第20話 ダイジェスト
水田愛花から着信?何だろう。
すぅ…。息を吸って、逆に腹をへこませる。よし。
「はい。お世話になっております。VRの関です」
「あ、先日は本当にどうも…」
「ええ。素敵はお引継ぎ、できましたか?」
水田みかりのVRは夫である河下サチが直前で権利を放棄したため、彼女の両親のもとで発動された。時間の制約のため水田愛花が宿泊してきたホテルで発動し、父親が遅れて到着するというイレギュラーはあったが。
お礼の電話、かな?
「あの、あれから河下さんのお母様、お顔に大怪我をされて、サチ君は…みかりの旦那の…あの何というか転落、されて」
「え?」
(えぇ!?何?何?何が起こったの?)
大丈夫、俺は精一杯ビジネス用に「え?」と発音したはずだ。凄く興味津々なのだけれど。でもあちらさん、言葉の端端というか、なんというか…水田愛花、嬉しそう…だな。神妙な振りはしているのだろうけど。
「サチ君が、酷くお母様を殴った…というか」
噂話が好きなくせに話の主導権を握りたいくせに壊滅的に話すのが下手なババアの典型だな。要領を得ない。
「河下さんが…そんなことが…」
まあいい。俺も神妙な声を出してみよう。
娘の葬儀で笑い転げる旦那。そりゃそうだよねいくらぶっ壊れちゃったとしても、ねえ。嫌だわなあ。いくらVR譲ってくれてもさ、それさえ…譲られたことが逆にさあ。そんな旦那に不幸が降りかかったら、嬉しくなっちゃっても仕方ないよ。仕方ない。
うんうん、で?で?聞きたい♡聞きたい♡
「サチ君は間違えてベランダから落ちたって事になったんですけど…多分…みかりがいなくなってあの子も辛かったんじゃないかって。だって本当に仲の良い二人で…」
うんうん、こういうストーリー作るの好きよね、人ってやつは。相手が下になったとたんにね。
そして俺はそんなモノガタリに全力で乗っかるのが大好き。
ん、でも何で俺に?話したいだけ?かもなあ。
「それで河下さんは…」
「ええ…命に別状はないけれどもう起き上がれないかも、って腰から下がね、ダメなんですって」
「…それはそれは…」
さすがに息をのんだ。
が。
「そしてね」
「…ええ」
「私、毎日お見舞いに行っているんだけどね」
ええ~!?まじか!?怖え~!この女!水田愛花!怖え!超怖え!しかも本人的には善意の気持ち!すっげ怖え~!
「は、ハイ」
やべえ。ふと窓の外を見ると、俺めっちゃ笑い出しそうな顔、ゲスい。でもこれは仕方ないよ。仕方ない。
そして本題が、来た。
「…あの、みかりのVR…私たちの所だけよね?出したの…」
「…へ?」
とりつくろえず、あほみたいな声が出た。何言いだした?この女?
「サチ君がね、みかりといるみたいなの、今も」
「??ええっと?」
「そうよね、そんなことある訳ないわよね」
ええっとって何だよ俺。お客様に向かってそれは駄目…ってんん?いやいやええと何だこれ?頭がいろいろ追いつかない。ええっと…。どゆこと!?
「アラヤだ!こんな時間、夕飯の準備しなきゃいけないわ。関さんごめんなさいね、そんなこと、ないならいいのよ」
「え!いえいえ!詳しくお話を聞かせていただきたく」
やめてよう、こんなところでtobecontinuedなんて。
必死にすがりつくようでババア相手に俺何?と思ったが
水田愛花は嬉しそうに、そしてそれを隠しもせずに
「まあ、じゃあ今夜改めて電話するわ、少し遅くなるけれど」
投げキッスでもしてきそうな勢い。
俺は少し後悔。
…で。ええと、ええっと今なんて聞いた俺?VRが?河下さんとこに出ている?しかも現在進行形??
いやいやいや、ないないないない。
あの日ギリギリではあったけど間に合ったハズ…だし。
ハズっていうか本当に絶対大丈夫。
あの日…マンションに着くなり
「俺、やっぱり譲るよ」
と、河下さんが泣き崩れ、
うーんまだこの芝居を続けなきゃかなあと、王子様役も結構面白かったけどもう割とホントに時間ないなぁどうしたものかつーかかなーり俺の事信頼してたはずなのに?なぜやめる?whywhyと思考を巡らせたが
次の言葉で俺は納得、切り替え準備にすぐ取り掛かった。
「だって俺そんなみかりのこと好きじゃねえもん」
wao…
「嫁にちょうど良かったけど。…なんかたぶん雰囲気にのまれてVRすることに…」
ok.それなら仕方ない、雰囲気作ったの結構な所、俺だったりするし。
「え、ホント!キャンセルできる?」
ってキラッキラの笑顔。
だけど葬式で見た奇行と憔悴っぷりは
あれ?結構愛していたんじゃないの?って違和感さえ感じた。
え?まさか誤作動??
うーん、本当なら上に報告とかしなきゃいけないやつ?
確かにVR起動については未知の事も多いしなあ。
今夜…水田愛花のラブコール、聞いてから考えるか
そして振り返る。
さて。俺はどこで間違えたのかな?
操作ではなく…寄り添うべきは水田さんサイドだったかな?そのほうがアツい体験できただろうか?でもあの状態の河下さん、あれはあれで貴重な体験であったよな。あのすがるような目。そうだな指の欠片拾い上げた俺なんてダイジェスト版に収録必至の絵になる具合だったし。
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