第19話 「~~したら、~~だった」、「~~すると、~~だった」、等々
未完に終わった原稿の残骸を見直すことがたまにあるのですが、そのときに見つけたのが以下の文章でした。
――――(抜粋:ここから)――――
山を下りると、すぐ寒さが和らいだ。まだ秋は来ていない。Aの顔に吹き付ける風は、夏の風だった。マントが風に翻る。
――――(抜粋:ここまで)――――
※「高山地帯で暮らしていた主人公が初めて山を下りたとき」のことを描写した場面。
※主人公の名前については「A」に変更済み。
今になって目を通してみて気がつくのは、三人称でありながら登場人物の一人である主人公に寄り添った書き方をしている、ということです。全体を通じて、主人公の心情をほぼそのまま、地の文に書いてある部分が非常に多くみられます。三人称という形式ではあるものの、名前を一人称代名詞に置き換えても違和感はないかもしれない、そのような書き方です。
前述の引用部分の一番目の文章の、
――――
山を下りると、すぐ寒さが和らいだ。
――――
ですが、よくよくみれば少々おかしな文章です。今でしたら、このようには書かないと思います(書いてしまうであろうことは否定できませんが)。今この文章を書くとしたら、おそらく、
――――
山を下りたAは、すぐに寒さが和らいだことに気づいた。
――――
あるいは、
――――
山を下りたAは、マントの縁を握っていた手を緩めると、背筋を伸ばし、目を細めながら空を見上げた。
――――
のようになると思います。元の文章との違いは、前後の文章に於いて動作の主体を同一のものとするか、あるいは、登場人物(ここでは、主人公)について外から見たことのみを書き、登場人物の感覚(ここでは、暑さ寒さ)に関することは書かないか、です。どちらかというと、後者の方法を選択するかもしれません。この書き方ですと、どの登場人物からも或る一定の距離を置くことができるため、複数の登場人物について書いたとしても、違和感は少ないでしょう。ただし、登場人物の心情を直接には書けないため、表情や仕草について書くことになりますが。
最近では、「山を下りると、すぐ寒さが和らいだ。」のような文章を目にしたときに、頭の中で動作の主体は誰なのか、何なのかを考えるようになりました。このような文章は、前回のこと(「ぶつかった」と~)と関連があるかもしれません。
◇
当時は「自由間接話法」という言葉さえ目にしたことも耳にしたこともありませんでした。意図せずに、それらしい書き方をしていたようです。ですが、当時思っていたのは「自分が書きたいのは、この書き方ではない」ということでした。上述のような書き方ですと、主人公について書いていくのは非常に容易だったのですが、主人公ではない登場人物について書こうとしたときに途端に困難に直面したからです。
第一に、主人公ではない登場人物の心情を書くにはどうすればよいのか、ということでした。主人公に寄り添った書き方をしていたため、寄り添う対象を途中で変更するのは不自然である、という思いがありました。当時はよい方法を見つけられなかったためか、段落を変更した後で、主人公ではない登場人物の心情を地の文の中に書いている部分がみられます。一度寄り添う人物を変更してしまえば、その人物の心情を書くのは容易でしたが、どうしても「これじゃない」感がつきまとっていたのを覚えています。
第二に、主人公の登場しない場面を書けない、ということでした。主人公が登場しないということは、寄り添う人物が登場しないということであり、書くためには寄り添う人物を新たに決めなければならないということです。そうなると、その場面では、その新たな登場人物が新たな主人公のように見えてしまうため、何やら奇妙な状況になってしまいます。結局のところ、当時は物語を完成させることはできなかったので、今となってはあまり気にすることではないかもしれません。
第三に、説明の部分が浮いたようになる、ということでした。物語の進行上どうしても説明しなければならないことも出てきますが、当時書いた文章では、それらが周囲の文章と調和せずにそこだけ浮いたように見えてしまっていました。登場人物に寄り添った地の文とどの登場人物にも寄り添わない説明のための文章との間には、どうしても距離が生じます。距離の生じた文章があると、量の少ない文章のほうが浮いたように見えてしまいます。特に「~である」調の文章は浮いた感を強めます。この文章については、よほどうまく処理しないと、物語の地の文に溶け込ませることができません。当時、そういった点について考慮していなかったことは、「~からである」調の使用からも窺い知ることができます。
◇
結論らしきもの:
一度書いた文章から距離を置くのは重要だと感じました。特に、何年も前に書いた文章は、時が経っていればいるほど、まるで別人が書いた文章のようにも見えてきます。書いたときにどれだけ出来が悪いと思ったとしても、削除してしまうのはもったいないことだ、と、今さらながら思いました。過去の自分が書いた文章は、後々、貴重な資料になるかもしれません。何年か後に、何かの切っ掛けで見直すことで、見直した時点で抱えている問題点や課題に対する回答を得られるかもしれないのです。
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