サクラの花びら抱きしめて…
シュート
第1話 約束
蒼々とした冷気の中、母方の祖母が亡くなった。
浜口寧々は、いわゆるおばあちゃん子だったから、悲しくてたまらなかった。祖母の住む家が自分たち家族の住むマンションに近かったため、共稼ぎの母が寧々の世話を祖母に頼んだのだ。
だから、寧々は学校が終わると自宅には帰らず、毎日おばあちゃんの家に寄った。仕事が終わった母が帰りにおばあちゃんの家に寄り、寧々を引き取る。当時、母は職場に復帰して間もなかったせいもあり、残業もこなしていたから、寧々の迎えが夜遅くなることもしばしばあった。母と接する時間が少ないことにずっと寂しい思いをしていた寧々であったが、それでもおばあちゃんと過ごせていたことでその寂しさを紛らわすことができていたのだと思う。その時すでにおじいちゃんは亡くなっていた。
おばあちゃんは明るくて、とても楽しい人だった。孫である寧々と一緒になって遊んでくれたし、勉強も見てもらった。優しかったけど、寧々が間違ったことをした時にはちゃんと叱ってもくれた。そんなおばあちゃんが寧々は大好きだった。
しかし、その後父の転勤が決まり、引っ越すこととなり祖母とも離れて暮らすようになった。その後、父の二度目の転勤があり、それに伴う引っ越し先で母は寧々の妹の茉奈を出産し、同時に会社を辞めた。だから、茉奈はおばあちゃんに寧々のような深い感情は湧かないみたいだった。
「ねえ寧々。ママ明日おばあちゃんの家に行って遺品の整理をするんだけど、寧々も行く?」
「う~ん、どうしようかな」
本当は行きたいのだけど、行くのが怖い。行ったらいろんなことが思い出されて余計辛くなるような気がするのだ。
「寧々はおばあちゃん子だったから、きっと形見になるものもあると思うよ」
「形見かあ。なんか辛い言葉だね」
「そうかもしれないけど、おばあちゃんは寧々に持っててもらったら喜ぶと思うよ」
「そうかあ。そうだね。じゃあ私も連れてって」
翌日、寧々は大学を休み、母と一緒に祖母の家へ車で向かった。何年ぶりだろう。ここ数年おばあちゃんは病院を出たり入ったりの生活を続けていたから、家に行くより病院に見舞いに行くことが続いていた。
手入れの行き届いていない一軒家は、それだけで侘しい感じがする。母が玄関の鍵を開けて家にあがる。寧々もその後に続く。おばあちゃんの懐かしい匂いがする。葬儀までの間にさんざん泣いていて、もう流れる涙などないはずなのに、自然と涙は流れていた。そんな寧々を母は何も言わずに抱きしめてくれた。すでに何回か来ている母によって、部屋はある程度整理されていた。
「私は続きをするから、寧々は自分が気になるところを見ていいよ」
「うん、わかった」
寧々にとっては目に入るすべてのものが、おばあちゃんとの生活を思い出させる。当時の自分の空虚感を必死になって埋めようとしてくれていたおばあちゃんの優しさが胸を熱くする。
そんな中で、寧々の目が茶箪笥をとらえた。その一番下の引き出しに当時の寧々の宝物を入れていたことを思い出した。急いで駆け寄り開けて見る。
「おばあちゃん」
寧々は思わず声を出していた。
引き出しの中で時は止まり結晶となっていた。おばあちゃんが作ってくれたお手玉、女の子のくせに好きだった戦隊もののフィギュア、寧々がおばあちゃんのために折った折り紙…。
そんな中に、古びた封筒があった。それが寧々にとって大事な大事な宝物であったことを思い出す。この封筒がここにあることを、なぜ今まで忘れてしまっていたのだろう。
中には小さく折りたたんだメモのような紙が入っていた。何が書いてあるかわかっていたが、そっと取り出し広げて見る。
「寧々ちゃんへ
10年後の4月18日の午後2時に、約束を果たすために校庭の一番大きな桜の木の下で待っています。
高志」
そして、そこには桜の花びらが一枚添えられていた。
「高志君…」
黄ばんだ紙の匂いとともに、遠い記憶の底に沈めた甘くやるせない『思い』が浮かび上がってくる。
4月18日は寧々の誕生日だ。
校庭の桜の花びらをお互いのおでこに貼ると、そのカップルの恋は成就するという言い伝えのようなものがその学校にはあった。だから、寧々と高志も桜の花びらを大切に取っていたのだ。
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