説得?
5-1【説得?】
「もし、みどりが何かを知ったために殺されたんだとしたら――――スマホに久慈川のことについて何か残ってるかもしれない!」
それは突拍子もない思い付きだった。
考えてみれば、みどりのスマホは一番重要そうな証拠なのにずっと放置したままだったんだ。とりあげて電源を入れる。ディスプレイがパッと明るくなる。暗証番号がかかってるけど、普段から覗き見してたから簡単に解けた。
みどりのスマホには私のラインのメッセージ通知がうざったいくらい着信してる。
「ライン? 開いてる……」
みどりのスマホにはインターネットのブラウザと、ラインのタブが放置されていた。ラインを見る――――ラインは私のトークチャットが開かれていた。
「――――!」
そうしたら――彼女は最後の瞬間に、私のトークチャットを開いていたのだろうか。しかも驚いたのはそれだけじゃない、編集中のメッセージがそのまま放置されてる。
「どういうこと……?」
でも、編集中に予期せぬ事態に見舞われたのか、メッセージは中途半端のままに終わってる。そりゃあそうか、完成してたら送信して、もっと早くに私に伝わってるはずなんだから。
そうしたら、みどりも――隣の親切なおばさんも死ぬことはなかったんだ――そう考えたら、この一通のメッセージがどれだけ大きな意味を持ってたのかって痛感させられる。もしかしたら、みどりも志半ばで、このメッセージを発信できなかったことが心残りだったのかもしれない。
――愛香、冗談じゃないから落ち着いて真剣に聞いて、あなたの家の中に盗撮カメラがあるの、でも相手はk――
「K? ケーって何?」
みどりはフリック入力じゃなくローマ字で入力してたんだと思う。だからカ行の文字を打とうとして、何かの理由で断念してる。Kの頭文字。今までに出てきた重要そうな単語に何が当てはまるんだろう―――カメラ、監視、管理人、換気口、鍵、そして久慈川智。いくらでもある。これだけの情報量でみどりのメッセージに込められた意味を特定することは不可能だったんだ。
「みどり……ねぇ、あなたは最後に何を言いたかったの?」
私は意味もないのに、動かないみどりに向かって話しかける。ダイイングメッセージっていうやつなのかな。そうしたら、いっそうみどりの死を受け入れなくてはならないように思えて悲しくなった。何にせよ、みどりはうちの中に盗撮のカメラがあることに気づいていた。そうしたら彼女は犯人の正体も知っていたのかなって。
「…………」
ブラウザの方は、SMというキーワードが入力されていた。
「S……M……?」
ASMRじゃなくて――――どうしてよりによってSMなの。いっそう意味がわからなくなった。SMって、あの性的な趣向のことかな。ブタの送ってくるスタンプを思い出す。
私が命令すると、SMって書かれたへんな帽子を被った裸のブタのスタンプを送りつけてくる。それで覚えてた。まさか関係ないと思うけど。しかも、みどりとは一番縁がないと思われるキーワード。まさか、事件には関係ないと思うけれど。それにしたって、最後の最後でみどりの知らない一面を垣間見た気がした。
「みどり……こんなのに興味があったんだ」
なんて、相手がみどりじゃなかったら、ちょっとドン引きだった。
その時――――、ノートパソコンの監視カメラのモニターに異変があった。
マンション一階の通用廊下を映す監視カメラにダッチワイフが映る。よたよたと歩いてきて、普通に個室の玄関扉を開けて、部屋に踏み込む。
「…………!」
私はダッチワイフが入った部屋番号を覚える。ダイニングの冷蔵庫にマグネットで貼り付けられた、入居者名簿に照らし合わせる。回覧板で回ってきて配布されたやつ。
「あった……!」
確かに、雅のいうとおりだったんだ。《104号室・久慈川智》しっかりと名前が表記されてる。なんでこんな重要な見落としに気づかなかったんだろう。これで、相手が久慈川智なのは確実になった。
「…………」
次に私が思ったのは――――これもまた突拍子もない思い付きだったんだけれど、電話をかけてみようかと思った。入居者名簿のプリントには入居者と電話番号も書いてある。
「…………!」
丁度相手も自分のうちの中に入ったことだし――――好都合だった。私は意を決して電話をかけた。名簿に記入された番号をフリックする。コール音が鳴る。ごくりと生唾を飲む。ブツっと音がして相手に繋がった。私は深呼吸してから開口一番にいう。
「――――久慈川智?」
「…………」
「あなたが私の小学校時代の同級生だって知ってる。どうしてこんな嫌がらせをするのか私にはわからない」
「…………」
相手からの返答はない。私は構わずに続けた。
「いや、私がただ忘れててあなたはずっと憎しみの感情をもって生きてきたのかもしれない。でもこれだけは言わせて、何にせよ貴方にしたことちゃんと面と向かって謝りたいの――――」
「――――おかけになった番号は、現在使用されておりません」
「…………」
無機質な女性の声のAIガイダンスが私の真剣な訴えに続いて流れる。私はいらっとして通話を切った。早とちりで相手に繋がったと勝手に思い込んでたみたい。なんだか恥ずかしくなった。仕方ない、私は気を取り直して今何ができるか考えた。
「よし…………」
ただひたすら警察が来るのを待ち続けるのはごめんだった。私は今後に備えて、家の中からありったけに利用できそうなものを集めてくる。――――南京錠――――硬くて、頑丈、高負荷にも耐えられる。家の中のドアにはどれでも使える。考えたくないけれど、侵入されて、いざとなった時にはこれに頼ることもあるかもしれない。――――スタンガン――――パパが買ってきた強力な奴、ギリギリまで接近できればあるいは使える場面があるかもしれない。ずっと放置してたからバッテリー残量が心配だけど――――防犯ベル――――小学生の時に支給されたもの。引っ張ってみたけどまだ使えるみたい――――色々探したけど結局こんなものだった。
「頼りないけど……仕方ないよね」
いざというときには、警察の助けを借りずに自力でマンションから脱出しないといけないかもしれないんだ。他に助けてくれる人はいない、私は一人で戦う決意を固めた。その時――――スマホに着信が入った。
「誰……?」
相手は、辻井だった。
>>通話呼出・倉科愛香
「…………」
辻井は図々しいことに再三私を呼び出してきた。あれほど嫌いだっていってやった挙句、一体何のつもりなのかと思った。学習能力なさすぎ。時計を見る。もう真夜中。今頃、合宿先から悠々自適に電話してきてるのか。私がこんな目にあっているっていうのに。私は通話に応じる。
「……なんなの?」
「おい愛香! 今助けに行く! 待ってろよっ!」
「は……はぁ? ちょっと……来ないでよっ」
今更何なわけ――――さっきはアレだけ合宿が大事だっていってたのに。
「峰田を問い詰めて話は聞いた! ストーカーに殺されかけてるって――――なんでもっと早くにいってくれなかったんだっ」
辻井は息苦しそうにいう。こうやって話してる間にも、ずっと走り続けてるみたい。
「何度だっていったでしょ――――聞いてなかったのは自分の方じゃないの?」
「馬鹿っ――ちゃんと説明してくれなきゃわかんねぇよっ」
私はムッとして言い返す。
「もういいから。私忙しいから――――」
無理やり通話を切ろうと思った。今更辻井が来たって何の意味もない。
あと数分後には警察も来るだろうし、何より辻井まで命の危険にさらすわけにはいかない。これは私の問題なんだから。けど辻井がいう。
「そんなこと言ってる場合かよっ、命がかかってるんだぞ!?」
「だから何?」
「――――約束したろっ?」
「え?」
「ああ。小学校の時だ――――俺がバスケで国体で優勝したら、結婚してくれるって」
「……そんなの――――」
そんなの。突然言われても覚えてないよ。だって――――。
「い……今お前を失うわけにはいかないんだ――――だって、俺は――俺がバスケ続けてるのはだって――――」
そうだ。そもそも辻井と付き合った切欠は、バスケなんだ。
今はまだこの程度の実力しかないけど、いつか絶対に、プロになって約束を果たすって、辻井は約束したんだ――――それが辻井の私へのプロポーズ。
「…………」
私は、思わず力を失ってしまう。
馬鹿。バカの癖に、なんで、どうでもいいことだけはしっかり覚えてるのかな。
「ダメだよ辻井。来ないで」
「愛香っ」
「…………」
私は、話を聞く気も失せて通話を切る。もう何も聞きたくない。
「愛香っ愛香――――」
辻井の訴えが空しく虚空に響いて、ブツッ――――と、途切れた。
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