第18話 「ぶつかった」と「ぶつかってきた」と「ぶつかられた」

 歩きスマホに関する注意喚起のポスターに書かれていた、以下の文章を目にした際に感じたことです。


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ぶつかった、とあなたは思う。

ぶつかってきた、と周りは思う。

――――

「やめましょう、歩きスマホ。」キャンペーンの実施について(TCA×全国の鉄道事業者45社局等共同キャンペーン)

https://www.tca.or.jp/press_release/pdf/181025.pdf


 この文章を初めて目にしたとき、何ともいえない違和感を覚えました。この文章は、日本語としてはごく普通の文章だと思います。ポスターの文章は、街中でいかにも起こりそうな状況を提示して、歩きスマホをしている人に対して注意するように訴えかけています。果たして、歩きスマホをしている人がこのポスターを目にするのか、という疑問は残りますが。


 どこに違和感を覚えたのかを明確にするために、当該文章に少し手を加えてみました。

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「ぶつかった」と、あなたは思う。

「ぶつかってきた」と、周りは思う。

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かぎ括弧を加えました。さらに、読点『、』の位置を変更しました。これは『「~~」と、●■は言った。』の形式を踏襲したものです。元の文章では『思う』とあるので、実際に言葉を発したわけではないでしょうが、この点についてはあまり気にしないことにします。


 よくよく見たところ、この文章はいわゆる二人称の文章であることに気づきました。二人称のまま考えを進めるのは少々難がありますので、三人称に書き換えてみます。「あなた」を「A」に、「周り」を「B」に、それぞれ置き換えます。

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「ぶつかった」と、Aは思う。

「ぶつかってきた」と、Bは思う。

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 ここで、かぎ括弧の中の文章、つまり、それぞれの人物の思考を考えます。これらの文章は動詞だけで成り立っている文章ですので、動作の主体を補ってみます。Aの場合、「ぶつかった」とありますので、動作の主体を補うとすると「私はぶつかった」になるでしょう。さらに補うとすれば「私は誰かにぶつかった」のようになると思います。Bの場合、「ぶつかってきた」とありますので、動作の主体を補うとすると……。どうすればよいでしょう……。少し考えた後に思い浮かべたのは「この人(注:Aのこと)はぶつかってきた」でした。Bからすれば、Aは見ず知らずの他人ですので、「この人」としてみました。さらに補うとすれば「この人は私にぶつかってきた」のようになると思います。書き換えた文章は以下になります。

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「私は誰かにぶつかった」と、Aは思う。

「この人は私にぶつかってきた」と、Bは思う。

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 ここまで置き換えたところで、違和感の正体を突き止められた気がしました。一番目の文章では、かぎ括弧の中の動作の主体と「『思』った主体」とは一致しています。動作の主体はいずれも『A』です。対して、二番目の文章の場合、かぎ括弧の中の動作の主体は『この人』すなわち『A』ですが、「『思』った主体」は『B』です。二番目の文章では、動作の主体が前半と後半と異なり、複数の動作の主体が含まれているとも解釈できるのです。


 続けて、この違和感を解消するために文章を書き換えてみます。一番目の文章はそのままです。二番目の文章を書き換えます。

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「私は誰かにぶつかった」と、Aは思う。

「私はこの人にぶつかられた」と、Bは思う。

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二番目の文章を受動態(受け身)に書き換えました。これで、二つの文章のそれぞれに於いて、動作の主体を一致させることができました。


 ここから、動作の主体を省略していきます。一番目の文章では元に戻すだけです。二番目の文章では、受動態(受け身)のまま、動作の主体を省略します。

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「ぶつかった」と、Aは思う。

「ぶつかられた」と、Bは思う。

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文章としてすっきりしました。文章としての対称性もありますので、立場の相違も明らかです。


 さらに、元に戻していきます。

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ぶつかった、とAは思う。

ぶつかられた、とBは思う。

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 『A』および『B』についても元に戻します。

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ぶつかった、とあなたは思う。

ぶつかられた、と周りは思う。

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 違和感の正体をもう一度考えてみます。一番目の文章では、『あなた』が誰かに『ぶつかった』ということを表現しています。あくまで、『あなた』が主役の文章です。対して、二番目の文章です。『周り(の人)』が認識するのは、自分自身のことではなく、『ぶつかってきた』という表現からすると、『あなた』のことです。『周り(の人)』の、自分自身の認識については、元の文章では表現されていないようにも読み取れます。


 この違和感は、おそらく、視点に関連していると思えるのですが、現時点で考えられたのは以上のこととなります。

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