3-4
「あはは、なんだかファイブナイトフレディーズみたい」
ニッチなホラーゲームを思い出した。警備員になって監視カメラを使い悪霊の取り憑いた着ぐるみみたいなモンスターから逃れるゲーム。私は凍りついた顔で、スリルを楽しむかのように誰にでもなくほくそ笑んだ。ふざけてる場合じゃない。
「ここで考えるべきは二つ……」
いっこは相手が自分の視界を遮断されたうえに、映像まで見られていることを知ってるのかどうか。これは技術者ではない私にはわからない。機会があったら峰田君にもう一度聞いてみないと。でもそれ次第で相手が何を思い、行動するかが変わってくるはず。もういっこは、その行動。そう、視界を断たれたとき、相手は不測の事態に備えどんな行動を仕掛けてくるのか。はじめて相手の目を奪ってひとつ有利になったと思えた。けど、まだ油断はできない。奴ならこの状況も容易に想像できたはずだから。
「……探す」
ノートパソコンの充電ケーブルを外して立ち上がった。こうしてはいられない。私も私でアイツにつながる情報を調べないと。
中学校、それから高校の思い出も全部うちの中にある。断捨離できなかった思い出が、隣の四畳半の部屋にダンボールに山積みのままになってる。あの中身を掘り返せば、ダッチワイフの正体に繋がる何かがわかるかもしれない。
「自分から行動を起こさないと……」
ダッチワイフの正体を突き止めることが、事件の解決に繋がるとは思えない。相手は人殺しなんだ。説得は無意味だとは思う。けど何も知らないのはやっぱり気分が悪い。私は相変わらずの篭城を強いられていた。進展を期待するのならば相手の正体を調べること以外にないと思ったんだ。
「あった……!」
四畳半の部屋に閉じこもって、三十分ほど。私は小学校時代のアルバムを見つけた。
「だけど……」
それは六年生の時のもの。五年生の時や、四年生のときのものまで、アルバムはいくらでもあった。何から手をつけていいかわからない。考えてみたら、小学校の頃の知り合いなんて星の数ほどいる。その中からひとりを特定するなんて無謀もいいとこ。そんな風に思っていた。そうしたら、再びラインが着信を通知する。辻井だった。
「…………」
いい加減しつこいな。無視しようと思った。けど、辻井からは通話呼出がかかってきてる。私はため息混じりに仕方なく呼び出しに応じる。
「……はい」
最初に、受話器の向こうから荒い息遣いが聞こえてきた。ぜぇ、ぜぇ、と。恐らく辻井のものだと思う。そして、改造車の走り去る音。風で草木がさざめく音。マイクの拾う環境音からその場所は外か、もしくは屋外みたいな場所なんじゃないかと推測できる。呼吸を整えた辻井が話し出す。
「ぜぇ、ぜぇ、あ……愛香――ブタを捕まえた!」
「――――え?」
思わず絶句する。なにをいってるの。
「こいつが諸悪の根源だろ? ぼこぼこにして何でも吐かせてやる、どうすりゃあいいんだ?」
私は咄嗟に声を張り上げた。
「ま、待って――手荒なまねしないで!」
「はぁ?」
辻井は嘆息してから、うるさいくらいの大声で息巻く。
「愛香らしくねぇぞ! ってか本当にどうしちゃったんだよ?」
また余計なこと。私は感情が高ぶるのをグッと堪えて、辻井を説き伏せるようにいう。
「……よく聞いて、ブタは味方なの」
「うそつけっ、こいつ、俺のダチにもあることないこと嗅ぎ回ってきやがったんだぜ――――なにかやらかそうとしてるのは、わかりきってるんだ!」
「私が指示したのっ!」
「愛香っ! お前はブタに騙されてんだ! 正気に戻ってくれよっ!」
「うるさいっ、筋肉バカの役立たずのあんたに何ができるって言うのっ!」
「――――っ!」
受話器の奥で息を飲む声。こうなった手前、私は感情を抑制できなくなる。
「ほんっと、あんたのそういう自分勝手なところ大ッ嫌いなんだ」
そうしたら――沈黙した辻井の背後からか、ブタの悲惨な叫び声が聞こえてくる。
「ぶひぃぃっ!? ――愛香さん許してぇっ――!」
「…………」
辻井にヘッドロックをかけられてるのか随分と苦しそう。辻井がいう。
「そうだな……俺は、筋肉バカがお似合いだ……」
「――――合宿あるんでしょ? とっとと行けば、もう顔も見たくないからっ」
――――ブツッ
私は、気まずくなって一方的に通話を切った。
「ほんと、信じらんない……」
私は嘆息してから、アルバム漁りを再開した。
まずは六年生のアルバムからぱらぱらと目を通した。
考えてみれば、小学校は今から五年近くも前の出来事なんだ。なんだか不思議。ずっと子供のままのような気がしてた。でも確実に時間は経過してるし、当時はごく当たり前のように付き合いがあった子とも疎遠になってしまった。アルバムは顔写真のあるページになる。同じ中学校、そして高校に進学した子も多い。でも昔と違って印象が変わってる子も多くて笑えてきた。
「ははは」
こんな時に何いってるんだろ。自分に突っ込みを入れる。そうしたら不意に、みどりの顔が現れた。
「……みどり」
垢抜けない女の子。その印象は今も昔もあまり変わってない。
ある時にイメチェンしないのって訊いたら、これは私の一番似合う髪形だからって頑なに聞かなかった。そういう、融通の利かない頑固なところがある子。
「うう…………」
ページを捲る手が震える。やっぱり受け入れられないんだよ。
「親御さんに伝えた方が良いのかな……」
でも、そうしたら警察にも連絡が行くだろうし。結局本末転倒なんだよね。
「…………」
峰田君の写真もあった。今の金髪でちゃらいイメージと違って、黒髪で大人しい雰囲気。辻井の写真もあった。ああそうか。あいつも同じ小学校だったんだ。なんだかずっと忘れていた思い出が蘇ってくる。あの頃はまだバスケもぜんぜん下手糞で、よく私にバカにされてたっけ。
「ん……?」
その時――――思わず、アルバムを持つ手に力が篭もる。
「これ…………!」
アルバムには《久慈川智》と、書かれていた。
黒髪の天然パーマで痩せこけて頼りない痩身の男子。とてもじゃないけどダッチワイフとは似ても似つかない。けれど、峰田君のいう盗撮で捕まったっていう男子で思い出した。顔と名前が一致する。私は直接この子との面識はない。断言できる。
「やっぱり私が忘れてるだけなの……?」
今までのことを振り返ったとき。全ては私の物忘れから始まったといっても過言じゃない。この期に及んで私の記憶ほど信用できないものはないけれど、どうにも腑に落ちなかった。
変なことを考える。百歩譲ってもし私と久慈川が直接関係ないとしたら。彼を突き動かす犯行衝動はなんなの。やっぱり、私の家の中を覗きたかったからなのかな。事件が複雑化していくように思えた。
「ありえない……」
不意に過ぎった可能性を拭い捨てる。久慈川の目的は私的な復讐以外にない。
だって私への憎しみがなかったら――――こんなこと、できるわけないから。
――――パリーン!
「――――!?」
その時だった――――どこからともなく瀬戸物が割れるような音が聞こえた。私は思わず身を潜めて、じっと物音に集中する。身近なところからじゃない。音源はずっと遠くの方からみたい。しまった。アルバムに夢中になってモニターを見てなかった。
急いでノートパソコンに目を移す。しばらく放置していたため画面がブラックアウトしていた。タッチパネルに触れると、ディスプレイが点灯する。
「――――どこ!?」
52個のモニターをじっと凝視する。縮小拡大して、一個一個丁寧に目を通すけれど変化はないみたい。背筋が凍る。ふとした瞬間に相手を見失ってしまった。こうしているうちにも家の中に侵入してて、知らないうちに私の背後に差し迫ってきてるのかもしれない――――なんて想像もしてみる。実際は家の中にいたなら、40個の盗撮カメラが相手の姿を捉えているはず。死角はない。けれど、相手が見えないと一段と不安だった。
「なんの音?」
もうひとつは、音の正体が分からないこと。
何かを叩き壊した音なのはわかるけれど、それが何かはわからない。お皿。鏡。蛍光灯。窓。…………窓なの。けれどモニターを見てもわかるけど、家の中にガラス窓の破片が飛び散った様子はない。他の家の窓を破壊しても無意味だと思うんだ。
「――――なに?」
何かが。何かが私の想像の範囲外で動き始めているような気がした。
その時――――、再びラインが着信した。
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