第11話

 食後、体をクレアに渡した俺は、魔法を教わる事にした。クレアにとって魔法は感覚的に使うそうで、言葉よりも実感した方が速いそうだ。

 「本来は手を繋いだ相手に医療魔法を掛けて、魔力の流れを掴むところから始めるが、同じ体だからな。私が魔法を使えばなんとなくは分かるだろう」


 (そういうものなのか?)


 「おそらくだが、大丈夫だろう。ダメだった時はその時に考える事にしよう。さて、魔法は集中、詠唱、動作の三要素から出来ているのだが、要は集中による魔力操作。そしてイメージ構築だ。詠唱や動作はイメージの補助や固定をしたり、魔法の完成度を高める為のもので、極端な事を言えば詠唱も動作も要らない。私はあまり魔法攻撃が得意ではなかったから、短縮詠唱や無詠唱での補助的な使い方が主だった。だからこそいつでも魔法が使えるように訓練したものだ」


 クレアと会って一番の饒舌っぷりである。なんか言葉に苦労してた事が滲み出ているし、魔法には苦労してたっぽいな。今朝教えてもらったステータスによると、クレアの魔法攻撃能力は平均を下回っていたらしいし。だからどう苦労したのか、無理には聞かない事にした。


 (それで?今から実演って事か?)


 「ああ、それでは私が一度身体強化魔法を使う。ショウ、君は魔力の流れる感覚を知ってほしい。これが理解出来ないと魔法を使う事が困難になるからだ。身体を魔力が流れる感覚は共有できるはずだから、何が起きているか理解できるはずだ」


 俺に対してそう言った直後、クレアは左手を突き出して間髪入れずに何かを唱え始めた。おそらく身体強化魔法だろう。


 「我が魔力よ。」


 そして彼女が魔法を唱え始めた直後から、俺は初めての感覚に翻弄されていた。心臓から身体の隅々にまで気持ちの良い液体が浸透していく感覚。

 俺がその感覚に慣れようとすると、今度はその液体が一気に左手に流れ込んだのが分かる。


 「我が求めに従い、自らを高める力となれ!!」


 最後の言葉と共に左手に集まった何かが握り潰されると、体の表面と体内の両方に先程とは別の感覚が流れ込んだ。そして俺は、これが身体強化魔法なんだと何となく理解した。

 何故なら、共有している肉体の感覚が今までよりも鋭敏に感じられたからだ。視覚も聴覚も、触覚も嗅覚も(そしておそらく味覚も)強化されたのが分かる。

 俺が魔法の力を実感していると、クレアが話しかけて来た。


 (これが近接戦を行う者がよく使う魔法の一つで、身体強化魔法と呼ばれるものだ。魔力が全身に流れ、その後左手に移る感覚を理解したか?)


 俺がその質問に大きく頷くと、彼女の説明が続いた。


 (この魔法は攻撃力や防御力、俊敏性の他に五感や反応速度などの、肉体的な様々な面を強化する魔法だ。最初が最も効果が大きく、徐々に効果が弱くなっていく。私の場合は20分位は効果が大きいが、その時間に差し掛かったら今の魔法を掛け直す事にしている。それにしても……)


 そこで少し言葉を切ったクレアは、嬉しさを滲ませながらこう続けた。


 (魔力が全身に流れる感覚を理解してくれたか…!兵士時代には誰に言っても理解してくれなかった感覚なのだ。では、この感覚も分かってくれるか!?私の切り札だが、同じ体を使う君には隠す必要も無いし、君なら分かってくれるはずだ!)


 一気にまくし立てたクレアは、俺が何かの反応を見せる前にギュッと目を閉じた。 何をやりたいのか分からない俺がクレアに声を掛けようとしたタイミングで、それは来た。


 例えるなら、熱い液体が流れ込んだような感覚。もしくは燃えるような感覚が全身を駆け巡る。本日数度目の未知の感覚に翻弄された俺は、何が起きているかが一瞬分からなかったが、鑑定能力によってその正体が分かった。そして同時に、魔力が明らかに減少し続けている事も。

 俺が驚きながらも納得するという珍しい事をしていると、クレアは20秒程で能力の使用を止めたようだ。体の熱が引いていき、魔力の減少が止まる。その後に視界が開き、クレアの声がした。


 (今のが私の切り札だ。分かってくれたか?)


 否定されるのが怖いのか、今日初めて少し怖がるように質問してきたクレアに対して、俺は正直に答えた。


 (ああ、分かった。そしてお前が今やったことは、おそらくお前の能力らしいって事も分かった)


 そう答えると、クレアの意識が俺の方にずいっと寄ってきたのが分かった。冷静では無いせいか、意識だけではなく口に出してしまっている



 「本当か!?そして今、私がやった事を能力と言ったか!?つまり私がやっていた事は、努力すれば誰でも出来ることでは無かったのか!?」


 一気にまくし立て、そのままクレアは頭を抱えた。何か思うことがあったらしい。

 今彼女が行なっていた事は、「浸魔体質」から派生した「魔力強化法」だった。落ち着いた彼女から話を聞くと、全力で行動する時に意識するとできる事で、魔力をバカ食いする代わりに身体能力が大幅に強化されるらしい。さっき鑑定で見た魔力の減り方的に毎秒1MPを消費するようだ。俺が来る前の彼女のMP的には4分程度しか持たないから、そういう意味でも切り札として短時間だけ使うなど工夫してたそうだ。


 (さて、今日から君は剣と魔法の使い方、それと「魔力強化法」に慣れてもらう。まぁ「魔力強化法」はどうすれば使えるようになるか見当もつかないから、魔力で水を作る所から練習だな)


 俺の魔法訓練は水作りから始まった。詠唱は「水よ生まれよ。クリエイト・ウォーター」という単純なものだが、魔力の流れを掴むのが難しいらしい。俺はさっきの身体強化魔法の時に感じた、気持ちの良い液体が体を流れているのを意識しながら

 「水よ生まれよ。クリエイト・ウォーター」

 と唱えた。すると無意識に伸ばしていた左手の先に水球が生まれた。


 (……凄いな君は。普通は魔力の流れを掴むのに時間が掛かるが一回で成功か)


 これは自分の中にお手本があるのが大きいだろうと思う。普通は手を繋いだ状態で安全な魔法を使って魔力の流れを認識するらしいが、自分自身の体で魔力の流れを認識出来ていたのだからその分ハードルが低いんだろう。その後、水球を作っては払うように遠くに捨てる事を繰り返し、魔力の感覚を掴んでから休む事にした。この世界最初の夜は、穏やかに過ぎて行った。

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