微笑ましくなる薫だった。

 で、薫はポケットから例の包みを取り出した。

「ジョー、今日はホワイトデー。好きな人にチョコもらった人がお返しをする日だから…これ」

「なんでい……お? お返しか?」

「うん。ジョーだったらオイルとかガソリンがいいんだろうけど、クッキー買ってきちゃったから……あ、そうだ。明日ヒカルちゃんとドライブでしょ。これヒカルちゃんにあげてよ」

「お? そうか? すまねーなー。じゃ、有り難くもらっとくよ」

 薫はクッキーの箱をジョーに乗せると、

「じゃ、僕部屋に帰るね」

「おう」

「ジョー?」

 薫は心をこめて、

「ありがと」

「よ、よせやい。ありゃーあいつらが勝手にしたことだ」

 薫はニコッと笑うと、

「それでも嬉しかったよ。これからもよろしくね」

「お…おうよ」

 そうして薫の白い白いホワイトデーは終わりを告げたのであった。

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