第2話 恋に似た恋

 太田高志は、小学校の同級生だ。成績はいつも学年一、二を争そっていたし、運動神経も抜群で、運動会ではいつもヒーローだった。いかにも、やんちゃな顔をしていたけれど、言い換えれば、きりっとしたかっこ良さがあった。当然人気者だったから彼のファンは多く、寧々は遠くで眺めているだけだった。

 ところがある日、寧々が学校からいつものようにおばあちゃんの家に向かって歩いていると、道にうずくまっているおばあちゃんの手を引いて立たせてあげている高志を発見した。高志の家はこっちじゃないのにどうしてここにいるのだろうと思ったけれど、そんなことよりおばあちゃんのことが心配だった。寧々は急いでおばあちゃんの元へ走った。

 後に、高志は寧々が毎日おばあちゃんの家へ寄るということを同級生の女の子から聞き出し、偶然出会ったことを装うために近くに来ていたと白状した。

「おばあちゃん、大丈夫?」

「ああ、寧々か。大丈夫だよ。急いで帰ろうと思ったら躓いて転んじゃったのさ。でも、この男の子がすぐに駆けつけて助けてくれたんだ」

「高志君、ありがとう」

「えっ、寧々、知ってるの?」

「同級生だから」

「あらあ、そうだったの」

「はい、そうです」

 高志が寧々のほうを見て言った。

「それは奇遇だこと。それじゃあ、うちに寄ってもらいましょう。お礼しなくちゃね」

「いえ、僕はそんな…」

 はにかんだような口元に寧々は見とれた。

「高志君、一緒に来て。私、毎日おばあちゃんの家に寄ってるの。ちょうどこれから行くところだから」

「わかった」

 寧々がおばあちゃんの手をとって家へと歩き出すと、その後ろを高志がついてきた。

 おばあちゃんの家に一緒にあがった高志は、最初神妙な顔をしていたけれど、おばあちゃんの話術によって、あっという間にずっ前から知っているように親しくなっていた。おばあちゃんは高志にさっきのお礼だといってケーキを出した。三人で思いっ切り遊んだ後、おばあちゃんが高志の家に電話して高志のママが迎えにきた。

 以来、寧々と高志の距離は一挙に縮まった。そしていつしか二人の間に『恋』に似た感情が芽生えていた。まだ『恋』がどんなものかわからなかったけれど、お互い純粋に好きだった。生意気に将来のことまで話し合った。よく言われるように女の子のほうがませているから、当時は寧々がリードしていたように思う。ある時、こんなことを言ったことを思い出した。

「ねえ、高志君。高志君は今から10年経っても私のことを好きでいるって約束してくれる?」

 あの時自分はどんな感情であんなことを言ったのだろう。高志の自分に対する思いの強さを計りたかった。きっとそんなことだった…。

「もちろん、僕は約束するよ。でも、寧々ちゃんは、どうなの」

「だからそれは高志君次第」

 どこで覚えたのか、寧々はすでに恋の駆け引きをしていた。

「そんなのズルイよ」

「だって、男の子がリードするもんでしょう」

「そうだけどさあ」

「まあいいから、おばあちゃんの家に行こう」

 そう言って寧々は高志の手を握る。そんな時、高志がいつもドキドキしているのを寧々は知っていた。二人の仲はおばあちゃんも公認だった。

「あんたたち二人は本当に相性がいいねえ。まさに割れ鍋に綴じ蓋だよ。意味わかんないだろうけどね」

「ふ~ん」

 寧々と高志は顔を見合わせて答える。でも、おばあちゃんが言いたいことは二人ともわかっていた。ただ、これから大人になっていく過程で二人の気持ちが変わってしまうのではないかという不安が寧々にはあった。それが大人になるということでもあると思っていた。でも、高志はそんな不安を感じていないようだった。

 だが、二人の別れは大人の事情であっけなく訪れた。6年生になって間もなく、寧々の父親の転勤が急に決まったからである。小学生同士のまだ『恋』とは呼べない『恋』など考慮されるはずもなく、私たち家族はまさしくドタバタと引っ越していくこととなった。寧々自身もその準備のため慌ただしく時間を過ごし、気がついた時は最後の登校日だった。だから、この間、高志とは話す機会がなかった。

 一時間目の授業が終わる少し前に教室の外で待っていた寧々を担任の原口が呼んだ。

「いいか、すでにみんなも知っているように浜口寧々さんがお父さんの仕事の関係で急遽転校することになりました。今日が最後の登校日ということで、本人から挨拶があります。じゃあ浜口さん話してください」

「みなさん」

 寧々は教室全体を見渡した後、高志に目を留めながら話した。高志はじっと寧々を見つめていた。その目があまりに一途であったため、寧々はたじろいでしまった。

「このクラスでずっと一緒に過ごせたこと嬉しかったです。みんなと作った楽しい思い出は忘れません。本当にありがとうございました」

 ありきたりだけど、思いを込めて言った。仲の良かった子たちが涙を流しているのを見て、寧々も泣きそうになった。

「浜口さんありがとう。ということで、浜口さんは次の学校に行っても頑張ってくださいね。では以上」

 ちょうどその時、授業終了のチャイム鳴った。休み時間になり、担任の原田が出て行くと仲の良かった女子生徒たちが寧々を囲んだ。今度はどこに行くの? 公立なの私立なの? といった質問が次々と投げかけられる。それに答えながらも寧々の目は高志を探していた。だが、高志の姿が見当たらない。何もいわずに引っ越してしまう寧々に対して怒っているのだろうか。あっという間に休み時間が終了になり、みんなちりじりに自分の席へ戻り始めたその間を縫って高志が現れ、あの封筒を寧々に渡したのであった。その場で中を見たかったが我慢した。家に帰ってすぐに封を開け中を見た。破ったノートに走り書きのような文字があった。さっき高志が見当たらなかったのは、どこかへ行って急いでこれを書いていたからであろう。読んだ時、嬉しかった。短い文章だけど、高志の思いは伝わった。

 でも、高志よりひと足先に大人になりかけていた寧々は、小学生同士の思いなど転校することで自然に終わってしまうものだと諦観していたのである。 

 ただ、高志との『恋』に似た『恋』は寧々にとっても宝物だったので、この引き出しにしまっておいたのだった。だが、今改めて見返して、二人の『恋』が終わっていなかったことを、おばあちゃんが気づかせてくれた。

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