攻防
4-1【攻防】
「もしもし? 警察ですか?」
「ええ、どうされました?」
スマホを耳にあてがう手が震えている。私はいう。
「へ……変質者が」
「変質者?」
「うちの前に変質者が出たんです。それから家の中から盗撮のカメラも……」
「落ち着いてください……まずはお名前と住所を……」
私は自分の名前と住所を伝える。すると名も知らぬ警官はいう。
「なるほど。その不審者に身に覚えはないんですね?」
「はい」
「マンションの管理会社の方には連絡しましたか?」
「ええ……でも、そんな人はいないって頑なに取り合ってくれないんです」
「奇妙ですね……失礼ですが本当に不審者ですか? 何か勘違いをされてるのでは?」
「ありえません! だって……」
「?」
「とにかく! 盗撮されたんですよ!? 立派な犯罪じゃないですか!?」
「そうですね…………実はつい先日も貴方の住む地域で似たような事件が発生してるんですよ。失礼ですが貴女も学生さんですよね?」
「はい……」
「わかりました。ただちにお伺いしましょう。いま込み合ってまして少し時間が遅くなるかもしれません」
「ええ」
「それでは後ほど。念のためもう一度住所をお伺いしてもよろしいですか?」
「はい、住所は――――」
予想に反して、警察は割とあっさりと要望に応じてくれた。やっぱり前例者効果なのかな。事件のおかげでかえって過敏になってるらしい。こんなことならもっと早くに通報しておけば良かった。全部、雅のおかげだ。
「……雅」
今しがた雅からラインでメッセージがあった。
>>大丈夫?
「…………」
心配してメッセージを送ってきてくれたみたい。
チャットに応える前に、キチンと雅のいったように警察に通報してからと思った。正直ためらったけど彼女の助言を無下にはできないから。でもこれでホッとした。一先ず、助けが来てくれることは決まった。後はじっと身を潜めて、アイツが中に入ってこないよう警戒して閉じ篭ってれば良い。だけど――――。
>>愛香?
既読がついても返信しない私が心配になったよう。雅のメッセージがまた着信している。私は雅のトークチャットにメッセージを書き込む。
>>ごめん雅。心配かけちゃって。
>>良かった。ぜんぜんリアクション返してくれないから心配したぞ
>>既読ついてるじゃん
>>はは。確かに
>>通話呼出・音無雅
「愛香。大丈夫か?」
「なんとかね。敵のことが段々わかってきたの」
「……どういうこと?」
「相手が私とどんな関係があるのか、それからどうして私を襲おうと思ったのか」
「愛香…………」
雅の声音には同情とか呆れの意図が垣間見えた。私は構わず続けていう。
「でもね、雅。一個まだわからないことがあるんだよ」
「なに?」
「奴がどうやってうちに忍び込んだのかってこと――――」
「?」
「雅は知らないかもだけど、うちのマンションってセキュリティ鉄壁なんだ」
「ああ、確かにそうだな」
雅は何やら逡巡した後に、続けていう。
「愛香――――ちょっと変なこと聞くかもしれないけど隣の部屋、空き部屋じゃないよね」
「え?」
突飛な言葉に、思わず困惑する。しかもその不安げな問いかけが見事に的中してるのが気味が悪かった。雅は何か悪いことでも思いついたように物騒な口調。私は答える。
「そう……だけど?」
「――――」
深刻に黙り込む雅。私は緊張感に耐え切れず、笑ってしまう。
「ふふ。どうしたの、雅?」
「あのね。愛香――――これは私の憶測の話に過ぎないんだけどさ」
「う……うん?」
「ほら昔、私たち会って間もない頃、話したじゃん? うちに強盗に入られたって」
「あ……ああ、あったね」
雅の家はお金持ちで一軒家の豪邸だった。それで良い標的にされたんだと思う。
「愛香もすごく同情してくれたろ……で、そのときも愛香の今の状況とちょっと似てて、うちのセキュリティは万全だったんだ」
「うん」
「で、結局そいつどこから入り込んだのかって――――点検口ってとこなんだよ」
「点検口――――?」
私は聞きなれない単語に一瞬困惑し――――そして、ハッとして気づく。まさか。
「わかった? そう点検口。それが愛香のマンションのたった一つの秘密の抜け道」
「まさか――だってあれは……」
「愛香は知ってると思うけど、点検口は消防法とか建築基準法で隔壁で区切られてるけど、これって大抵薄い石膏ボードで作られた張りぼてみたいなものだから……」
「――――!」
確かに、本来内側にいて守られる側の人間が、転じて侵入者側になるなんて普通はありえない――――だから点検口に関してはセキュリティが甘いのかもしれない。
実際、驚くことに、下手な古い長屋のような集合住宅では今でも点検口から屋根裏に繋がってて、そこは全ての部屋の仕切りのない広いスペースになってるらしい。それどころか、雑なつくりのマンションなんかはコンクリートをぶち抜いて配管を通してるから、壁一枚隔てた狭いスペースは配管を伝って隙間から上の部屋に忍び込むことだってできる。
そう考えたら、見せ掛けばかりセキュリティの行き届いたように見えるマンションなんて、案外いい加減で、ザルだってこと。なんでこんな簡単なこと見落としてたんだろう。
「まずいよ愛香っ――――今すぐ点検口を探して!」
「そうだねっ…………」
私は引っ越してきたときに点検口の位置を記憶していた。建築関係の知識があって少しは役に立ったかなって。結局、雅に聞くまで大事なことに気づきもしなかったけど。
「あった!」
リビングの天井にひとつ。それから、一番奥の六畳間の部屋にひとつ。うちにあるものはこれだけのはず。どちらのものも外開き。家の家具を動かして、背の高い天井ギリギリの書棚を点検口の真下に持ってくる。これだけで戸を開閉できなくなる。
「――――!」
そうして作業していたときに、ふと閃く。もしかしたら、と思った。
「これって……」
さっきの音が左隣の空き部屋の窓を叩き壊す音。そして、盗撮カメラを仕掛けるときにも点検口のルートを使ったとする。そうしたら――――さっき管理人と話してたときに聞いた言葉を思い出したんだ。
――まえもモデルルーム見学っていうんで客が来たんだけど随分待たされてね――
モデルルームって。私の家の隣の空き部屋のことだったんじゃないか。
管理人に部屋を見たいと嘯いて、その間に目を盗んで点検口に侵入。持ち込んだカメラを仕掛けて、ついでに隠し場所に困った雅の死体も家の中に隠蔽することに決めた。うちの中には留まってはいられない。また管理人の元に帰らなくちゃならなかった。慌てて点検口を戻って隣の部屋に出た。
――それが愛香さんの知らないうちに時間で開くときがあったんじゃないかなって――
ブタの言葉を思い出しゾッと怖気立つ。
私の知らない時に開いて――――そして、今はもう使えない隠し通路――――点検口と考えたら全てが腑に落ちる。だからダッチワイフは仕方なく、今度は窓を破壊して侵入した。隠し通路をもう一度利用するために――――その時だった。
ドッドッドッドッド……
「――――!」
どこからか、鈍い音が聞こえてくる。
ドッドッドッドッドッドッド――――
近づいてくる。それが徐々に近づいてくるのがわかる。
「な……なにっ!?」
怖い――――そう思った。不意に頭上を見上げる。
ドッドッドッドッドッドッドッドッドッド!!
「――――――――!!」
私の真上に――――奴がいる。
秘密の扉を潜って、私の部屋に侵入するために点検口を這ってくる奴の音だった。
「…………っ」
私は声を殺してじっと身を屈める。ただ、恐怖が過ぎ去るのを待った。
ドッドッドッドッドッド…………――――
「……?」
音が聞こえなくなった――――そして……。
ガタッガタガタガタ――――ガタン!
「――――!」
頭上で、点検口が少し動いた。息を飲む。
ガタガタ――――ガタガタガタガタ!
「…………」
私はその様子をじっと見つめ――――そして、点検口の蓋は微動だにしなくなった。
「……やったの?」
ホッと安堵する。張り詰めた緊張の糸が解けて、ため息を漏らす。どこからか声がする。小さな声だった。
「――愛香――――愛香っ」
「――――!」
スマホだった。しまった。雅との通話をつけっぱなしにしたままだ。点検口を塞いだらすぐに連絡するといって、ずっとそのまま放置していた。私は声を潜めて応答する。
「ご……ごめん雅! でもやったよ! 点検口が開かないと――アイツ引き返したみたい!」
撃退した。やったよ雅。そう伝えたかった――――けれど、彼女は血相を変えたようにいう。
「ダメ――――そうじゃないよ愛香! 点検口だけじゃダメ!」
「えっ――――!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます