三日目 渋谷(2)

 僕はだんだん良い気分になって、ビールをおかわりした。そして体を揺らしながら立っていると、隣にいた男と目が合った。男が何か話そうとする仕種をしたので、僕は耳を近づけた。フロアは電子音に埋めつくされていて、そうしないと声が聞こえない。

「踊らねえの」男は同い年くらいにみえた。

「いや、ノリとかわからないんで」

「てきとう、てきとう」男はニカッと笑った。

「あそこに出てって踊ったら、人生変わるから」男は言った。

 それで人生が変わるのなら、やってみようかなと少し思ったが、勇気が無かった。

 ハハハと笑ってごまかすと、男も笑い、フロアに消えていった。


 またしばらくの間、壁際に立っていると、近くにあった背の高いイスが空いたので、そこに座った。そしてフロアをぼーっと見ていた。

 ジーンズのポケットが振動してるのに気付く。

 須賀君からの着信だ。前を見ると、DJブースの奥でスマホを片手に、こっちに向かって手を振っている須賀君の姿が見えた。

「たのしんでるう?」

「ああ、楽しいよ」

「ちょっと今から、そっちに行くわ」


 しばらくして須賀君がやって来た。

「ひさしぶりだね」

「ああ、ひさしぶりだね。すごいね、こんなイベントを主催するなんて」

「ああ、まあ」特にすごいとも思ってない感じだった。須賀君は隣のイスに座った。

「最近どうよ?」

「最近は、工場で働いてる」僕は、地元の工場の名前を言った。

「ああ、あそこで働いてんの」

「うん、そんで有給使って長い休みがとれたんで、東京に来てみたんだ」

「そうなんだ。で、東京で何してたの?」

「いや、知り合いに会ったり、友達に会ったり・・・」

本当は三人しか会えず、しかもその内二人は親族だったのだが、少し見栄をはった。

「そうか、東京の友達かあ…今度紹介してよ。ってか今日一緒に来れば良かったのに」

「え、ああ、まあ、そうだね」

「俺友達少ないからさ」須賀君が言った。

「今度みんなで遊ばない?もし良かったらさ」

「ああ、いいね。言っとくわ」

 須賀君に友達が少ないというのは、信じられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る