第2話(こうして僕は、伝説のスコップを手に入れた)

 あらすじ的に説明しておくのもどうなので、どうして僕がお姫様に抱きつかれていたのかについて、もう少し詳しく説明しようと思う。

 といっても、そこまでたいそうな理由があったわけではない。

 そう、それはあの日。


 僕の住んでいた村の、いつもと変わらない平穏な春休みの事だった。


「あー、いい天気だな」


 畑に雪トマト(赤くて丸い実の野菜)を取りに来た僕、ユウト・ヤマダはそう呟いて背伸びをした。

 黒髪に茶色い瞳で、幼馴染のユナには平凡だの普通だの言われている、そんな容姿だ。

 イケメンになりたいといえばなりたかったかったし、イケメンチートを使ってみたい気がしないでもないが、それを望んだ所でイケメンになれるわけではないので深く考えないことにした。


 でも背は二年ほど前にユナを追い越した。

 それは実のところ僕の中では少し自慢だ。

 だがあれ以来、ユナはこそこそ牛乳を飲んでいつか僕の背を追い越そうと頑張っているらしい。


「ユナは相変わらず、負けず嫌いだな」


 あの元気な幼馴染の女の子は、今日は風邪で寝込んでいるらしい。

 畑に行くついでに、今日は朝に起こしに来ないな~、と思いユナの家に寄った所、風邪を引いて寝込んだらしいとユナの母親に聞いた。

 なのでさっき、僕の家の畑の雪トマトを一個取ってきてユナの額においておいた。


 風邪の時はこうしておいた方がいいとこの村の人なら誰でも知っている話だ。

 僕も昔風邪をひいたとき額に乗せていたものである。

 ひんやりとしてとても気持ちがいいし、のどが渇いた時はそれを食べることもできるのでとても合理的だ。


 そこまで考えた僕は、ちょうど僕の家の畑にやってきたので、収穫できそうなトマトを再度見まわして収穫する。

 見回すとまだまだ熟していない青いものが結構あって、その中でよさそうなものを選んで、僕はかごに雪トマトを五つほどもいで入れていく。

 この雪トマトはこの地方特産のこの時期……は旬の終わりごろだけれど、雪を養分にして育つ、甘くて美味しいトマトだ。


 本日の朝食は、この雪トマトを使ったトマトシチューと手作りのパン、ハムである。

 この雪トマトのシチューは、ことことと煮ると甘みと旨みが増して、それこそベーコンなどの肉類からのだしを取らなくても濃厚な味に仕上がるのだ。

 特に今の時期の雪トマトは旨みが多い。


 さて、そんなささやかだが美味しい朝食で出てくる、とりたて新鮮の雪トマトの味は宮廷料理にも勝る……と僕は思っている。

 それくらいにこのトマトの味には僕は自信を持っていた。

 そんな僕は、ごく普通の一般家庭に育ちもうすぐ十六歳。

 この小さい村では中学校しか無いので、高校に行くには都市の寮に入らないといけない。


 なのでこの春休みが終わったら、都市の高校に通う予定になっていた。

 ちなみに同い年である幼馴染のユナもそうだ。


「こ、高校も一緒に行ってあげてもいいんだからね! ユウトは一人だと危なっかしいし。う、嬉しいでしょ!」


 と、ユナがいつもの様に言っていたんだよな、後でもう一度様子を見に行こう、そう思いながら朝食を食べに僕は家に戻ったのだった。










 この世界は双子の女神によって作られたという。

 ただ妹の方は、好き勝手したいということでこの世界のどこかにいるらしい……のだが目立たない? らしく現在は名前は伝わっていない。

 なので姉の女神であるティラス女神様ばかりが信仰されている。


 そしてこんな小さな村でもその女神ティラス様をあがめるような教会があるわけで、そして今日はその教会の神父様がそこにいなかった。

 朝食を食べて、再びユナの様子も見てついでに教会に立ち寄ってみた僕であるが、そこでちょっとした好奇心がわく。

 ちょうど教会の中には人がいなかった。


 もしかしたなら畑に出ているのかもしれない。

 ここの神父様は畑仕事も大好きだったから。

 それにお祈りの日でもないし、こんな朝早くだから人がいないのも当然かもしれなかった。


 なので、ここ最近心の中で僕が思っていたことを、いるかいないか分からない女神様に聞いてもらおうと思ったのだ。

 そして中に入り再び僕は周りに人がいないのを確認してから、


「女神様! 春休みで暇なので、何かでっかい事がしたいです」

『いいわよ~』


 何処からともなく女性の声がした。

 聞き覚えのない声に、僕は周りを見回したが、人影が何処にもない。

 そうすると、クスクスとした笑い声が何処からともなく聞こえてくる。

 僕はそれにぎょっとして、顔から血の気が無くなっていくのを感じつつ、


「も、もしや、お化け!」

『お化けなんて酷いわね、女神様よ』

「でも突然女神様が声をかけてくるとは思えない! 今までそんなの聞こえなかったし!」


 僕がそう言い返すと、再びくすくすという笑い声とともに、


『うん、話しかけてないからね。それで……でもでっかい事をしたいんなら、私の“遊び”につきあってくれるかな? チートっぽい武器のようなものもあげるわよ~』

「本当ですか! やります!」

『……そこは疑った方がいいような気がするけれど、まあいいか。他ならぬ、ユウトちゃんがやるって言っているんだし』

「? 僕をご存知なのですか?」

『そうよ~、というわけでほら、伝説の“万能スコップ”』


 女神様だから僕の事を知っているのだろうかと僕は思う。

 そうよという答えが返ってきた。

 そして女神様を自称するそんな女性の声と共に、僕の目の前に光り輝く……ごく普通のスコップが現れたのだった。

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