第7話
冒険者ギルドがあったのは、大通りの角地にある大きな建物だった。
1階は大きなフロアに幾つかのカウンターがあり、それぞれに「受注」「報告」「売却・納品」「受付」などが書いてある。
他に目を引くものは、奥にチラリと見える酒場のようなスペースと、幾つか設置された大きな掲示板である。クレアが言うには、掲示板には依頼が書かれた羊皮紙が貼り付けてあり、それを剥がして受注カウンターに持っていく事で依頼が開始されるらしい。
(とはいえ、私も依頼を受けた事はない。そもそもここに来た回数自体片手で事足りるし、昨日冒険者の受付をしてから、初心者講習で教えてもらった内容だからな)
(何かここに来る理由でもあったのか?)
(ああ、軍では年に何度か遠征任務や演習があってな。その際に狩った魔物の魔石なんかはここで買ってもらう。その売り上げは部隊に分配されて、全員に支給されるんだ。過酷な仕事ではあったが、それに見合った収入はあったな)
(なるほどな。それで?今日は何のために来た?)
(ギルドカードの交付と所属ギルドの変更手続きは済ませないとな。カードの交付は少し時間がかかるから今日来て欲しい言われたし、所属ギルドの変更申請をしないと、旅に支障が出る事もあるらしい。それとたしか現金を預けられるはずだから、所持金の7割くらいは預けておくつもりだ。多少は現金で残しておきたいが、無駄に現金を持ち歩く必要もないだろう)
そう言って、クレアは「受付」のカウンターに行った。そこには頭の上から猫のような耳が生えた可愛らしい女性がいて、クレアが近づいて来る事に気が付いて声を掛けてきた
「おはようございまーす。クレアさん、お待ちしておりました」
彼女はクレアの事を知っているらしい。そしてクレアも顔だけは覚えていたようで、
「ああ、おはよう。昨日の講習をしてくれた人だな。名前は確か……」
と言ったところで言葉が詰まる。名前は覚えていないようだ。
それを察した猫耳の女性はクスクスと笑いながら、
「メルトリアですよ。それでは、ギルドカードの交付がありますので、少々お待ちください」と言って、奥の方へ去った。そのお尻の近くには尻尾が生えていて、彼女の歩みに合わせて揺れている。
(ああ、思い出した。彼女は猫獣人のメルトリアだ。初心者講習の一部に彼女の実体験の様な言い回しがあったから、たぶん元は冒険者だと思う。ついでに年齢も上だろう。聞いては居ないがな)
名前で、クレアは昨日の事を思い出したらしい。獣人は初めて見た。あの耳と尻尾は本物なのだろうなーとか思っていると、彼女は帰ってきた。その手に2枚、銀色のカードがある事に気がついた。その内1枚には金属のチェーンのような物が付いていて、首などに掛けられるようになっている。アレが先程から話題に出てきた「ギルドカード」だろうか。しかしそのカードにはクレアと名前が書いてあるだけで、他に記載された文字はない。
「はい、お待たせしました。こちらがギルドカードになります。首にかけられるこちらのカードはクレアさんが身に付けて、もう1枚は所属ギルド預かりとなります。これらは身分証明となりまして、再発行には手続き料が発生致しますのでご注意下さい。イボールで活動なさるのでしたらお預かり致しますが、どうされますか?」
「これから旅に出るつもりだ。だから両方貰おう」
「承りました。ではそれぞれの裏面に血をお願いします。針はこちらです」
なんと登録には血が必要らしい。だがクレアは全く動じた様子がなく、針を受け取ると左手の親指に針を刺した。そして血が出てきた事を確認すると、2枚のカードの裏面を見た。そこには複雑な図形のようなものが書かれていて、クレアは2枚のカードの図形にそれぞれ血を押し付けた。2枚目のカードに血を押し付けた時、両方のカードが淡く光った
「これを持ちまして、クレアさんは正式に冒険者となり、全てのギルドであなたの名前が登録されました。これからの成功をギルド一同願っております。そして所属したい場所のギルドの受付に、ギルドカードの片方をお渡しする事で、そのギルドに所属する事となりますのでご注意下さい」
おそらくこれはギルド加入の際に必要な事なのだろう。クレアがカードの表側に目を向けると、先程から書かれていた名前以外に、この世界の文字で冒険者ランク「D」と所属ギルド「無し」が書いてある。今の行動の間に書き加えられたようだ。クレアはカードに書かれた内容に疑問があったようで、
「少しいいか?」と聞いた。
メルトリアは今までと同じ口調で、「どうなさいました?」とにこやかに答えた。
「これで私は冒険者という事で良いんだな?」
「はい、クレアさんは冒険者として登録されました。ギルド預かりとなったカードは、クレアさんの生存証明と本人証明を兼ねています。クレアさんが死亡した際にギルド預かりのカードは死亡を証明致しますし、お手持ちのカードの紛失や破壊などがあった場合、ギルド預かりのカードがある場合には即時再発行致します。お手持ちのカードは身に付けて大切にご使用ください」
ギルドカードが2枚ある事には意味があったようだ。更にクレアは質問を重ねる
「なるほど、了解した。では何故私はランクDなんだ?普通、新規冒険者はFからスタートして、Aランクを目指すものだろう?」
彼女の発言はメルトリアへの質問と同時に、俺に対しての説明でもあった
「はい、新規冒険者の場合はFランクでスタートし、そこからAランク、更に上のSランクやSSランクを目指す事となります。ですがクレアさんは軍人時代の評価もあり、Dランク冒険者としてふさわしいと判断されました」
「どうしてだ?たしか軍を辞めて冒険者となった者も居たはずだが、アレはFランクから始まったと聞いたぞ?」
「クレアさんのおっしゃる方がどなたかは存じませんが、あなたは『壁駆け』の異名を持ち、イボール第二歩兵軍第三部隊の副隊長でもあり、更に魔族の奇襲から生き延びています。あなたをFランク冒険者として登録するには、逆に実績を積み上げ過ぎているんです」
「………よく調べたな。特に最後は噂でしか無いはずだろう?」とクレアはため息を吐いた。メルトリアはにこやかな表情を崩さず、
「ギルドには様々な情報網がありますから」と答えていた。
とりあえずは納得したらしいクレアは、カードを受け取ると、「入金・出金・融資」と書かれたカウンターに移動した。そちらには体格がガッシリとした厳つい男が座っていたが、クレアが座るとニヤリと笑った。
「いらっしゃいませ。ギルドカードを確認いたします」
顔に全く似合わない、丁寧な口調と優しい声音である。クレアがカードを2枚とも渡すと、彼はそのカードを彼の左手にある何かの装置の上に置いた。するとその装置から光が発生し、四角のウィンドウのような形となった。こちらからでは何がそこにあるのか分からないが、彼はそれを見ながらこちらに説明する。
「こちらではお客様のギルドカードにお金を入金したり、そのお金を引き出す事ができます。お客様は現在入金している資金はございませんね。このギルドでは融資も行えますが、このギルドに所属されている方にしか融資は行えないのでご了承ください」
おそらく、あのウィンドウには入金残高や借金が書かれているのだろう
クレアが入金を頼み金貨を出し、彼はそれを受け取って確認すると、
「1000リュフでございますね。全額入金でよろしいでしょうか?」と聞いた
「いや、300リュフ程残したい。その内200リュフは大銀貨2枚で、100リュフは銀貨9、銅貨10で頼む」
「かしこまりました。少々お待ちください」
こう言って彼はチェーンが付いているカードを返し、一旦裏に下がった。
待っている間にクレアに聞いたが、この国の貨幣は10枚で次の貨幣1枚換算の十進制を採用しているらしい。その貨幣の価値は下から、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨となるらしい。更に上には白金貨と大白金貨もあるが、普通はそれを使う事はないそうだ。
そんな話を聞いていると、先ほど裏に行った彼が帰ってきて、小さなケースを開けた。
「こちらが300リュフとなっております。そしてこちらがお預かりしたギルドカードになっております。現在700リュフ入っております。ギルドに関連した店やそれなりに大店ですと、ギルドカードで決済できる装置がある事が多いので、それもお伝えしておきます」
大銀貨が2枚と、100リュフ分の銀貨や銅貨がケースに入っている。そしてギルドカードって電子マネー的な使い方もあるのか。覚えておこう
クレアは財布の袋に現金を入れ、ギルドカードを首に掛けると、掲示板の方に向かった。
(移動中にできる仕事で資金が稼げるに越した事はないからな)
だそうだ。
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