第3話 プリンセス

「戻ったらいろいろ聞かれるんだろうな」

 洗面所の窓から夕陽が見えた、夕方だ。何年も寝ていたような気がしたがただの次の日の夕方だった。

 ずっと思っていることがある。するりと抜けたみかりの腕の感触。俺があんなことを言わなければ、突き落とされず済んだかもしれない。それも話さなければならないのかな?みかりままとか警察とかそういう…手続きとかそういう…ああ、誰だったんだろうどうなったんだろうあの女…思い出したくないあの顔…

「ねえ関君、俺をここから連れ出してよ?」

「ふふ!囚われのお姫様みたいなこと言わないで下さいよ、やば、ちょっと面白くて、ごめ、すみません」

 俺が関君に頼るように、みかりは俺に頼ってきたことがあっただろうか?

「大丈夫です、連れ出します。救い出しますよ」

 俺は関君のように、みかりを救ってあげようとしたことがあっただろうか?


 病室に戻ると男が楊枝を咥えて俺のベッドに腰かけていた。先ほどの老人と談笑している。窓際にいた3人の男女がぺこりと頭を下げてこちらに向かってくる。

 仕事があると去ったはずの看護師(女)は、

「ほら私、もしかしたらまだお巡りさん近くにいるかなって呼び出してみたのよ、そしたら」

「お巡りさんとはちょいと違うがな、初めまして俺は警視庁」

「おーう兄ちゃんお帰り」

「わたくしどもは」

 一斉に話し出す。それだけで俺は恐怖だ。

 と。

 !

 関君はコップの水をビシャっと自分の顔にかける、わーお!水も滴る…って何やってん?

 みながぽかんとしたその瞬間、口を開く。

「時間がありません!私、VR社の関智樹と申します」

 そこからずっと関君のターン!

「皆様ご存知のようにVR起動開始には時間制限があります。VRの起動をするかしないかの選択は国民の権利です。国民の権利を奪いますか?」

 国民の権利!凄いことをいう!そして「?」をつけたくせに関君は答えを待たず話始める。

 俺、惚れそう。

「犯人は捕まっていますよね?電車も動いています。今することは彼からあれこれ聞きだすことですか?皆様が早く各々の仕事をしたい気持ちは分かります。温度が覚めないうちに衝撃的な話を聞きだしたいだけの気持ちもあるでしょう。

 それは彼のためなんですか?そうして彼の時間を奪い権利を奪う、それが国家権力のすることですか?治療という名を掲げた病院がそんな傷を彼に負わせるのですか?」

 国家権力!でもなぜか関君の口からでた言葉は陳腐に聞こえず、大したことを言っていなくても、説得力があるような。理解しなきゃいけないような。関君は特に美しい顔を備えているわけじゃないのにかっこいい、みたいなのに通ずるところがある。

「…何よりも彼は傷ついているんです。36時間少しでも癒されてそれからゆっくりお話しすることに何の問題がありますか?」

 仕事をしたい気持ちは分かる…か…関君も自分の仕事をさっさとしたいだけで、そして終わればどーぞどーぞとゆっくりお話しする場所に俺を放り出すのだ。寂しい。でもこの流れは病室で尋問されるというバッドイベントから解放される流れだ。

「サチ君!」

 おふくろが入ってきた。みかりままと一緒によろよろと。

「…あ」

 俺だって知っている、VRを起動する優先順位。届けを出す前ならみかりままが娘との別れの時間を持てたのだ。

 権利の放棄?したほうがいいのか?

 関君がチラリとこちらを見る。そのわずかな動きで耳たぶから水が落ちた。ピアス痕もない綺麗な耳だ。

「ではお母様もいらしたので退院の手続きはお任せして。着替えなどもありますので」

 病院側が俺が目覚めたと呼んだだであろうに、関君がお袋を呼んだようにもなってて、おふくろも関君に手を出されるとすっと自然に俺の着替えの入った伊勢丹の紙袋を渡して、関君は俺のベッドに車いすを横付けしてカーテンをぐるり閉めていって、みんなのろのろと「じゃあまた」「おちついたら」「このたびは」とかぼそぼそいいながら病室から出ていく。

 途中までしめたカーテンで少し薄暗い、おふくろとみかりままと関君と俺。同じ病室だと思っていたじいさんは別部屋だったみたいだ、なんとも物好きな…と病院着を脱ごうとするとタオルがはらり?

「うわあ!忘れてた」

 おしっこの袋をおふくろと義理の母と関君に同時に見られて、もうほんとに恥ずかしい。

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