紙とペンと君の思い

柳翠

第1話 君の思い

僕のクラスはほかのクラスと少しだけ違うところがある。


先生が美人。そんなことは無い、おじさんだ。

美男美女のカップルがいる。そんなことは無い、高校に入ってからカップルは増えたがそこまで目立つカップルはいなかった。

全国模試1位がいる、そんなことも無い、みんな平凡。


それでも僕のクラスには少し変わった人がいる。

ちらりと、横目に彼女を見る。カリカリと必死に先生の文字を追っている。可愛い、かと言うと少し大人しすぎるし、美人と言うとそこまでロングヘア黒髪美人という訳もなく、まあ、僕からしたら平凡、ごく普通。そんな言葉の会う彼女、真冬《まふゆ》カナ。彼女がいることで僕のクラスはほかのクラスと少し違う。


彼女は口が聞けない。


理由はよくわからないがとにかく喋ることが出来ない奴だった。


そんな彼女が少し気になり観察していると、


『どうかしましたか?』


と、自分のノートの端っこに書いて聞いてきた。少し丸文字であるが、可愛らしい綺麗な文字だった。


僕は授業中ということもあり言葉にはせずに自分のノートに『何でもない』と、素っ気ない感じに書いた。


それが始まり。それから僕は彼女とよく授業中に筆談するようになった。


『ここがよく分からないのですが』

『ああ、それは代入法を使うんだよ。ほら、ここにXを代入してみて』

『出来ました。ありがとうございます』


『すみません、あの先生はどうして背中に赤い口紅をつけているんでしょう?』

『そ、それは、知らないなー』


『あの先生は可愛いですね、美人です』

『そうだね、僕も美人だと思う』

『そうですか。そうですか、そうなんですね』

『なんで怒ってるふうに書きなぐるの?』

『なんでもないです』


『田中くん』

『なに?』

『いつも私の言葉を聞いてくれてありがとうございます』

『いえいえこちらこそ』


ニコッと笑う彼女の顔は、純粋無垢と言えばいいのだろうか。とても似合っている顔だった。


僕自身も喋るということは苦手だった。上手く言葉をまとめられない、語彙力がない、そのためか、人と話すことをあまりしなくなっていた。その分真冬が僕の気持ちを受け止めてくれていた。


『ここなんて読むんですか?』

『なは、沖縄の地名だね』

『ところで好きな人はいますか』

『(ビックリして筆先がぶれてぐにゃぐにゃとした線)』

『あ、いや………なんでもないです』

『そ、そうだよね』


「こらー、真冬と田中、イチャイチャするなよ」

「し、しししてませんよ」

「ヒュー戸惑ってるー。田中ー」


通路を挟んで隣の大村がからかってくる。それをどう捉えたのか真冬は顔が真っ赤だ。元々白い肌が、林檎のように赤く染っている。俯きがちなので表情までは見えなかった。


その日の放課後のことだ。僕は忘れ物をして筆箱とノートを取りに教室に戻った。人気のない廊下は寂しくも夕日が差し込むでいてそれこそ、幻想的な気分になった。


ふと、声が聞こえた。僕のクラスからだ。まだ誰か残っているのかな?


「ちょーしのるなし!」

「あう………ごえんああい」

「キモイっつってんだろ!」


咆哮と共によく響くバチッという、肌と肌がぶつかり合う音がした。

僕は横開きのドアに隠れるように中を除くと真冬と大村が向き合っていて、大村の手は振りかざされていた。

真冬は右頬がさっき見た時よりさらに赤くなっていた。


大村が真冬を叩いた。


そういうことだろう。教室ではよく二人で話しているし、仲がいいのかと思ったが違うのか。


「喋れないくせにキモいし、田中と馴れ合うな! あいつも迷惑って言ってた!」

「ひっ、おんなこと、あいよ」

「喋んな!」


バチッ。またしても叩いた。

こんな大村みたことがない。いつも温厚としていて優しいクラス委員長とは思えない行動だった。


しばらくすると、大村も気が済んだのか教室から出ていく。僕は隣クラスに隠れて場をしのいだ。


あんなところを見てやめろよ、と飛び出して言えない僕がたまらなく嫌気がさした。優柔不断な僕は何も出来ない。そう改めて悟った。


次の日から真冬と大村は普通だった。強いていえば前より仲良さげに見えた。

大村も真冬も笑顔で筆談する。


ぼっーと、つまらない授業を聞いていると、トントンと肩を叩かれた。

横を見ると真冬が大きな文字で、それこそA 4の紙いっぱいに『ごめんなさい』と書かれていた。


『何が?』


怪訝な顔もセットでお送りするとぎこちない初めて見る笑顔を浮かべた。


『その、私ウザかったですよね。もう筆談しませんから』


昨日の大村の言葉を気にしているのか、僕は、気にするな僕は気にしてない。うざくもないし大丈夫、と書こうとしたが最初の気すら書く暇もなくそっぽを向かれた。

右横を見ると大村が笑顔でこっちを見てた。


そういう事か。


今度は僕が真冬の肩をトントンと叩く。

ギギキと音を立てそうな程ゆっくりとこちらを振り向く。


『僕はお前と話せて楽しいぞ\( ˙꒳​˙ \三/ ˙꒳​˙)/』


と絵文字を加えて見せてやるとぷくくと笑い始めた。


『ごめんなさい』

『謝るな、そこはありがとで済ませば良いんだよ』

『じゃあ、ありが――』

「せんせー、田中と真冬がいちゃついてまーす」


大村が余計なことを言って先生が注意したのと同時にクラスが笑いに包まれた。しかし、当の大村は全く楽しげもなくムスッとしていた。


翌日。早く学校に着いた。と言うのも宿題を忘れたので早く学校に行って終わらすという魂胆だ。


いっちばーん。と思ったら、真冬がいた。自分の机を一生懸命雑巾で拭いていた。

朝から掃除とは偉いな。


「おはよう」

「…………」


聞こえないのかな? と思って近づいてから肩をぽんと叩きよっと手を上げる。そういうイメージだったが、彼女の机を見て驚いた。


『死ね』

『クズ』

『喋れないくせに田中とつるむな! 俺の友達だぞ!』

『きゃー真冬さん喋れないの? かーわいそー』


そんな支離滅裂な言葉がずらりと並んでいた。

そこで彼女が僕に気づいたのか、驚いたように飛び跳ねる。


見れば彼女は泣いていた。一筋、二筋の雫の道筋が頬を伝っていた。


「あう、ご、ごえんああい」

「なんで謝るんだ? 何も悪いことしてないだろ君は」

「わ、わあしのえいで、たなかくんあ、いじめあえちゃう」

「そんなことないだろ」

「わあし、おうすえばいいおかわかあない」


彼女は、言葉にできない気持ちをずっと溜め込んでいたのだろう。漏れる言葉は全て、僕への謝罪と自分の情けなさから出来ていた。

でも僕はきっと、もっと違うことを話したい。突発的にそう思った。


僕は机から紙とペンを取り出してこう書いた。


『君の思いを教えて』


それだけを書いて彼女に渡した。


彼女はわけも分からないまま、自分の思いをさらけ始めた。


『みんな嫌い。仲のいいふりして私のことを虐めるみんなが嫌い。私が喋れないのは私のせいじゃない。私は悪くない。特に大村さんは私をひどいふうに虐める。嫌いだ。私も私が嫌いだ。優柔不断で話すことも出来ない自分が嫌いだ。私のせいじゃないけど私は私が嫌いだ』


そこで一泊置くと僕の顔を見て顔を赤らめながら続きを書く。


『それでも私を見捨てない人がいる。その人が大好きだ。私の気持ちを出していいゆういつの場所だ。だから私は――』


『田中君が好き』


僕はその言葉を見て驚いた。初めて誰かに『好き』言われた。嬉しい気持ちともどかしい気持ちで心がいっぱいだった。それでも彼女の気持ちはまだ続いていた。彼女は筆を止めることは無かった。


『でも田中君にもいじめの矛先が向くかもしれない。私と喋るからいじめられるかもしれない。だからごめ――』


そこまで書いて僕は彼女から紙とペンを奪った。

そしてこう書いた。


『ゴメンじゃなくて、ありがとうでしょ。僕も君が好きだ。僕の気持ちを受け止めてくれる君が好きだ。ありがとう』


彼女はいつも以上にその頬を赤らめた。涙ぐんでいた双眸から綺麗な雫が沢山こぼれおちた。


そして、


さっきまで書いていたごめんの言葉を消して、


『ありがとう。田中くん』


彼女の思いは紙とペンに乗って僕に届いた。

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