第22話 かんじ(漢字)か平仮名(ひらがな)か、それが問題だ

 かな漢字変換の使用に於ける悩みの一つは、どの漢字を使用するか/しないかの基準を自身で作らなければならない、ということです。かな漢字変換を使用すれば、手書きではまず使いそうもない漢字も容易に使用できます。そらで書けないものとしては『薔薇』、『醤油』、『憂鬱』、『魑魅魍魎』、などなど多くありますが、かな漢字変換を使用すればすぐに変換が可能です。調子に乗って変換をかけ過ぎると、形式的な名詞や助動詞の一部まで漢字に変換してしまうことがあります。


 加えて、最近のかな漢字変換は履歴機能も充実しているため、直近に限らず変換履歴を参照して先読みで変換するものもあります。この機能は入力の手間を省くにはありがたいのですが、意図しない変換候補を挙げることにもなり、厄介な機能と化すこともあります。意図したとおりの変換候補を得られないときは、変換候補の中で文節を移動して再変換したり、文節を切り直したりという手間を掛ける必要があります。


 以下の語は、変換の際に(個人的に)注意しているものです。


・『ない』

漢字としては『無い』、『亡い』、『内』などがあります。『地震なゐ』は古語ですので、現代語を使っている限り、まず使うことはないでしょう。


『ない』が助動詞として使われる場合は、ひらがなのままのほうがよさそうです。

  例:『知らない』、『食べない』、『行けない』、『出来もしない』、など。

  ※例の語句は『三省堂 新明解国語辞典 第七版』の例文を抜粋あるいは基にした文。以下、同様。


『~(では)ない』として使われる場合も、ひらがなのままのほうがよさそうです。

  例:『早くない』、『静かではない』、など。

  ※『早くない』を『早く無い』とすると、明らかにおかしいと感じます。

  ※『静かではない』を『静かでは無い』とした場合も同様に、明らかにおかしいと感じます。


『有り無し』を明示する場合は、漢字でもよいと思います。

  例:『お金が無い』、『無いに等しい』、など。

もちろん、ひらがなでもよいと思います。

  例:『お金がない』、『ないに等しい』、など。


以下の場合は、漢字を使うかひらがなを使うか、迷うところです。これらについては、個別に決めて、それを一貫して使用するようにしたほうがよさそうです。

  例:『関係無い』、『必要ない』、『問題無い』など。

  ※『無関係』という語があるため『関係無い』でもよいかと思います。

  ※『不必要』という語はありますが、『必要無い』は微妙な感じがします。

  ※『無問題』は中国語の一方言の語だそうですが、日本語にはありません。


『人の生き死に』を表す場合は、『亡い』を使うでしょう。

  例:『親の亡い子』、『亡き王女のためのパヴァーヌ(※)』、など。

  ※ラヴェル作曲のピアノ曲の邦題


『内』については、複数の選択肢の一つということで『うち』という読みを使うことが多いので、『ない』単体で使うことはあまりないと思います。『内部』のように熟語の一部として使うことはあります。



・『もの』

人を表すときは『者』、物質・物体などを表すときは『物』、抽象的な場合は『もの』になると思います。

  例:『使いの者を差し向ける』、『働き者』、『慌て者』、など。

  例:『空から物が落ちてくる』、『有毒な物』、など。

  例:『病気というものは経験しないとわからない』、『ものには順序がある』、など。

抽象的な『もの』に対して『物』を使うと、明らかにおかしいと感じます。



・『たとえ』

連文節変換を使用して長めの文節で変換させれば、それほど誤ることはないと思うのですが、単文節(あるいは、短文節)で変換させると誤りやすいと感じます。


『譬える/喩える』

「あるものを説明するために別の何かを引き合いに出して説明する」の意です。二番目の例の漢字は『比喩』の『喩』ですので、意味は明らかだと思います。

  例:『人生を河の流れに譬える』、『譬えれば空気のようなものだ』など。


『譬え/喩え』

上述の語の名詞形です。

  例:『この譬えが正しいのかは何ともいえないが』、『譬え話』、など。


『例えば』

わかりやすく説明するために、具体的な例を挙げるときに使います(副詞)。

  例:『例えば、三角形の内角の和を二七〇度と仮定する』、など。


『仮令』

『たとえ~だとしても、■だろう』、『たとえ~だとしても、■する』、などの形で使用します。漢字ではなく、ひらがなで書いたほうがよい気がします。漢字を使うのであればルビも必要だと思います。

  例:『たとえ真実を告げたとしても君は信じないだろう』、『たとえそうだとしても』、など。


この『たとえ』について、『三省堂 新明解国語辞典 第七版』では上述のように使い分けていますが、他の辞典では必ずしもそうではないものもあります。どの使い方が正しいのかというよりも、使い方の一貫性のほうが重要かもしれません。



・『もっとも』

最上級あるいは最大級を表す際には、通常、『最も』を使うと思いますが、『三省堂 新明解国語辞典 第七版』によると『尤も』を使う場合もあるようです。『最も』を使うほうがわかりやすいと思います。

  例:『最も早い(遅い)』、『最も大きい(小さい)』、など。


「同意できる」などの意では『尤も』を使えます。

  例:『尤もな意見』、『彼が反対するのは尤もだと思う』、など。


接続詞として、「そうは言うものの」の意の意で使い場合も、『尤も』を使えます。

  例:『雨天決行。尤も、暴風雨の場合は中止』、など。



・『よい』

一般に「優れている」や「好ましい」という意では『よい』か『良い』を使うと思いますが、漢字を使うかというと迷うところもあります。道徳や倫理などの点では『善い』を使うと思います。『好い』や『佳い』となると、前後の文脈に依存するものなので何ともいえません。



    ◇



以下はWeb上でよく目にするものですが、小説作品中で目にすると、何ともいえない気分になります。


  例:『~と言う訳では無い』

  修正案:『~というわけではない』、または(消極的な案として)『~という訳ではない』


  例:『~と言う物がある』

  修正案:『~というものがある』


これらについては、文字数を少しでも減らそうという意図があってのことなのでしょうか。後者の例については、実際に物が喋る状況を表しているのであれば相応しい表現だと思いますが。



    ◇



その他、使い分けに悩んだ(悩んでいる)語の例です。

・たつ/経つ/立つ/建つ/発つ/

・こども/子ども/子供/

・たずねる/訪ねる/尋ねる/訊ねる/

・たち/達/

・こと/事/殊/異/

・など/等/

・などなど/等々/等等/等など/



    ◇



2020/04/26 追記:


・『はじめまして』

初対面の挨拶の言葉として使われます。つい最近まで、漢字を使用する際には『初めまして』と書くものだと疑ったことはありませんでした。何かの調べ物の際だったと思うのですが、辞典(『三省堂 新明解国語辞典 第七版』)で調べてみたところ、『始めまして』のように書くという説明を見つけ、驚きました。

  始める……

  (一)その時点からそれまでとは異なる新たな(行動を行なう|状態に移す)。

  (二)(省略)

    (一)は、「始めまして」の形で、初対面の際の挨拶の言葉として用いられる。


少し古めの別の辞典(『角川 国語辞典 新版』、昭和四十四年十一月二十五日 初版印刷)で調べてみたところ、漢字表記として『初めまして』を挙げているのを確認しました。この辞典では『初』の漢字を使用する所以については記載されていません。


現在、作中ではひらがな表記の『はじめまして』を使用するようにしています。『初』を含む表記のほうが意図した意味を含むのですが、『初める』という動詞はありません。『始』を含む表記のほうが漢字の意味としては正確だとは思うのですが、見た目に違和感があります。ひらがな表記を使用することにしたのは、判断を停止した結果でもあります。



    ◇



2020/05/17 追記:


・『ひざし』

現在、作中では『陽射し』を使用しています。『ひざし』そのものは、『三省堂 新明解国語辞典 第七版』では以下のように説明されています。

  太陽の光がさすこと(程度)。また、その光。


同辞典では、漢字表記としては以下が挙げられています。

  『日差(し)』

これは、この辞典の約束事として、

  『日差』または『日差し』

を表します。


漢字表記については上記の他には以下が挙げられています。

  『日射』

  『陽射』

  『陽差』


また、「文学的用字」として以下も挙げられています。

  『日脚』


作中で『陽射し』を使用するようにした理由は「なんとなく」です。『日』ではなく『陽』を使用したのは、『にち』と使い分けたいな、と、なんとなく思ったためです。『差』ではなく『射』を使用したのは、漢字そのものから受ける印象がなんとなく『射』のほうがよいかなと思ったためです。

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