第13話(お姫様に抱きつかれました)

 驚いたようにお姫様が僕を見ている。

 大きく目を見開いた、緑色の翡翠(ひすい)を思わせる瞳が僕を映している。

 はっきり言って僕は可愛い女の子が好きだ。


 そして現在、今まで見た事がない様な美少女が僕を見ているのである。

 何となくこうじっと見つめられると気恥ずかしい様な気がする。

 こういった経験はあまりないし、そもそもお姫様にじっと見つめられる、というのもよくある出来事ではない。


 そう僕が思っているとそこでお姫様が僕に近づいてきた。

 何故か周りが沈黙している。

 どうやらこの“異常”な状況を見守っているようだ。


 確かにこれまでの阿鼻叫喚の地獄と化していた? ようなこの鬼ごっこでは、この状況は違うように見えるのかもしれない。

 そこで、ごくりと誰かがつばを飲み込む音が聞こえる。

 男性達の顔は真っ蒼だが、この状況がどう変わるのかは気になっているようだ。


 周りの視線が一斉に僕に集中している。

 別な意味でいたたまれない気持ちになっていると目の前にお姫様がゆっくりと、恐る恐るといったような不安そうな面持ちで近づいてくる。

 近くで見ると、その美しさが余計に感じられる。


 風になびく、陽の光の中で煌めくさらさらとした金糸の髪。

 白磁の様な白く繊細な肌。

 明るい緑色の瞳は、新緑の季節の森を見上げた様な色。


 現実にこんな美人が存在しているなんて僕は知らなかった。

 人形の様な、と表現してもいいのだけれど、その瞳に映る“意思”も“期待”もすべて、生きている人間のそれに他ならない。

 そんな生命の美しさも相まって、やはり僕も目が離せない。


 彼女は僕の目の前にやってくると、そこで恐る恐るといったように僕に手を伸ばすけれど、すぐに思い切った様に僕に抱きついてくる。


「「ぎゃああああああ」」

「「きゃああああああ」」


 前の悲鳴は男性のもの、後の黄色い歓声は女性のもの。

 面白い対比なのはいいとして、凄く甘くていい匂いがして、そして柔らかい物が当たっている気がする。

 ええそうです、胸が。


 美少女なお姫様に抱きつかれるという稀有な体験をしている僕。

 しかも抱きつかれてあれな感じになっているのなんて、物語でしか読んだことがないし自分の人生で起こるとは思わなかった。

 幼馴染のユナにも抱きつかれたことはあるけれど、それは不可抗力だったし、そもそもあれは僕が七歳の頃の事だった。


 ど、どうしようと僕が心の中で焦っているとそこで、


「あの……」


 そんな小さな声で、僕にヒナタ姫が話しかけてきた。

 声も綺麗だなと僕は思いながら、僕は、


「なんでしょうか、ヒナタ姫」

「やっぱり私が平気なんですね! 呪いが全く効かない殿方なんて初めてです」


 と言われたので僕はこれまでの人生について思いをはせながら、


「そうなのですか。昔からそういった呪いやら何やらが全く効かなくて」

「はい、ですから貴方が優勝者です!」

「僕、ただ姫に抱きつかれただけなのですが……」

「それをさせてくれるだけで私は十分です!」


 そこで彼女が目を瞬かせる。


「あの、その背中に背負っている物は何ですか? 剣では無いようですが」

「スコップです」

「……え?」

「土を掘る為の、スコップです」


 お姫様が不思議そうに首をかしげる。

 そんなちょっとした仕草も、子猫の様に可愛い。


「そういえばまだお名前をお聞きしておりませんでした」

「僕の名前は、ユウト・ヤマダです。ここから西にある、アルパ村からやってきました」


 そう、彼女に自己紹介したが、そこで僕は肩をすくめて、


「とはいうものの、会場入り口の荷物検査で、中身は預かってもらっているだけなので、袋を背負っているだけなのですが」

「そうですよね、私がいるわけですから、検査はされるでしょうね」


 頷くお姫様に、こんな表情も可愛いなと思っていると、すぐ傍で男性が倒れた。

 どうやらどんな結果になるのか見ていたけれど限界が来てしまったらしい。

 それを契機にまたも男性が次々と倒れていく。


 とりあえずはこの場で立ち止まっているのも彼らには危険なようなので、


「えっとヒナタ姫様、場所を移しませんか? 倒れている人が多いですし」

「……そうですね。あ、そちらのご友人の方々も、女性ですから私の呪いの影響は受けませんので……一緒に来て頂いてもかまいませんがどうしましょうか」


 そこで僕と話していたアオイとリンに声をかけるヒナタ姫。

 それにアオイはすぐに頷くので、じゃあ私もと言って、リンもついてくるという。

 何となく姫の傍にいるメイドが僕を警戒するように睨みつけるように見ている気がするけれど、お姫様がすごく嬉しそうなので言えないようだった。と、


「では、こちらです」


 お姫様が嬉しそうに僕の手を握って引っ張る。

 その手は温かくて、僕は少しドキドキしてしまったのだった。

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