5-2
私はラインでブタを呼び出した。
「愛香さん……?」
ブタは困ったような声だ。私がいつになく深刻な声音だから、かえって違和感があるのかもしれない。私は構わずにいう。
「ダッチワイフの正体がわかった――――久慈川智、私たちと同級生の男子」
「久慈川……?」
何か引っかかるところがある様子。ブタはいう。
「久慈川、そいつは本当に久慈川って名前だったの?」
「そう……こいつ、今は何をしてるの?」
「久慈川か――――それなら納得だ。なんでまた、変な名前に改名したのかわかんないけど、アニメのキャラクターかなぁ~? 風の噂じゃ就職に失敗したとか聞いたけど……」
「高校へは行ってないの?」
「元々裕福な家じゃないんよ。奨学金貰って高校通うよか、就職を選んだんじゃね?」
「そいつが何者で、どうしてこんなことをしたのか、わかる?」
「久慈川は転校したんだよ。なんだっけ、女子の盗撮をしたとかでさ」
「その時のこと、詳しく覚えてる?」
「元から変な奴だったんだよ。あんまり頭が良い方じゃないし典型的なぼっちのナードだった。当時はそれでも多少は友達がいた僕とかよりもはるかに酷い奴で、頭のネジが一本外れた扱いされてた」
「盗撮は?」
「もちろん。そんなことしてない」
「え?」
「けど、なんか小型カメラかスマホで女子の写真か何か撮ってたんじゃないかな。それが盗撮だ盗撮だってはやし立てられて次第に大事になってったんだ。それである日に学級会議が開かれてその場で吊るし上げられた」
「……本当に盗撮をしたわけじゃないのね?」
「そうなんだ。だから不憫だとは思うんだよ。僕も同じクラスじゃないから詳しくはわかんないんだけどさ」
「相手は誰なの?」
「え?」
「特定の女の子に悪戯してたってわけじゃないのね?」
「ああ――――被害者の子は確か……覚えていない」
「しっかりしろよ」
「覚えてないけど……地味なめがねっ子だった」
「はぁ? そんなんで何がわかるっていうの!?」
私はいらだって声を荒げてる。めがねって、身体的な特徴には当てはまらないから。自分のヘアスタイルに意地でも執着してるみどりじゃあるまいし。コンタクトでもレーシックでもいくらでも変化してる可能性がある。むしろ、いまどきファッション目的でもなく、ダサいめがねをかけ続けてる女子の方が珍しいよ。なんて、ブタみたいなキモオタには何いっても通じないか。
「ごめんよぉ……でもそれぐらいしか。そうだ、その当時の写真を見て覚えてたんよ」
「実物じゃなくて?」
「うん」
「呆れた……はぁ……」
なんとなく思い出してきた。本当に盗撮騒ぎになったなら、きっと、もっと鮮明に記憶に残ってるはず。ただの勘違いだったから記憶になかったんだ。その復讐の目的で本物の盗撮カメラを持ち出したんだとしたら、辻褄があうと思った。じゃあダッチワイフはなんだろう。あの不気味な着ぐるみが、たまたま持ち合わせにあったから使ったってのは考え難いと思う。やっぱり何かしらの意図があってしかるべきかと思う。
「ダッチワイフは?」
「思うに、女の子にいいようにされて人生を滅茶苦茶にされたことを揶揄してるんじゃない?」
「そんなの勝手すぎない!? 結局自分が撒いた種じゃん。それって逆恨みもいいところだよ」
思わず冷静さを欠いて、心の本音が口を突いて出てしまう。そんな私に向かって、ブタは生意気な正論を説いてくる。
「犯罪者に道理は通用しないよ。だからルール違反の犯罪行為に手を染めてまで欲求を満たそうとするんだ。子供の頃に根に持ったことってとことん増長してくもんよ」
「…………」
「愛香さんは、そのことぜんぜん覚えてないの!?」
「何のためにお前に訊いてると思ってんの。結論をいって。あいつを止めるにはどうしたらいいの?」
「……対話が一番じゃないかな。ほら、13日の金曜日のエイドリアン・キングも逃げるばっかりでジェイソンの声に訊く耳持たなかったじゃん。だから血みどろに殺されたんよ。話してみると案外話のわかる良い奴かもよ」
「あれは母親のかたきだろ」
ブタはろくな解決策も言わない。私はムカついて通話を切った。
「警察…………なにしてんだよ」
私は虚空に向かってぼやく。
その時――――ノートパソコンのディスプレイのモニターが幾つがショートした。
「……は?」
私は思わずゾッとして身をすくめた。何の前触れもなく、ひとつ、またひとつと小さなモニターが砂嵐になっていく。どうして――――まさか監視カメラに繋げてるのに気づかれたの。
「どういうこと……」
私はスマホを手にとって、峰田君を呼び出す。
>>通話呼出・峰田智弘
「くそっ……出ない」
私は焦る。ここに来て計算外の事態になったことに、ずっと怯えている。
>>峰田君
>>監視カメラのやつが砂嵐になってるの
>>聞いてる?
>>気づいて、大変なの
「……ダメかな」
肝心なときに。けれど峰田君を怒る気にはならない。結局私が重要なことを聞いてなかったことが悪いんだ。それに、ダッチワイフに気取られてて、対策されてたら、たぶん峰田君でもどうにもできないから。――――ついに12個のマンションの全ての監視カメラの映像が砂嵐になった。これで外の状況は一切把握できないことになる。
「怖い……」
久しぶりの恐怖心。
監視カメラの映像で、ダッチワイフを監視してたときには少しだけ心に余裕があった。そのせいか、思い上がってずっと強気になってた。冷静に考えたら、監視カメラが生きてるうちに覚悟を決めて逃げてれば良かった。今となったら後の祭りだけど。その時――――インターホンのチャイムが鳴った。
「――――!」
びくっとなって飛び上がる。モニターは真っ暗。管理人の呼び出しかもしれない。
「はい……」
「あんた、困るよお嬢ちゃん。監視カメラになんかしたろ?」
「は?」
管理人は怒ってる。私は逆切れしたい気持ちになった。
「とぼけるんじゃないよ。映像が消えちゃったよ。え? どうしてくれるんだよ」
「わかりません」
「じゃあ誰がやったんだ。え? 聞いてんの?」
「一階の住人の久慈川智って人がやったんです。知ってるでしょ?」
「はぁ? 誰……ええっと……」
管理人はモタモタとファイルの冊子か何かのページをめくりはじめた。私はイライラして我慢できなくなって、通話を切った。やっぱり管理人から呼び出されることはなかった。私はその勢いで警察に連絡する――――今ようやく警察署を出たらしい。せめて久慈川の名前だけはと、今までの経緯も踏まえて事細かに伝える――――誰もあてにならない、そう思った――――そうしたら雅のことが頭に過ぎった。
「…………」
みどりが死んだこと。うちのクローゼットの中で冷たくなってたこと。今なら覚悟を決めて伝えられるかもしれない。私はスマホのラインから雅のアカウントを選択した――――その時、再びインターホンのチャイムが鳴った。青白いモニターがぼっと点灯する。怒り心頭の管理人が文句を言いに来たのかと思った――――けど、そこにいたのはダッチワイフだった。
「――――!」
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