第10話
(ショウ、そろそろ食事にしないか?)
剣の鍛錬をしていると、クレアに声を掛けられた。剣を振っているうちに時間感覚が分からなくなっていたが、言われてみると少し空腹感を感じたし、上を見ると太陽は高く昇っていた。この世界でも、太陽が最も高くなる頃に昼という事は変わらないらしい。
(ああ、少し腹も減ったし、飯にするか)
俺は剣を鞘に戻し、側に荷袋を下ろす。そしてその荷袋から、今朝アダンから貰った箱を取り出して座った。
中身はサンドイッチの詰め合わせの様なもので、レタスのようなシャキシャキとした食感の野菜が挟まっているものと、歯応えのある肉を中心にしたものの2種類だった。
見た目以上にボリュームのあるそれを食べ終わる頃にはそれなりの満腹感を得た俺は、地面に『倉庫』を小さく開け、中に弁当箱を放り込んだ。どうせしばらくは使う予定も無いし、これは倉庫に入れても問題無いだろう。
『倉庫』を閉めて立ち上がった俺はリュックを背負い、多少歩く事にした。食事中に聞いたクレアの予定では少し早めに野営の準備をして、それから少し魔法の練習を行うつもりらしい。クレア曰く、
(最終的には戦闘行動中に魔法を使えるようにならないといけないが、最初は座って練習するのが基本だ。歩きながら練習して失敗したら目も当てられない……)
だそうだ。魔法という言葉の響きには惹かれるが、失敗すれば危険だと言うクレアの言葉に従った。
というわけで俺は今走っている。最初は歩いていたが、もし速くニオ村に着けば、その分じっくりと魔法の時間が取れると思ったからだ。クレアも俺の考えに賛同していた。そして今までこの体では剣技の練習しかしていなかったせいでうすうすとしか気が付かなかったが、本当に体が軽い。元の世界でも運動はそれほど苦手ではなかったが、息切れの心配がほとんど無いようなランニングですら、かなりのスピードが出ている感じだ。全力で走れば元の世界で自転車並みかそれ以上のスピードが出せる気がする。クレアもこのスピードには驚きを隠せず、
(魔法補助も無い生身の状態で、かつ全力ではないのにこの速度か……。これが『身体強化』の恩恵なのか……?)
と、さっきから自分の世界に篭りきりだ。というか思念ダダ漏れである。どうも意識しないと俺とクレアの『意思疎通』は、勝手に自分の思念を相手に伝えてしまうらしい。一応意識すればシャットアウト出来るみたいだし、俺も気をつけよう。
この日はかなり距離を稼いだとは思うが、さすがに徒歩3日の行程を1日で終わらせられるはずはなく、野営する事になった。だが俺にはその手の知識がないので、クレアに全てを任せた。
クレアは道から少し離れて、 それなりに見通しが良い場所にリュックを降ろした。そして彼女はリュックから、小さな黒い物体と薄手の布を取り出した。布の方は簡易的な布団のような物をだろうが黒い物体はなんだ?
「これはギルドでも売っている熱炭というもので、火を付けると結構長く燃えてくれる。幸い、季節は暖かいし月もある。薪を探す必要もないだろう」
そして鍋と台を用意し、熱炭を下に置くと、彼女はこちらに意識を向けた。
(ちょっと早いがこれが魔法の実演だ。あとで教えるが、これで少しでも何か掴めるかもしれないからな)
そう言って熱炭に右手を近づける。一瞬右手に何かが集まるイメージを受けた瞬間、「雷よ」の声とともに光が生まれ、次の瞬間には熱炭が燃え始めていた。
(今のが雷魔法だ。詠唱も集中も適当だが熱炭を燃やすくらいは出来る。炎魔法が使えないなら、魔石の火種を買っておくのが一般的ではあるが)
そう言いながらクレアは鍋に水魔法で水を注ぎ、熱炭の火にかける。そこに干し肉や買ってきた野菜を切って入れ、スープを作っていった。
(これとパンが野営の基本だ。火が使えないなら干し肉をそのまま食べたりするが、温かいスープは安心感が違うからな)
そういうと彼女は俺に体を渡し、こう言った。
(今日は初めてこの世界に来たお祝いと思って食べてくれ。でも明日からは食事も作ってほしい)
言われずとも作るさ。一応自炊もしてたし、これくらいなら出来るからな。
そうしてこの世界最初の夜は和やかに始まった。
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