紙とペンが、うつすもの
泡沫 希生
その答えは
私はボールペンが嫌いだ。できたら使いたくもない。どうしても必要になって買う時には、注意深く何度も試し書きしてから買う。そう話すと、みんなには不思議そうな顔されるけど仕方ないんだ。
そうなったのは中三からだ。
あの日は、切らした青のボールペンを近所の文房具屋に買いに行った。サイズごとにわけて置かれたペンの棚から、いつも使っている細めのタイプを手にする。
そしたらなんだかいつもと違う感触がして、私はボールペンを眺めた。
いつも使っている会社ので間違いない。サイズも合っている。気のせいだと思い、そのままレジに向かった。
店を出る頃には、ボールペンの違和感なんて忘れていた。
少しおかしいことに気づいたのは、家に帰ってから間近にせまったテストに備え、英単語を覚えるために使った時だ。あの時、暗記するには青色で書くといいらしいという友人の話を取り入れていたから。
買ってきたばかりの青ペンで、ノートの紙に単語を書いた。勉強の他にやりたいことがあるから沈んだ気持ちで、もちろんその色は青……。
「……んっ?」
青、なのだけれどいつもと少し違う気がした。
なんていうか、いつもより青が濃くてまるで深い海の色みたいだ。見てると気分が落ちてくる気がする。やめてほしかった、元々気分が沈んでるのに。
まぁ青は青だったから、インクの出る調子が良くないだけかもしれないと考えた。
その日はそれで終わった。
明らかな異変に気づいたのは次の日。学校での授業だ。多くの色を使って板書する先生の授業の時。
なんでそこに青を使うかなーと思いながら、青のペンを掴んだ。ノートに書く。
「 へっ」
変な声が出た。その時、青のボールペンから出たのは灰色だった。
やっぱりこのボールペン調子悪い? うーん、でもあと一回だけ。
わざと気にしないように、鼻歌を心の中で歌いながらもう一度書いたことを覚えてる。そして、
「ふぇっ……!」
さっきよりも大きな声を出してしまったので、私は周りを見渡した。大丈夫そうだ。
息を整えて改めてノートを見た。そこには灰色からオレンジ色に変化した線があった。
灰色だったら、ペンの調子が悪いのかなってまだ思い込めた。
でもオレンジって……。私は震える手で青ペンを見つめた。なんなんだこのペンは。使う度に色が変わるのか。見た目は、いつもと同じ青ペンなのに。
私は恐る恐る線を再び引いた。すると次は紫だった。黒が混じった紫。怖い時にそんな色を出すの止めてほしい――
ふむ、と思った。少しひらめいたものがあり、昨日からのことを思い返した。
落ち込んだ気分で書いた単語は深い青。退屈な気持ちで書いたノートは灰色。恐々書いた色は暗い紫。私は一つ考えついた。
もしかして、
「いや、でもっ」
「どうしました?」
先生に声が届いたらしく、慌てて「何でもないです」と首を振る。でも心は別のことを考えたままだった。
もしかして、私の気持ちで色が変わるのか?
我ながらその考えに笑ってしまった。中三にもなって、なんて子供じみたことを考えてるんだと。
アホらしい。笑いながら線を引くと、今度は黄色がかったオレンジだった。手が思わず止まる。
うん、やっぱりそうかもしれなかった。
それからその授業の間、私は試した。先生に気づかれないように、ノートを普通のペンで写しながら。
その結果、どうやらその推察はあっていることがわかった。
楽しい時はオレンジとか黄色。
気分が暗い時は青とか紫、灰色。
落ち着いてると緑になる。
にわかには信じがたいけれど、何回も調べた結果だ。ノートの隅に記録をちゃんととって書いた。だから間違いなかった。
慣れてくると、なんだかこのペンが楽しく思えてきた。気持ちに合わせて色が変わるだけだ。危ないものじゃない。自分の気持ちを再認識できていいのかもしれない。
と、そこまで考えてから、このペンは他人が使っても同じなのかなと思った。
ちょうどその授業の後はお昼休みで、友達の
授業が終わり、いつものように私の机に来た美華に声をかけた。
「なんかさー、新しいペン買ったんだけど、変なんだよね」
「変って?」
「いいから使ってみてよ」
青ペンを差し出した。ついでに紙も。
「えー、何いきなりぃ。これ青ペン?」
美華はそう言いながらも、ペンを握ってくれた。
「何書く?」
「何でも」
早く書いてほしい。結果が気になる。
「んー、じゃあ『かわいい
「なんでだよ」
「だって優乃、私より可愛いもん」
「そんなことないって」
美華はこうやっていつも私のこと褒めてくれる、話しやすいし本当にいい友達だった。
今の美華はポニーテールを揺らしながら楽しげに笑ってる。それならオレンジとか黄色になるはず。彼女はゆっくりと「かわいい」の「か」をそこに書いた。すると……。
「へっ……?」
それは、オレンジでも黄色でもなかった。私が試した中でも見たことがなかった色だ。
赤。それも暗みがかった赤。まるで血みたいな――
「うわぁ……変ってどころじゃないよ、これ」
美華はそれでも、そのまま「かわいい」まで書いた。血の色の「かわいい」が紙の上に並ぶ。
「うん、優乃、これ捨てなよ。気持ち悪い」
「…………っ」
「?」
私の見立てだと、書いた人の気持ちをこのペンは示す。
血みたいな色の意味って……? 美華が書こうとしたのは『かわいい優乃』だ。私のことだ。
私は途中まで書かれた文字を見てから、美華を見た。
彼女は友達だ、そのはずだ。彼女もきっとそう思っているはず……だった。
さすがに、美華は私の名まで書こうとしなかった。嫌そうにペンを机に置く。
私は恐ろしくなってペンを掴むと、そのまま教室のゴミ箱に捨てにいった。
私はゴミ箱の前に立ったまま、ゆっくりと振り返った。美華はいつも通りに見える。
「どしたの優乃? ペンなんて忘れよう?」
「う、うん……」
私は自分の席に戻って美華を見つめた。
私のことを書く時に、彼女が何を考えたのか。考えたら怖かった……。
その後の私は、お弁当の味も美華と話した内容さえも覚えていない。
このことを境に、彼女の一挙一動を観察するようになったけど別に何も起こらなかった。
美華とは中学卒業後、高校が違ったからそのまま疎遠になったけれど、大学生になった今でも思う。
彼女は私のことをどう思っていたのかな、と。
それを考えると、今でも私は怖くなる。だからボールペンは嫌いなんだ。もう二度あの不思議なペンに会いたくない。知らない方がいいこともあるから。
紙とペンが、うつすもの 泡沫 希生 @uta-hope
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