第3話「ジョーの『あなたの知らない世界』」

「重てー」

「え? なに、ジョー」

 ジョーのボディを磨いていた薫が、ジョーにしてはやけに重苦しい声だなという顔で聞き返した。

「重てーって言ったんだよ」

 それに対し、ジョーはすこぶる不機嫌そうな声で言い返す。

「なんかこう、肩のへんに何か乗っかってるって感じだ」

「肩…って…?」

 薫は思いっきり首を傾げた。

 いったいどこが肩になるんだろう。

 そもそもスクーターに肩なんてあるのか?

「とにかく重てーもんは重てーんだよ。それになんか寒けもするしよ」

 まるで今にもボディが震えそうなほどの口調だ。

 さすがに薫も、なんだかこれはヤバイぞという気になってきた。

「ジョー、やっぱちょっと診てもらおーよ」

「うぇ…それって…」

「そうだよ」

 確かにジョーの身を心配していた薫だったが、多少なりとも自分が彼の優位に立てるのはこんな時くらいだからなーと思いつつ言った。思わず笑顔になりそうになるのをこらえながら。

「ポップさんとこに行ってみよ」

 そのあと、ジョーが叫んだかどうかは、皆さんの想像にまかせましょう。



「変だ」

「え? 変って何がですか?」

 ジョーを調べていたポップ親父が、大いに首を傾げているのを怪訝な顔して薫が聞き返す。

「変っていやー変なんだよ」

 すっかり不機嫌そうな声で言い返すポップ。

 プライドを傷つけられたといったところか?

「………」

 薫は、なんだかこの二人って似てるなーと思いつつ、今朝のジョーとの会話を思い出していた。

「お願いしますよ、ポップさん。超初心者の僕にもわかるように、あなたのその豊富な知識でお教えくださいよ」

 もうすでにおなじみの「お願いポーズ」である。

 こんな風に平身低頭で頼むと、この頑固な親父が気を良くすることは、さすがの薫にもわかっていた。

「そうか? 教えてほしいか?」

 ほら、見たことか。

 とたんにポップ親父は渋面の顔をほころばせる。

「…といってもな。どこも故障したとこはねーんだよ。これで体調が悪いっていうのが変っていやぁ変なんだがな」

 親父はしきりに首をかしげている。

「はぁ……」

 頼りにしていたポップにそこまで言われてしまい、途方に暮れる薫。

 心配そうに自分の相棒のボディを見つめる。

 心なしか赤色が色あせて見えるような気までしてくる。

「なんだったら、一晩ワシに預けてみんかね?」

 もしや泣きそうな気分になっていたのがバレたか?

 薫は気恥ずかしくなりながらポップに顔を向ける。

「それってどういうことですか?」

「コイツの身体をバラバラにしてみて、細部まで検査してみるん……」

「ずぅえったいヤだっ!!」

 とたんにジョーの叫び声が上がった。

「それだけはごめんだからなっ!! おいっ薫っ!! けえるゾっ!!」

「でも、ジョー…」

「帰るっつったら、帰るんだっ!!」

 断固とした意思を窺わせる声だった。

 薫ももうそれ以上何も言えなくなってしまい頷くしかない。

「ま、仕方ねぇな。一応おかしなとこはねーし。帰ってもいいぞ」

 さすがのポップも苦笑まじりでジョーに賛同する。

「はぁ…すみません」

 なぜか謝ってしまう薫であった。



 ぱらんぱんぱんぱんぱんぱん、ぱぱぱぱぱんぱんぱん………

 午後の街中を走り抜けていくジョーと薫。

 薫はジョーのエンジン音が普段と少し違うような気までしてきた。

「ねえジョー」

「………」

 返事はない。

「気分悪いんだったら僕押して帰ってもいいんだよ」

 速度は、実はほとんど10キロ出てるかどうかわからないほどの低速だ。

 30キロの制限速度を出しても、何だか音がとても苦しそうに聞こえるもので、薫はスピードを出すのがかわいそうな気がしていたのだ。

「…………」

 やはり返事はない。

 薫は小さくため息をついた。

 いったいどうしてしまったというんだろう。

 あのポップ親父でさえジョーの身体に異常はないという。

 でもジョーは肩は重いと言うし、モーター屋に着くころには吐き気や頭痛までしてきたと言いだす始末。

(そういや、人間でもいるよなー、そういうのって)

 薫は、この間ゲストで出た夏の怪奇特集での視聴者の体験談を思い出した。

 医者に診てもらってもどこも悪いところはなく、でもどんどん身体は衰弱してしまって死んでしまいそうになった時、高名な霊能力者に見てもらったら「霊に取り憑かれている」という。

「まさかね…」

 薫がそう呟きながら、脇の歩道を向こう側から歩いてきた一人の坊主とすれ違った瞬間のこと───

 ドダダダダダダダダダァ───────

 物凄い地響きがしたと思ったとたん、いきなり前方に先程の坊主がずんっとばかりに立ちはだかった。

 キキキキキィ────

 薫は慌ててブレーキをかけた。

 幸いほとんど自転車のスピードとおぼしきものだったので、坊主の少し手前で止まることができた。

 いったい何なんだ、この坊主はっ!!

 薫は腹が立って怒鳴ろうとした。

「なんです…」

「そこのものっ!!」

 とたんに坊主の轟くような声が響きわたった。

 薫に向かってビシリと指を突きつけている。

「え…?」

 びっくり仰天の薫。

 指を突きつけられて思わず自分も自分に指を向ける。

「ぼ、僕? ぼ…僕ですか?」

「ちが─────うっ!!」

 坊主は物凄い声で否定する。

「そこのスクーターじゃ!!」

「え? ジョー?」

 薫は訳がわからないーとすっかり頭が混乱してしまっている。

 すると、坊主は険しい顔で言い切った。

「霊が憑いておる!!!」

「うええええっ!?」



 それからジョーと薫は、坊主の寺に有無を言わさず連れてこられてしまった。

「ワシは殴打非道と申すこの寺の住職じゃ」

「はぁ…」

 薫は疲れた顔で頷いた。

 それもそのはず、寺の本堂にかまわないから上げてしまえと殴打非道(それにしてもスゴイ名前だ)に言われ、えっちらおっちらとジョーのボディを持ち上げ引きずり、ここまでやってきたのである。

 疲れ切っていてもあたりまえというものだ。

「よく聞くのじゃぞ」

 非道住職は正座する薫とその傍らのジョーに向かって厳粛な声で告げる。

「このもの…ジョーと申したな…このものには何か質の悪い霊が取り憑いておる。このままでは霊の霊瘴でまたたくまにこやつは死に至るであろう」

「ええっ!? 死んじゃうんですかっ?」

 てゆーか、本当に死んじゃうのかしらん?

 大いに疑問を持つ薫であった。

「そうじゃ」

 非道住職は深く頷くと、憐れみの眼差しをジョーに向けた。

 薫はその住職の眼差しを見て、心に不安が膨れ上がるのを感じた。

 思わずすがりつきたくなる。

「ど、どうすればジョーは助かるのでしょうか?」

「うむ。ワシが御祓いをしてしんぜよう」

「ほっほんとーですか?」

 ぱっと明るい表情になって喜びの声を上げる薫。

 ああっ!! なんていい住職さんだ!!

 変な名前だと思って申し訳ないとまで思う。

 だが───

「御祓いに成功したらたっぷり礼金はいただくぞ」

「………」

 世の中ってそーゆーもんだよな───薫はつくづく世間は甘くないと改めて肝に銘じたのであった。



「南無妙法蓮華経…南無妙法蓮華経…」

 非道住職はジョーの前に座り、目を閉じてお経を唱えている。

 低く渋い声が淡々と流れていく。

(やっぱりお坊さんだよなぁ。お経を唱える姿が頼もしいや)

 ジョーの横でうなだれながら、そんな不謹慎なことを考える薫であった。

 ゆらり───

 え?

 ジョーのボディが微かに揺れたようだった。

 薫はちらりと横のジョーに視線を走らせた。

「!」

 明らかにぐらりぐらりとジョーが揺れている。

「現れおったな…南無妙法蓮華経…そこの男、少し離れていなさい」

「木村薫ですぅ~」

 薫は一応名乗ってから、ズリズリとジョーから離れた。

「南無妙法蓮華経…南無妙法蓮華経…」

 非道住職は、お経を唱えながらゆっくりと立ち上がる。

 だんだんジョーの揺れは激しくなっていくようだ。

 すると───

「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…」

 あれ? お経が変わった?

 薫は首をかしげた。その時───

「う…ううう…う……」

「ジョー!?」

 ジョーの唸り声が上がり、薫は沈痛な声で呼びかける。

「静かに!」

 とたんに非道住職のかつが飛ぶ。

「このものに憑きし怨霊よ。お前のあるべき場所へ戻れ!」

「う…う…うう……」

「離れるのじゃ! 臨・兵・闘・者・階・陳・烈・在・前!!」

 怒号とともに早九字を切る非道住職!

 なんかカッコイイぞー、この人退魔行をおさめたんだろーか?

 薫はその手のことに興味があったので、ちょっとワクワクしてしまった。

「南莫三曼多縛日羅赧憾囚陀羅耶莎訶! 雷帝招来!」

 な、なななんだ?

 密教か?

 でも、雷帝呼んでどうするんだ?

 ううむ…奥が深い。

「アノクタラサンミャクサンボダイ……」

 し、しかしこれは───

「あのー…無道さん? それはレインボーマンじゃ…」(この間CTVの特撮チャンネルで見たんだ♪るん)

「黙っておれいっ!! ワシはダイバダッタの元でも修行したのだ!!」

 ほんとかよー。だんだん胡散臭くなってきたなー。

 薫はだんだん不安になってきた。

 しかし、そんな薫のことも一切気にせず、さらに非道住職の御祓いは続く。

 非道は空に五芒星を描き、叫んだ。

「鬼神招来! 急々如律令!!」

 ついに───陰陽道まで───

 でも、雷帝と鬼神で何すんのぉ───!!

 だが、そんな薫の心配をよそに、非道の御払いは続く。

「悪霊よぉぉぉぉ───去れぇい!!」

 という叫びとともに、非道は懐から巨大な十字架を取り出した!

 おっさん、おっさん、あんた何者?

 薫はもう呆れ果てていた。

 これではもうジョーは浮かばれないな───て、死んでないだろ。(ひとりボケツッコミ)

「ふ…ふふ…」

 するとどこからともなく不気味な笑い声が───それはジョーから発せられているようだ。

「甘いな…そんなことではこのオレは祓えんぞ……」

 おお、ジョーの声じゃない?

 悪霊の声か?

「ぬぁんだとぉぉぉ───?」

 怒髪天をつくかの如く怒りまくる非道住職!!

 いきなり錫を取り出し振りかぶる。

「ぬぉぉぉぉぉぉ────!!!!」

「な、何をするんですかぁ───?」

 ものすごい不安を感じて慌ててとめる薫。

「決まっておろう。このような性悪な霊はこの霊験あらたかな錫で叩き出してやる!」

「ひぇ───や、やめてください───ジョーが壊れるぅ~」

 必死に住職にすがりつく薫。

「では、どうしろというのじゃ…」

「どうしたらジョーから出てってくれるか、霊に聞いてみたらどうですか?」

 まぬけなことを言う薫。

 すると、さも軽蔑したような霊の声が。

「そんなことオレが答えるわけねーだろ、バ───カ」

 ごもっともであった。

「ぬぁんだとぉぉぉ───やはりこんなやつ叩き出してくれるわっ!!」

 さらに怒りまくる非道住職。

 再び錫を振り上げた。

 それを慌てて薫はすがりつき押し止める。

「まっ待ってくださいっ!! それだけは、それだけは───」

 必死に何かいい案はないかと考える薫。

「そ、そうだ! 催眠術をかけてみたらどうでしょう?!」

 何とか住職の魔の手からジョーを守らんとして、薫は苦し紛れの案を出す。

「おおっ!! その手があったかっ!!」

 だが突然、非道は明るい表情で薫を見つめた。

「ワシはな、催眠術の心得もあるのじゃ。安心せい、もうこっちのもんだ」

「…………」

 催眠術までたしなむ坊主って───あんたいったい何者?

 薫はそう言いたいのをグッと我慢した。これでジョーが助かるなら。

「では……」

 非道は錫を下に置くと、またもや懐から何か出した。

 それは糸のついた五円玉であった。

 おいおい、なんでそんなもん持ちあるいてんだよ。

「さあ、ジョーこれを見るのじゃ」

 見るって、どこにジョーの目はあんだよ。

 非道は五円玉を規則的に揺らしはじめた。

 本当に催眠術なんかにかかるのか?

「さあ、眠くなる…眠くなる……」

「ぐ─────」

 眠っちゃったよ────

「ジョーに憑きし霊よ。お前は何者じゃ?」

 催眠術を施している非道の声は、先程まで怒り狂っていた当人とは思えないほどの落ち着いたものである。

 それで安心したのか、霊の方もおとなしくペラペラと喋りはじめた。

「オレは…走るのが好きだった。いつも峠を攻めている走り屋のバイクだった…いつものようにオレは峠を攻めていた。ギリギリのスピードでコーナーを回っていく。あの快感の中でオレは酔っていた…その時だった。路面に浮いた砂…あれが命取りだった。次の瞬間オレはガードレールを飛び越えていた…もっと走りたかったぜ」

「はい? バイク? も、もしかして…あなたはオートバイの霊ですか?」

 素っ頓狂な声で聞く薫。

「そうだ…」

 おいおい、バイクの霊なんてありかよ?

 でも───ジョーだって人間みたいに喋って、痛みも感じるみたいだし、心もあるし───だったらジョーも死んだらこんなふうに霊となって出てくることもあるのかなぁ。

「…………」

 薫はちょっと嫌かもと思ってしまった。

「そうか」

 すると、それを聞いた非道が五円玉をしまいながら言った。

「それでこやつに憑いた訳はわかった。で、成仏するためにどうしたらよい?」

「捜してくれ」

「捜す?」

 非道は怪訝そうな顔をした。

 薫は真剣な眼差しでこのやり取りを見つめる。

「そうだ。オレの身体を捜してくれ」

「身体か…で、事故を起こした峠とはどこのことじゃ?」

 非道の問い掛けに、ジョーに憑いたバイクは話しはじめた。どこそこの山のどこそこの峠であると。

「ふむ。ここから近いところじゃな。わかった。では今晩お前の身体を捜しに行こう」

「頼む」

 バイクの霊が言った峠は、確かにこの近くの山にあり薫もよく知っている場所だった。

 そして、真夜中にそこに集合することにし、薫とジョーはいったん家に帰ることにしたのだった。



 そしてその夜。

 草木も眠る丑三つ時。

「非道住職…遅いなー」

「…………」

 ジョーは黙ったままである。

 薄暗い街灯しかない山の峠。

 営業を終えたドライブインの駐車場である。

 ブロロロロロロロ─────

 どこからともなく低い重厚な排気音とともに、真っ赤なフェラーリが現れた。

「な、なんだー?」

 薫はびっくり仰天。

 こんな夜中にこんな場所でフェラーリ?

 どっかの暴走族だろーか?

 いや、でも暴走族がフェラーリなんて乗れるか? 普通買えないよなー。

 そんな薫の思いなど関係なしに、フェラーリは目の前でとまり、ドアが開く。

 ガチャッ───

「おう、待たせたな」

「じ、住職ぅ~?」

 なんでこんな坊主がフェラーリなんか乗ってんだー? 僕だって買えないのに。

「なんでフェラーリなんか乗ってるんですぅ?」

「いやいや、なになに。前にさるイタリアの貴族についた霊を御祓いした時に、大層喜ばれてな。礼に何がよいかと聞かれ、いや、ワシは欲しいと言ったわけではないのだがな。車庫にあったフェラーリを横目でちらっと見たんだ。そしたらな。わかりました、と御布施でくれたんじゃよ」

「…………」

 ホントか?

 なんくせつけてだまし取ったんじゃないのかぁ~?

(ほんっと胡散臭い坊主だよな、このおっさん)

 薫はやっぱり信用できないなーと心で思った。



 さて。

 薫と非道が手分けしてそこらへんを捜していると、薫はまだ新しいタイヤの跡とガードレールの傷を見つけた。

「住職ぅ~!! これじゃないですかぁ~?」

 薫は叫んで非道を呼んだ。

「見つかったか!」

 駆け寄ってくる非道。

 そして二人は間もなく、遺体となった250ccバイクを見つけたのである。

「これからどうするんです?」

 えっちらおっちらと、遺体(バイク)を道路まで引きずり上げた薫は、ゼイゼイと息を荒くしながら非道に聞いた。

「このバイク自体を御祓いしてくれる。本体を祓えばジョーに憑いておる霊も一緒に成仏するはずじゃ」

 そういうと非道は、おもむろに御祓いを始めた。

「南無妙法蓮華経……」

 長くなるので省略───

「……くわぁ──────つっ!! ぜぇぜぇぜぇ……これで成仏したじゃろう」

 非道は肩で息をしながら額の汗を拭った。

「…またこの坊主は…無駄なことを…」

 今度はジョーからではなく、250ccのバイクから声がする。

 やはりこのバイクの霊だったようだ。

「なんだとぉ───!?」

 非道はいきなり錫を振り上げ打ち下ろす。

 ばこっ!

 がすっ!

 べこっ!

「これでもかっ、これでもかっ、これでもかぁぁぁぁ────!!!」

 あまりの打撃の激しさに、錫は折れてしまった。

「うう───む…こうなれば」

 非道はさらに鋼鉄でできた特製の錫を取り出して打撃を加えた。

 どごっ!

 がごんっ!

 べごんっ!

「これでどうじゃっ、これでどうじゃっ、これでどうじゃぁぁぁ───!!!」

 非道は手が痺れて、錫を投げ出してしまった。

「だからーそんなことじゃ成仏しないって」

 霊が呆れ果てて呟いた。

 それを聞いた薫は、すかさず問いかける。

「じゃあ、どうしたら成仏してくれるのかな?」

「……だから、オレはまだ走りたかったんだってば」

「それってもしかして…住職っ!」

 いきなり薫は叫んだ。

「走るんですよっ!!!」

「そうかっ!」

 そう一声叫ぶと、非道は突然バイクを担ぎ上げると猛烈な勢いで走りだした。

「え?」

 薫はその無謀な行動に目が点になってしまった。

「そ、そういう意味なの?」

「ぬぉぉぉぉぉぉ──────!!!」

 真夜中の峠道をバイクを担ぎ、走り抜ける怪しい坊主。

 その姿はもう百鬼夜行だった。

 くわばら、くわばら。



 やがて空も白みはじめ、ドライブインの駐車場ではへたりこんで肩で息をしている非道と、傍らで缶ジュースを差し出す薫の姿があった。

「お疲れさまでしたー」

 どうやら、非道の無謀とも思える行動でバイクの霊は満足したらしい。

 バイクは「ありがとよー」と一声残して成仏していったのであった。

「薫ー」

 薫の耳に、いつもの明るく生意気なジョーの声が聞こえた。

「よーよー、何してんだよー。もー帰ろーぜー」

「今行くよー」

 薫はジョーにそう声をかけると、非道住職に缶ジュースを渡しながら言った。

「本当にありがとうございました。それではこれで僕ら帰ります」

 そう言い残すと、薫は立ち去ろうとした。

「ま、待てい…」

 まだ息の整わない非道が、薫を呼び止める。

「お、御布施がまだじゃぞ…」

 そういう非道に向かってジョーが言った。

「御祓いしてもらったのはあの250ccのバイクだろ? 俺の御祓いは結局失敗だったんだろーが。だったらあのバイクから御布施でも何でももらやーいいじゃんか。俺にはカンケーないね」

 そう言い捨てると薫を乗せてジョーは軽快な排気音とともに走り去っていった。

「やっぱ霊が離れたら身体が軽いぜ────絶好調!!!」


 ぱるるるるるるるるるる────

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