3-2

「あ……あいつは、私が越してくる前にカメラを仕掛けてたってこと?」

「うぅん……それはオーバーな例で……まあ考え方としてはそれが正解だと思うんよ」

「でも、うちの家具は越してきたとき持ち込んだもの。最初からあったものならわかるけど。がらんどうだった部屋も、例えば盗撮カメラの取り付けてあったテレビ台も一度はくまなく目で確認してるのよ?」

「そうなんよ。だからこそ、引越しの前から仕掛けることは不可能だった。愛香さんが引っ越してきて玄関を開けたまま放置したタイミングがいつかあったはず。それがカメラを仕掛けたタイミングだと僕は思うよ」

「そんなの……」


 そう言われたら、引っ越してきて一年。全ての時間に防犯意識が行き届いてたかっていうと自信はないけれど。でも相手の都合もあるはず。私が無防備になるタイミングを期待して闇雲に張り込んでることなんてできない。何かきっかけがあったと思うんだ。私から返答がないと、ブタはいう。


「うん。僕が思ったのはそんなとこだ。そういえば、坂下ちゃんには話してないん?」

「え?」

「いやほら……仲良いし……」

「――――!」


 その瞬間、私は思わずかっとなってしまった。


「人のプライベートに土足で踏み込んで来んなよっ、きもいんだよブタっ」

 ――――ブツッ


「はぁ……はぁ……」


 思わず、死んだ友達の名前を出されて、精神状態が不安定になってしまった。


「はぁ……はぁ…………」


 この先、どうしようか。私は呆然と立ち尽くす。

 今までの重要そうな言葉が脳内でフラッシュバックする。


 ――愛香さんのことを盗撮したいと思ってる奴なんて大勢居るんじゃないかな?――


 ――愛香さん用心深いから彼氏も、パピーすらまともに家に通さないでしょ?――


 ――オナニーは好きか? 倉科愛香?――


 ――そんなのがうろついてたら、さぞかし目立つでしょうねぇ……――


 ――早くしなよ、手遅れになったらおそいんだよ!?――


 ――ダッチワイフとやらはカメラの死角に隠れて逃げ回ってるっていうのかい?――


「だめ……」


 色々考えたけど、結局何も頭に浮かばない。


「わかんない……わかんないよ、みどり――――どうしよう」


 私は、そういって物言わぬ屍となってしまった。親友を抱き寄せた。


「ごめんね、ごめんねみどり。私のせいでこんな――こんな目にあわせちゃって」


 頬に涙が伝う。私は泣き笑いのようにしてみどりに語りかけた。


「怒ってるよね。私のこと絶対に許してくれないよね、みどり……寒かったね。こんなに冷たい身体になってずっと私が来るのを待っててくれたんだもんね」


 私は、そうしてしばらく、人肌を求めるように、みどりと抱き合っていた。


 その時、またラインが着信を通知する。


「もうたくさんだよ……」


 私はいい加減うんざりしつつも、スマホのディスプレイを見る。相手は峰田君だった。


 >>愛香さん、無事ですか?

 >>どうしたの?

 >>カメラの件ですよ。

 >>カメラがどうかしたの?

 >>愛香さん言いましたよね? カメラがないとわからないことを知ってたって

 >>いったけど?

 >>そこから二つのことが言えるんですよ。一個は遠隔で送受信が可能なもの。もうひとつはリアルタイムで映像を送るもの。いずれも盗撮用のチープな仕組みのものとしては適さないものです

 >>どういうこと?

 >>色々言えますが――、例えば電力消耗が甚大です。長時間使うには盗撮用のコンパクトな仕様だとバッテリーが持たないはず

 >>待って、でも仕掛けられたのは昨日とか一昨日のことじゃないんだよ?

 >>わかりませんが、俺はすごい弱点の多いカメラだと思うんです


 峰田君は続けてメッセージを送ってくる。


 >>例えば、ライブカメラの場合は、その映像の送信を遮断できるかも知れません

 >>え?


 私は続けてメッセージを送る。


 >>どうすればいいの?

 >>ノートパソコンを立ち上げて、今からいう手順で操作してください

「…………」


 私が逡巡してると、峰田君から素早くメッセージが返って来る。


 >>どうかしました?

 >>私のこと、覗き見するつもりじゃない?

 >>そ……そんなことを言うなら今すぐ辞めたっていいんですよ?


 峰田君は続けてメッセージを送ってくる。


 >>大丈夫ですよ、だってこのままじゃ家の中に監視カメラがあることさえわからないでしょう?

「…………」


 あやしい。そう思った。人が死んでる以上、軽率な盗撮が理由だったってのも、もはや通用しないけど。でも、この峰田君が何らかの事情で人を殺してまでも盗撮映像を欲しがってない理由がどこにあるだろう。少なくとも、この性欲まみれの男子を心底信用することはできない。そんなことを考えていたら、峰田君からメッセージが返ってくる。


 >>いいんですね? 愛香さん、このままで

 >>わかった。指示通りにやるよ。


 私は折れた。家の中の見られたくないものを全て整理してから再びノートパソコンの前に座りなおした。メッセージのやり取りは面倒だから、通話に切り替えてる。


「いいよ、続けて」

「あるサイトにログインしてもらいます……大丈夫、時間はかかりませんから――――」


 私は峰田君の指示通りに作業を続けた。作業時間はものの10分くらい。家の外への警戒心はあったけれど、窓と玄関扉は固めてるから大丈夫だと思う。


「どう? これでいいの?」


 ダウンロードしたアプリケーションを立ち上げて、峰田君のいう番号を入力したら突然不気味な画面がたくさん表示された。私はゾッとして怖気立ってしまう。


「なに……これ……?」


 峰田君の指示したアプリケーションは映像の送信を遮断するだけじゃなく、その映像を傍受する機能も兼ね備えたものだったんだ。

 それは、恐らく家の中に仕掛けられた盗撮カメラのリアルタイムの映像が映し出されてるんだと思う――――けど、その数はあまりにも多い。モニターの小さな画面は全部で40個ほどあった。洗面所、トイレ、玄関、収納の中、ベランダ、ベッドの裏にも。確かに峰田君の指示通りにしていなかったことを考えたら、ゾッとするけど、それにしても量が多かった。他人事だからか、峰田君はスマホ越しに暢気な声で尋ねてきた。


「どうです? 俺は画面が見れないからわからないけど、他にもありました?」

「あった――――みたいだけど……」


 それにしたって量が多すぎる。これじゃあ盗撮というより監視だよ。


「映像が映っているなら成功です。相手の側にも映像データは送られてないはずですよ」

「…………」


 その時私は思った。奴は恐怖を味合わせたいんじゃない。ただ単純に私の怯える様を見て楽しみたいんだ。そう、それこそ自分がされたことの裏返しのように、この空間の全てはアイツのおもちゃ箱なんだ。その時、私はハッとして閃いた。盗撮カメラの映像があるものを髣髴とさせた。


「峰田君……もしかして、マンションの監視カメラの映像も乗っ取れたりしない?」

「ええ――――!?」


 峰田君は絶句している。無理もない、彼は心底怯えたようにか細い声でいった。


「わからないですけど――――それって犯罪ですよ?」

「どうでもいい。正当防衛だよ」


 なんて、屁理屈をいって、無理やり峰田君を説得した。


「どうなっても知りませんよ。そもそも有線でネット接続してないものはどうにもできませんから……」

「――――」


 確かにその通り。けれど、先ほど管理人から《ワイヤレス監視カメラ》とドヤ顔で説明されてる。それからマンションが一年前の立て替えの際に、後付けの防犯カメラの設置工事を行ってることも知ってる。いずれにせよ、カメラがワイヤレスなことは裏が取れてる。うろ覚えでカメラの形式を説明すると、峰田君は作業をはじめた。

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