第11話 視点について

 小説を執筆する際に重要な点として「視点を統一する」ということがありますが、私は未だに視点について理解できていません。どのようにすればよいのかといつも思い悩んでいます。


 一人称小説の際は「或る登場人物=語り手」であるため、特に迷うことはありません。当該登場人物が見聞きしたこと、感じたことを書いていけばよいからです。ただし、場面として描けるのは当該登場人物が認識する場面のみであり、当該登場人物が眠っている場合や、遠隔地のことについては描くことはできません。それらの場面を描く場合は、(当該登場人物ではない)別の登場人物からの伝聞型にする必要があります(書簡や新聞記事などによる方法も含む)。


 「一人称小説では、語り手が登場しない場面を描けない」という厳しい制限がありますので、自分の作品では三人称を採用しました。三人称小説では、物語世界には登場しない語り手が物語を語る、という形式のため、どのような登場人物についても描ける、と思ったからです。


 三人称小説についていろいろと調べていくと、三人称小説についても幾つかの種類があることがわかりました。大きく分けると、

  [一]ある登場人物に寄り添った書き方

および、

  [二]どの登場人物にも寄り添わない書き方

の二種類でした。さらに、[二]については、

  [二a]登場人物の心理描写を行うもの

および、

  [二b]登場人物の心理描写を行わない(仕草や表情の描写のみ行う)もの

とに分かれるようです。さらに細かく分けることも可能だとは思いますが、収拾がつかなくなりそうですので、ここまでとしておきます。


 自作を読み返したところ、短編ではどちらかというと[一]の書き方を、長編ではどちらかというと[二b]の書き方を採用していると判断できました。ただ、書き方としてこれで正しかったのかは未だに何とも言えません。


 自作の長編については、主要な登場人物が登場しない場面も書きたかったため、[二]の書き方を採用しました。[一]の書き方で、寄り添う対象を変更するというのもあったのですが、いろいろ調べると、それは小説としては成り立たない、ということでしたので採用しませんでした。ただ、自作の長編に於いても前述のような書き方を徹底できているわけではないため、厳密には「『小説のようにも見えないこともない文章』の集まり」であるのかもしれませんが。


※『「語り手」について』に続きます。

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