第6話

外に出たクレアは周りには目もくれずに歩いて行く。俺に出来ることは、何処に行くつもりかを聞くくらいしかない


(今から何処に行くんだ?)


(ああ、言っていなかったな。まずは予約していた剣を貰いに行く。それから鎧と籠手とブーツだな。前払いで料金を払ってるから、金を払う必要はないが………)


 そう言ったクレアは言葉を濁した。


(払う必要はないが……どうした?)


(いや、君には言っても良いな。財布の中に金貨が入っていただろう?)


 確かに1枚だけ入っていた気がするな、それ


(あー、確かに入っていたな。それが?)


 俺が聞くと、クレアは小さくため息をついて、こう答えた


(あれは1000リュフ金貨だ。今から取りに行く剣が2本買えるような大金だ)


 話によると、昨日軍を辞める際に、仕事の危険手当と退職金としてその金貨を渡されたらしい。完全に予想外の収入で、それだけの資金があればもう少し良い剣を買えたとの事だ


(じゃあ今から行って別の剣にすれば良いんじゃねえの?)


 俺がそう聞くと首を振られた


(いや、わざわざ2本も剣を買っても意味が無い。頼んだ剣は用意してあるはずだからな。更に言えば、今から頼むと時間が掛かるし、剣はしっかりと使ってやりたい)

との事である。


 そうこうしているうちに、1軒目の目的地に着いたようだ。入り口の横には「鍛冶屋クリフ 開店中」と、(この世界の言葉で)書いてある。俺には本来読めない字のはずだが、この世界に来る時に爺さんがくれた『通訳能力』のお陰で苦もなく読める。書ける気はまだしないが、文章に慣れていけば書けるようになるかもしれない。


 中に入ると、そこは色々なものが置いてあった。鉄製の農具っぽいものに、それとは少し色合いが違う道具の数々。鑑定してみると、青銅製の道具が多かった

 クレアはそれらを一瞥してから、店番をしていた男を呼んだ。

「ヨシュアか。クレアだ。剣を受け取りに来たとクリフさんに伝えてくれ」


 この時間に来ることは分かっていたらしく、ヨシュアと呼ばれた男は彼女に挨拶をしてから裏に行った。すぐに戻ってくると、カウンターに剣と鞘、それと鞘が繋がっているベルトを置いた


「はい、クレアさん。クリフの親父は手が離せないから品物だけですまないって言ってたぜ。これが頼まれてた鉄剣な。それから、鞘と剣帯はウチの親父とレドグさんからの餞別だそうだ。持って行きな」


 剣以外はサービスだったようだ。ありがとうと言ったクレアは、剣帯をズボンのベルトの上に装備し、鞘を左腰に差した。最後に剣を確認している。

 俺は剣を鑑定してみた。その剣は、「鉄剣 6等級品 価値450」と表示され、鞘や剣帯も同じ等級だった。おそらく、等級っていうのがその物の品質で、価値はそのままの意味だと思う。青銅の剣っぽいものは軒並み8~10等級品で、価値も60~100前後の様だし、それよりもこの剣はかなり上質なのだろう。


 剣の出来に満足したらしいクレアは、

「良い剣だな。じゃあクリフさんにありがとうと伝えておいてくれ」と言って、店を出た。

 次に向かったのはさっき出てきたレドグって人の店だ。ここでは革製品をメインに扱っているらしい。先ほどの鍛冶屋からは近くにあり、もともと鍛冶屋のクリフと革具屋のレドグも仲が良いらしい。


 そんな店に入ると、クレアはそこの少女に声を掛けた

「おはようフェル、レドグさんに私が来た事を伝えてくれないか?頼んでいた物を引き取りに来た」


 フェルと呼ばれた女の子は、「はーい」というと、奥のドアを開けてどこかに行った。それには目もくれずにクレアは近くの木椅子に座ると、履いていた靴を脱いだ。気が付かなかったが、彼女は靴下の様なものを履いていたらしい。そして荷袋から布の袋を出した時、奥からドタドタとした足音が聞こえてきた


「おはよう、クレアちゃん。やっぱり行くのかい?」


 これを言ったのは、腰当てが付いた革の鎧と籠手らしき物を持った、前髪の薄いオッサンだ。フェルちゃんは脛くらいまでの長さのブーツを持ってきている


「ええ、レドグさん。昨日軍も辞めましたし、これからは冒険者のクレアですよ」

 このオッサンの名前が、レドグと言うらしい


「『壁駆けクレア』ちゃんは街でもよく思われてたのに、勿体無いな~。まぁ、噂が本当ならしょうがないだろうけどね」


 そう言いながら、レドグのオッサンは籠手や鎧を渡してくる。クレアはそれを着ながら答えた


「噂ですか?」


「何でも魔族が出たって噂じゃないか。どうもこの話は広げたくは無いみたいだけど、噂なんて何処からともなく出てくるものさ」


 それに対してクレアは何も答えずに、革鎧や籠手を装備し、フェルちゃんから渡されたブーツを履いて、ここに来るまで履いていた靴は袋に入れてリュックに入れた。そして、チラッと鑑定した所、革鎧は7等級品で籠手やブーツは8等級品だった


「じゃあ、私は行きます。レドグさん、剣帯とこの装備ありがとう。大切にする」


 クレアはそう言うと、この店を出た。心なしか歩くペースが速い。だが、思い出した事を聞いてみよう

(なあ、ちょっといいか?)

(どうした?)


 クレアの機嫌が悪いわけでは無いらしい。俺は朝も言われていた事を聞くことにした。


(お前の呼ばれ方の、『壁駆けクレア』ってなんだ?あだ名か?)


 そう言うと、彼女は少し恥ずかしそうに答えた


(昔の話だよ。何があったのかというと……)

 まとめると、軍人時代の仕事には治安維持活動があり、その最中に窃盗犯を見つけて追跡。追いつくためにこの街の外壁を走って、結果的に捕まえた事があったらしい。その時の目撃者が多かった事もあり、『壁駆けクレア』なんて異名が出来たらしい

 そんな事を言っているうちに目的地に着いたようだ。この辺りでは日用品を扱っているらしい。


(で、何を買うんだ?)


 そう聞くと、クレアは後ろのリュックの中身を思い出しながら、

(野営時に使う皿はあるし、寝る時の毛布もある。野営の火も多少はあるな。それに一応雨避けもあるな……。君の能力を考えれば後々の用意をしても問題無いだろうが、ここでは金貨を使っても釣りなんて用意出来ないだろうからな。……しょうがない。保存食だけ買って、一旦戻ろう。)


 ということで、食料だけ買うことになった。顔見知りらしい人と挨拶を交わしながら、干し肉や固そうなパン、そしてクレア曰く保存が効くらしい野菜といったものを買っていく。この街ではクレアはそれなりに知られているようだ。この買い物で財布の中身の銀貨や銅貨をほとんど使い切ることになった。


(さてと、アダンさんの所に戻ろう。一回戻って来いと言われていたし、それから冒険者ギルドに行かないとな)

とクレアに言われ、俺たちは一度アダンさんの宿に戻ることになった。


 俺たちはアダンさんの宿に戻ると、すぐにアダンを呼んでもらった。街を出る前にもう一度来いって言われてたのもある

 朝の忙しい時間は過ぎたのか、一階は閑散としていた。


「アダンさん、ちょっと早いが帰ってきた。何か用があるって事だっただろう?」


 クレアが声をかけると、アダンはすぐにやって来た。その手には四角い箱がある。


「早かったな。嬢ちゃん、これは俺からの餞別だ。昼にでも食え」

 箱の中身は食べ物らしい。それを受け取ったクレアは、

「ありがとう。じゃあ忘れが無いかだけ確認して、それから私は行きます。また会える日を」


 すると、アダンはにこやかに笑い

「おう。また会える日をな!」と言った。


 いったん宿の部屋に戻った俺たちは、リュックの中身を確認しながら話す事にした。内容は「何か『倉庫』に入れるべきものがあるか」だ


 クレアは、

「このリュックに入るなら、無理に使わず、入らなくなった時に考えれば良い」のスタンスだ

 俺もその意見はわからなくもないが、極力荷物は軽くしたい。なので可能な限り倉庫に入れておきたいという考えがあった。


 10分程度話し合った末、「補給が出来る街までの食料と使いにくくなると困る物、すぐに使う可能性のある物」をリュックに入れて、残りは倉庫に入れる事にした。塩や多少多めに買った保存食がメインで、あまりリュックの占有量は変わっていない。

 次に向かったのは、俺が若干気になっていた冒険者ギルドだ。だってこういう世界で冒険者って小説とかゲームとかでよくある話だし、そりゃあ気になるだろう。

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