第5話 帰

 温度と香りを取り戻していく旅路。

 俺、百鬼丸かな、手塚センセ。

 夜のドライブ、しかも運転手じゃない、街の明かりが前から後ろへ。なんかいいな。なんか。

 なんて思うと視界もクリアな気がする。ああ、目が開いたのはあの関君の顔を走る水滴の奇跡を見たときか。

 耳は…洗面に行こうと病室から俺を逃がしてくれた出会いのあの時の声。

 俺は完全に関君に心酔している。

 全てが終わったら飯でも行こうか?死ぬまで一緒にいる親友になる気が勝手にしている。

 なのに。うおい!

「河下さんともあと数時間じゃないですか」

「はあ~?え~、あ~そうだけど~、今度飯とか行こうよお~せっかくさあ~」

 なる気が勝手にしてた。認めたくなくて、俺はちょっとおどけて何かだせえ。

 関君は真っ直ぐ前をみながら言う。

「いや俺って多分雰囲気だけでやってることが多々あって…多分お客さんたちもね、最愛な人がいなくなった隙間にどうにかしてくれる人だって理想な部分で俺を見ているところがあって…もしかして俺、俺自身が世界初の[透けない長生きVR]なんじゃないかなあなんて思ったり…まあそんないいもんじゃあないでしょうけど」

 おおう…関君の自分「俺」呼びもいいなあ。そしてなんと自分を分かっていることか。あり得るなあ、いい意味で関君VR設。ははっ、俺なんて自分、百鬼丸!とか浮かれてたのに。

「っていうか…皆様、実際にVRに対峙したとたん担当の社員の事なんてどーうでもよくなるんです。うちのVRという技術は優秀なものなので!ふふ。決めてるでしょう、もう」

「…うん俺、みかりに会いたいよ」

「会えますよ。もう少しだけ私に付き合ってくださいね」

 関君の「俺」呼びは二度と聞けないんだなあ。突き放すのも上手い男っているんだなあ。寂しさより感心してしまう。


 大型スーパーが近づく、

「あ、買い物して行きます?恐らく36時間、家から出ないと思うので今は必要ないと思っても食べ物や飲み物…私、少し車中で作業をしていますので」

「そう、すね」

 おふくろが持ってきた着替えセットの中にトートバックと財布も入っていた。実家にいたころに使っていたものだ、よく見つけてくれたなあ。財布の中身はおふくろが足してくれたんだろう。

 みかりと来たことのあるスーパーマーケット。二度とみかりとは来れないのか。

 迷いながらも店内をふらつき、結局みかりと食べたことのある冷食、お菓子、総菜。最後に缶コーヒーを二本かごに入れた。みかりに会いたいけど、引き伸ばしたい気もする。関君ともう一度コーヒーを飲み終えたらもう家に着くだけだ。怖い、のかな。

 だけど関君はすぐにエンジンをかける。

「設定もほぼほぼ完了です。心配していたエラーもなくあとは無事に家について起動するだけです」

 ぬるりと駐車場から車道へとでる。なんとなくコーヒーを渡しそびれるが、まあいいか。

「少し透けているだけ。触れますし、食事もできます。家から出せない、実際は起動場所から約1㎞以内ですが、マンションなどの上下距離が影響したり、周りの人への考慮もかねてそのほうがいいでしょう。故人の身体と対面させてはならない。36時間という時間を変えることはできない。アラームは契約スマホに1時間前と10分前の二回。終了後はアプリから終了の手続きを1週間以内にしていただいて、手続きと言ってもサインと簡単なアンケートですけれど」

 何度もこの説明を繰り返したのだろう、運転に専念しながらもつらつらと関君は話し続けた。

 見慣れたマンション、昨日一日開けただけなのに。車を降り、マンションのタイルや郵便受けやエレベーターのボタンの現実感が強すぎて逆にぼんやりする。

「…3階でしたっけ?…大丈夫ですよ…」

 だよね。行先ボタン押さなきゃね、動かないよね。

 そして無事に部屋に招き入れ…何らかの作業が終わると…本当に…本当に!

「あ、あは…みかりだ、みかり…」

「何感動しちゃってるのよ?…貧弱だけど押し付けちゃって怒らない?」

「あは、ごめん、ごめんね、みかり!本当にかわいい!大好き!みかり!」

 ふわりとみかりを抱きしめた。触れる。少し透けてはいるけど。すこし強く抱きしめる。

 関君は微笑んで俺らを見つめ深々と礼をした。

「この度はVRサービスのご利用、ありがとうございました。それでは36時間、素敵なお引継ぎを!」

 なんだよ、その挨拶。やっぱりちょっと寂しいじゃないか。

 だけど、玄関に置きっぱなしのスーパーの袋に目を向けると

「コーヒー一本貰って帰っていいですか?眠気覚ましに。では」

 はは、くーっ!最後までカッコいいな!ありがとう!関君。パタンと扉が閉まる。

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