第4話「ジョーのスター春の大運動会」~その時ふたりはいったい…?~
「ジョォォォォ~~~~~~!!」
春うららかな宵の口、薫の悲壮な声が響き渡った。
薫のマンションの自転車置き場──ジョーのお家とも言われている──当の呼ばれたジョーはというと、今まさにDVDの上映会をおっぱじめようとしているところだった。(誰がDVDをセットしたかなど突っ込まないように)
「ちっ…うるせーなぁ」
ジョーはめんどくさそうに舌打ちした。
そこへ、どたばたと駆け寄ってくる薫は、情けない顔でジョーのボディに泣き崩れる。
「ジョォォォ~、なんとかしてくれよぉ~」
「だぁ───っ! うっとぉしいっ!!」
薫はほとんど半べそ状態であった。
気の小さい男ではあるが、こんな風に泣きついてくることはまれである。うざったらしいとは思いつつも、ジョーはそれでもぶっきらぼうな声で聞いた。
「何なんだよ。えらく泣きが入ってるじゃねぇか」
「そうなんだよ、ジョー。ちょっと聞いてくれよ」
ジョーが少し親身になってくれたのを感じ取り、薫は今日自分の身に起きたことを話し始めた。
「え? 仕事ですか?」
その日の朝。マネージャーに連れられて薫は事務所の社長室に向かった。社長に呼ばれたのだ。
堀川市子社長、若干三十歳。なかなかの美人である。この堀川プロをまだ二十代の頃に立ち上げたやり手である。薫を業界に売りこんだのも彼女だ。
その堀川社長は、日の当たる気持ちの良い社長室のデスクから艶然とした微笑を浮かべていた。
「そうよ。薫ちゃん」
「えー。久しぶりだなぁ。何なんですか、仕事って。ドラマですか? あ、違うか。ドラマだったらもっと早い段階に話が来るはずですよね。ううん…だったら何だろう? バラエティかな? 僕何だってしますよ」
「何だって…ね…?」
間髪を入れず、社長はクスリと笑った。
それを見た薫は、何となく背筋に冷たい物が走ったが、最近のスケジュールのことを考えたら、四の五の言っている場合ではなかった。
「あの……?」
「運動会よ」
「え?」
社長は、打って変わって爽やかな笑顔で言いきった。
「スター春の大運動会に出てちょうだい」
「スター春の大運動会?」
ジョーは話の腰を折って復唱した。
すでに見ようとしていたDVDを今日はもう見ることをやめ、ジョーは薫の話に興味を持ち始めたようだった。
「うん。アイドルだけじゃなく、芸能人でも体力に自信のある人たちがこぞって出るんだけど、僕は障害物競走に出てくれないかって言われたんだ。あ、そうそう、ヒカルちゃんも出るんだよ」
「なに? ヒカルが? 何に出るんだ? 新体操か? レオタードでも着るのか? それともブルマか?」
ジョーの下品な声色に、思わず顔をしかめる薫。
「もー、ジョーったら。運動会に新体操なんてないだろ。ヒカルちゃんはね、パン食い競争に出るんだよ」
「ほぉ───パン食い競争か……だが、きっとブルマをはくに違いない」
すっかり決め付けているジョーであった。
「ジョーってけっこうマニアックだったんだ…」
薫は、すでにそれを訂正する気も起きなくなったらしく、話を続けた。
「それでね。今日はそれ以外に仕事が入ってさ。“あなたの知らなかった世界”っていう番組の春休み特集の収録がAスタジオであったんだけど、そこで出会った人がさ……」
薫はぶるぶるっと震えた。
春休み特集の収録前のAスタジオ。
控え室から満足げに笑みをたたえながら出てきたのはいつぞやの破戒僧殴打非道その人であった。何やら局の人間と話しながら薫の横を過ぎ去ろうとした。そのとき───
「やや、貴様はあのジョーとかいう喋るバイクの持ち主ではないかっ!!」
「ひぇぇぇぇ───っ!!」
薫は呆然として目の前の男を見つめた。
「ななななっ、なんであなたがこんなところにいるんですかっ!」
Aスタジオで収録されようとしていた“あなたの知らなかった世界”は、一般から募った心霊体験や心霊写真を公開し、それについて高名な霊能力者に霊視してもらったり、時には御払いとかいったパフォーマンスをする人気番組だった。
薫はそのゲストとして招かれていて、春休み特集といった特番だったので、他にも何人かの芸能人も呼ばれていたのだ。
そして、その中に、袈裟姿の坊主殴打非道が超然とした態度で立っていた。
「何でとは失礼なっ。ワシのあまりに素晴らしい霊能力に、テレビ局の人間がどぉーーーーーしても出てくださいと頭を下げるから、仏に仕える身として頼まれたら嫌とは言えないのじゃ。はっはっはっ───」
またとんでもなく胡散臭い話を───と言いたげに、薫は非道の様子をうかがった。
「貴様の方こそ、まるで芸能人みたいにここで何をしておる」
「僕はその芸能人なんですっ!!」
さすがの薫もムッとして怒鳴った。
この坊さん、テレビ見てるのかと、突っ込みたくなった薫だった。
すると、非道は薫のことを上から下までジロジロと眺めた。
「芸能人だと? よっぽど売れてないらしいのぉ」
「悪かったですねっ! 売れてなくてっ!!」
「あー!! か・お・る・く~ん!!」
そのとき、きゃぴきゃぴした明るい声が上がり、歌手の浜崎ヒカルが薫のそばに駆け寄ってきた。
「ヒカルちゃん!」
地獄に仏とはこのことだとホッとする薫。なんとも情けない。
「薫くんはお化け番組の収録なのね?」
「お化け…ああ…うん、そうだけど…」
ヒカルの罪のない、だが、グサリと胸に突き刺さる言葉に心で泣きながら、薫は頷いた。
「アタシ~隣で歌番組の収録なんだけどぉ~、今度運動会でお仕事一緒にできるんだぁ~、よろしくねぇ~」
「へぇ~そうだったんだ。ヒカルちゃんは何に出るの?」
「え~アタシ~? あのねぇ……」
「ヒ・カ・ル・ちゃ~ん!」
「………………」
いつもニコニコしているヒカルの顔が渋面に変わった。
見ると、一人のスラリとした長身の男がやって来たからだ。
いかにもいいところのお坊ちゃんといった感じで、年のわりには幼い感じがする。薄茶色の髪がパーマでふわふわっとし、目もとは神経質そうに時々ピクピクと痙攣したりして、ワガママを言いたいだけ言っている典型的アイドルといった感じだ。同じ美青年タイプの薫とはまた違った種類である。
「なんだ、木村くんじゃないか」
「安室澪……」
安室澪───今をときめくビジュアル系歌手。女性ファンが圧倒的に多く、男性ファンもいるにはいたが、そのほとんどが邪な気持ちを抱いているという噂の、ちょっと変わったアイドルであった。
薫はこの安室澪が大嫌いだった。
芸能界では、安室の方が大先輩だったし、薫はそれほど売れているというわけでもなかったので、別に何の接点もないはずなんだが、なぜか安室の方はなにかと薫を目の敵にしていたのだ。
「ボクのヒカルちゃんに近づかないでもらいたいね」
いや、接点があった。
実は安室は、浜崎ヒカルにぞっこんだったのだ。別に薫がヒカルと何かあるというわけではないが、ヒカルは薫のスクーターであるジョーをいたく気に入ってて、そういう関係で薫とも仲良くしていたのである。
だが、それが気に入らない安室は、何かにつけ薫を目の敵にしていたのだ。薫にしてみればいい迷惑だった。
「ボクはね。ヒカルちゃんと一緒のパン食い競争に出るのさ。おあいにくさまだったね」
「何がおあいにくさまなんだか……」
薫はうんざりした表情で呟いた。
その呟きは安室には聞こえなかったらしく、彼はますます得意げな顔になった。
「そうだ。ヒカルちゃん、ボクが一等賞とったら今度デートしてくれよ。こう見えてもボク、パン食い競争はまけたことがないんだ」
そう言いつつ、あろうことかヒカルの肩を抱く始末。
「ちょっと、安室くん、やめてよねっ! この…何弱者っ!!」
──バチンっ!!
「!!」
薫はびっくりして、ヒカルと、そしてほっぺたに赤い手形をつけた安室の顔を交互に見た。いつもフワフワとした感じのヒカルが、意外と強い態度である。よっぽど安室が嫌いらしい。
だが、安室のほうはというと、ぷるぷると顔や手や身体か震えている。
「っぶ、ぶったね!!」
頬に手を当て、暗くうつろな目をヒカルちゃんに向ける。
「お…お……」
声も震えていて、何事か言おうとするのになかなか言葉にならない。それでもやっと叫ぶ。
「親父にもぶたれたことないのにっ!!」
「もうっ、いやっ!!」
ヒカルは、ダッとばかり駆け出した。
半分魂ここにあらずといった感じで親指を口に当て、安室はその場にへたりこんていた。ツメをかみながらブツブツ呟く。
「ボクが一番パン食い競争がうまいのに……」
それを見て薫もぼそっと呟いた。
「いや、そういうことは関係なくって…」
すると、さっきからずーっとこの顛末を黙ったまま見ていた非道が、突然薫に聞いてきた。
「ところで貴様、先程の軟弱男と運動会のことを話していたが…それはスター春の大運動会のことではないか?」
「えっ!?」
突然喋り出した非道にギョッとする薫。慌てて振り返り、そういえばこの坊さんいたんだなと改めて気づく。
「貴様は何に出るのじゃ?」
「………障害物競走だけど……」
「ほほぉう…障害物競走じゃとな……ワシもじゃ」
「うぇぇぇぇっ!!??」
不気味な笑顔で薫を見ている非道住職。薫の背筋に冷たい物が走る。
だいたい、なんでこの坊さんがスター春の大運動会に出るんだ?
芸能人でもないのに?
その疑問を素直にぶつける薫。
すると、殴打非道はこともなげに答えた。
「ワシは霊能力者としてよくテレビに出るのじゃが、体力にも自信があってな。局側からぜひ出てくれと頼まれたのじゃよ」
そして、ぐぐっと薫に身体を近づけ威嚇するようにこう言った。
「ワシは強いぞ。逃げるなら今のうちだ。絶対貴様にはワシを倒すことはできん! はっはっは、恥をかかんうちに逃げ出したほうがいいんじゃないか? ん?」
と、高笑いをし、非道は薫を見下していた。
「と、言うわけなんだよぉ~」
「なんだとぉぉぉ───っ!?」
非道の言葉に、ジョーが怒った。
「あんのクソ坊主!! そんなこと言いやがったんかっ!!」
相当悔しいらしく、ジョーの声は怒りのあまりぷるぷる震えていた。(どうして声がぷるぷる震えるんだろう)
はじめは、いったい何のことやらといった感じだったジョーである。あくまで薫がそう感じただけで、喋らないとジョーが何を考えているのか本当はわからないと思うのだが、なぜか薫にはジョーの喜怒哀楽が肌で感じられた。
話の途中、安室澪がヒカルにちょっかい出したところで「なんてー男だっ! 許せんっ!!」と、鼻息を荒くしたが、それもヒカルが安室を引っ叩いたので溜飲を下げたらしいのだが、さすがに居丈高な非道の態度には我慢ができなかったらしい。
「そうなんだよ、ジョォ~」
またしても情けない声になる薫。
「僕何だか背筋がゾォ~っとしちゃって……でも、仕事引き受けちゃったし、逃げるわけにはいかないし……どうしたらいいんだろう?」
「ふっ…任せておけ、薫」
「ええっ? 何かいい案でもあるの?」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ………」
不気味に響き渡るジョーの含み笑い。薫は、もしかしたらジョーに助けを求めたのは間違いだったかも──と不安を感じたが、すでにジョーはやる気マンマンになっていた。
「ということで、基礎中の基礎。まずは体力作りだ」
ジャージ姿になった薫に、偉そうに薀蓄を垂れるジョーであった。それに対し、いちいち頷く薫。
「初日は、まあフルマラソンでかんべんしてやる」
「フ…フルマラソンって?」
薫は不安そうな声を上げた。
すると、ジョーはちっと舌打ちした。
「けっ、フルマラソンっていやー42.195キロ走るんだよー。それっくらい常識だろ?」
「ひぇぇぇぇぇ~~~~~」
薫は情けない声を上げた。
だが、ジョーはさらに追い打ちをかける。
「明日はトライアスロンだからな」
「ななな、なんで障害物競走にトライアスロンがぁ~?」
「スポーツは、とにかく体力が基本なんだよ」
もっともらしいジョーの言葉に、薫も渋々頷いた。
そして、今日の日は暮れていく───
「今日はいよいよ障害物の基本に入る」
「……………」
三日目、前日のトライアスロンのおかげでへろへろ状態の薫だったが、一応ジョーの提示したメニューをこなしていた。(案外薫ってすごいかも)
「あれだ」
「??」
ジョーの真意を計りかねてキョロキョロする。とたんに怒鳴るジョー。
「バカ、どこ見てんだよ。あの物干し台だよ」
「???」
ますますワケがわからなくなって、目を丸くすると、ジョーがとんでもないことを言い出した。
「あの物干し竿の上を往復100回走るんだ!!」
「うぇぇぇぇぇ~~、走れないよぉぉぉぉ~~、だいたいなんのためにするんだよぉ~、障害物競走にぜんぜんカンケーないと思うけど……」
「障害物競走には平均台があるだろっ、物干し竿が走れれば平均台なんか目~つむってても走れるようになれるんだっ!!」
そ、そうなのぉ~と心で呟く薫であった。
四日目。
「さて、今日は火のついた棒でリンボーダンスだっ」
ぼうぼうに燃え盛っている棒を前にして、さすがに少々恐怖の色を浮かべる薫だった。
「ジョー、なんでこんなことするの? なんか関係ない気がするんだけどぉ~」
「うるさいっ!! 障害物競走ってーのはなぁ、身体の柔軟性も必要なんだよ。このリンボーダンスなんてうってつけじゃあねーか」
「なるほど」(納得するなよ)
しっかり洗脳されてしまった薫であった。
五日目。
「ジョー、それで今日は?」
「おっ、やっとやる気が出てきたか?」
「う~ん……なんだかね、こんな僕でも勝てそうな気がしてきたんだ」
ふんっとばかりに、薫は力こぶをつくって見せた。お世辞にも筋肉がついているとはいえなかったが。
「それじゃあ、今日は──」
「今日は?」
ごくりと唾を飲みこむ薫。
「空中ブランコだ」
「へ?」
さすがの薫もまったく予想に反していたらしく、思わずバカ面になってしまった。数少ない女性ファン(失礼な←薫談)には見せられない顔だ。
だが薫は、たぶん、またしても言いくるめられてしまうのだろうなと思いつつも一応聞いてみる。
「ええと……なんで?」
「…ったく、これだから素人はよー」
ジョーは吐き捨てるように言った。まるでポップのようだと薫は苦笑する。
「空中ブランコ……それは、ジャンプ力と空中でのバランス感覚を養うんだよ」
「ジョ~、空中ブランコはジャンプなんてしないよぉ~?」
薫が鋭い突っ込みを入れると、ジョーはとたんに不機嫌な声で怒鳴った。
「うるせー、黙って言うとおりにしてりゃーいいんだよっ!!」
「…………」
薫は、不承不承ながらもジョーの言う通りにしておこうと、改めて決心するのだった。
さて、六日目。
「さあ、仕上げだ。明日はいよいよ本番だ。これでおめーも一等賞だぜっ」
高らかに響くジョーのお言葉。
薫は、この一週間で自分が屈強な男になったような気がしていた。だが、それは自分がそう思っているだけなのかもしれない。あれだけ過酷な訓練(笑)をしながら、やはり薫の本質は変わっていなかったからである。
「ジョォ~、今日は休もうよぉ」
「何を弱気になってる!!」
それを激しく叱責するジョー。
「障害物競走のメニューでは一般的な網潜り──これに勝つために、秘儀中の秘儀、地雷原で匍匐前進だっ!!」
「じっじらいぃぃぃ~~~~?」
薫は半べそ状態だ。それにジョーの情け容赦のない一言が。
「地雷は本物だからな。死ぬなよ。死にたくなかったら、生きて向こう側へ渡るんだ!!」
「どっからそんなもん手に入れたんだよぉぉぉ~」
「ふん」
ジョーは事も無げに言いきった。
「まったく…こんなもん、俺がシールにいた頃は朝飯前だったぞ。いかんな、最近の若いもんは根性が足らん」
「シ…シールって……」
シールとは、あの米海軍の特殊部隊のことである。いったいぜんたい、そんなところにいたとは、ジョーって何モン? てゆーか、人?
ますますワケがわからなくなる薫であった───
だが、しかし。
ジョーの特訓のおかげで、ボロボロのズタボロ状態になった薫だったが、それに見合う自信もついたことだったし、これで明日はいけるかも──と思ったのも確かだった。
その夜、薫も明日の対決に備え、早くに床に入った。
そして、ジョーはというと───
「やーれ、やれ。これで明日は薫のやつも大丈夫だろう。さて、やっとDVDで“ドラゴンハート”が見れるな。こいつ見て今晩は寝るか」
次の日朝早く、寝覚めもスッキリといった顔でマンションから出てきた薫。今日はマネージャーが迎えに来ることになっていて、そろそろ表で待ってようと思ったのである。
そこで、自転車置き場のジョーに一言挨拶しておこうと思ったのだが──
「ジョー? もう起きてる?」
だが、ジョーの返事がない。
そういえば、DVDを見るって言ってたけど、夢中になってしまってまだ夢の中かなと薫は思い、無理に起こすのはやめた。
「いってくるね」
囁くようにジョーのボディに声をかけると、薫は足取りも軽く、ちょうど迎えに来た車に乗り込んでいった。
あとには、朝日に輝く物言わぬジョーだけ──その傍らにはジョーが昨夜見ていたDVDデッキが───
そして、薫は障害物競走でダントツの優勝を果たした。
なんと、殴打非道住職がその日どうしても行方がつかめなかったからだ。よって、一番優勝候補として上げられていた非道がいなかったということもあり、しかも、ジョーの過酷な訓練に耐えた薫だったので、他の選手などまったく歯が立たなかったのだ。
「ジョ──────!! やったよぉぉぉ───!!」
意気揚揚と凱旋をしてきた薫。
バタバタと自転車置き場にやって来ると───
「よぉ、薫~」
「?」
何だかジョーの声に元気がない。優勝してハイになっていた薫だったが、急に心配になってきた。
「大丈夫? なんか疲れてるみたいだけど」
「お~大丈夫だ。確かにちょっと疲れてるけどな。それより、非道には勝ったんだな」
「それがね…」
薫はこれこれこうだと説明をした。すると、ジョーのきつい一言が。
「逃げたな」
「うーん、どうかなぁ。あの人に限って逃げるって感じじゃないけどなぁ」
薫は思いっきり首を傾げたが、あまり深く考え込むことはしなかった。
「きっと、何か重大なことでも起きたのかもね。ほら、あの人、除霊とかやってたでしょ。そういう仕事が入ったのかもしれないし……」
「ふ~ん……ま、そうかもな」
「…………」
薫は、ジョーがものすごく疲れているんだなと感じ、これ以上はしゃいだりしちゃ悪いだろうと思った。
「じゃ、僕、もう上がるね」
すると───心まだここにあらずといった感じで、ジョーは言った。
「薫」
「え?」
歩き出していた薫は、ふっとジョーを振り返った。
「真っ白に砕け散ったか?」
「へ?」
またしてもヘンなこと言い出したぞと薫は思った。
「男はな。どんな戦いでも死ぬ覚悟がなきゃーいけねーんだ。それくらいの覚悟で戦いに挑まなきゃなんねーんだよ」
「ジョー…」
「…………」
薫は何か言おうとしたが首を振った。ジョーはすでに眠っていた。
「おやすみ、ジョー」
ある晴れた気持ちのいい春のこと。薫の戦いは華々しく終わったのだった。
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