2-3
「……」
これでとりあえずは安心か。私はホッと安堵してその場に崩れ落ちてしまった。
改めて状況を整理する。
私は名前も知らない謎の不審者に襲われている。それ以前にうちにはアイツが仕掛けたと思われる盗撮カメラがあって、そして――――奴に殺されて咄嗟に遺棄したと考えられるみどりの死体もあった――――そこまで考えて、私は重要なあることに気づく。
「どうして……? どうしてアイツはうちの中に居なかったんだろう?」
一度侵入できたなら、ずっと家の中に隠れてて、私が帰ってくるのを待ち伏せして襲えばよかったはず。けれど奴は家の外にいて、また家の中へ侵入するために試行錯誤してる。ソレって酷く矛盾している行為のように思えたんだ。
「私に恐怖を与えるためなの?」
少し強引なようだけど、そう仮定したら全てに説明がつく――――けれど、そうなったらもうひとつのゾッとするような事実も考えないわけにはいかない。私がこうして安堵していることも含めて全ては奴の計算づくだってこと。ダッチワイフの仕掛けたカメラがひとつだけのわけがない。家中の至る箇所に仕掛けられているのか。私は奴に監視されてる。
私の家という監獄に閉じ込められて。私の怯える様子を見て面白がってるんだ。もしかしたら奴はその気になったらいつでも家の中に侵入できるのかもしれない。それこそ、やつだけしか知らない秘密の出入り口を介して。一度侵入を許したことに関しては、現状ではそれ以外に説明がつかなかった。
私が取れる方法はひとつで、第三者にあのダッチワイフのことを見つけてもらうことだ。篭城をやめて外へ逃げ出すことは自殺行為で、ダッチワイフ自身もソレを狙っているに違いないから。私はスマホを取り出すと頼れそうな連絡先をあたった。
>>パパ? 今はなせる?
>>どうしたんだこんな時間に?
>>どうせ暇なんでしょ?
>>暇って、仕事中だぞ
「…………」
>>家の前に、変な奴がいるんだ
>>変な奴? 変な奴って何だ、どういうことなんだそれは?
>>通話呼出・倉科愛香
私は受話器を取る。
「もしもし?」
「もしもし愛香? どういうことなんだ、詳しく教えてくれ」
「わたしもわからないの、どうしたらいいのか……」
「突然家に来たのか? いったいどんなやつなんだ?」
「ぐすっ……あのね――――」
私は今までの出来事とダッチワイフの外見の特徴を話した。けどそんなものは気休めに過ぎない。パパに心当たりがあるわけがなかった。それに、みどりのことや盗撮のことは話さなかった。端折ったら話は割とコンパクトにまとまった。
「だいたいわかった。本当に心当たりはないんだな?」
「うん……」
「いいか? 戸締りをしっかり確認して、いざとなったらお風呂の緊急ブザーボタンを使うんだ。ご近所さんも気づいてくれるから! 愛香は一人じゃないんだ!」
「うん……うん」
「それから、下着とかも外に干してないな? 家の中が一番安全だから! 絶対に外に出るようなことはするなよな?」
「大丈夫だよ……」
「今、マンションの管理人にも連絡を入れるから――――お父さん今、仕事で手が離せないから」
「来てくれないの?」
「無茶言うなよ――また何か会ったら連絡してくれ。とにかくどうにかするから、な?」
そういって、パパは一方的に通話を切ってしまった。
「ぐすっ……大事なときに役立たずなのね」
私はぼそりと呟く。玄関の方を見に行く。そして窓も覗く。いない。かえって視野の中に捉えられてないときの方が不安になる。
パパの話では管理人に話をつけるという。待っている間に友達の女子にも連絡するけど当たり障りのない話しかしない。やっぱり理由を説明してうちに来てもらうなんてハードル高すぎるし、何よりもそんなことをして状況が改善するとは思えなかった。
その時、内線電話がかかってきた。うちのマンションはインターフォンのモニターから管理人室への呼び出しボタンが内蔵されてる。こっちから呼び出すこともできるけど逆もまた可能だった。
「はい……」
「あ、704号室の倉科さんですか――今世帯主様から事情をお聞きしまして、もう少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい」
「あ……じゃあもう少々お待ちください。それでは――――」
そうして通話は切れた。
「…………」
それでも、不安感は拭いきれなかった。私はとうとう最後の手段に踏み切ることに決めた。ラインから辻井に宛ててメッセージを送信する。あのやり取りがあった手前、何を書くべきか悩む。正直嫌だった。けど、他に頼れる人もいないし。辻井なら嫌でも私がこんな状況だって話したら駆けつけてくると思ったから―――送信すると、既読がついてすぐ返信が返ってきた。
>>さっきはごめんね
>>どうした?
>>ちょっと困ったことになって
>>いいさ、言ってみろよ?
>>うちの前に変な奴がいるの
>>なんだって……?
やっぱり。辻井は興味を持ってくれた。私はホッと安堵する。
>>お願い今からうちに来て! 怖いの!
>>どうしたんだよ愛香。お前らしくないな?
>>セックスしてあげるから
>>馬鹿。何言ってんだ、そんなのどうだっていいよ
>>じゃあ来てくれる?
>>悪い、今、親と一緒にメシなんだ
「…………」
>>じゃあ来てくれないのね?
>>そ、そういうことになるな……だけどな
>>もういいから
私は辻井の通知を切った。
「信じられない……」
私は勢いそのままに続けてブタに連絡した。
>>通話呼出・糸川一臣
「はろー、もしもし愛香さんだお」
相変わらず能天気な声。ムカつく。さっき怯えてたのが嘘みたいだった。
私は真剣にいう。
「単刀直入に聞く。ダッチワイフって奴は知り合い?」
「ええ――――ど、どうしたの愛香さん?」
「盗撮の犯人が名乗り出たの。でも顔を隠してる。そいつはお前の名前を出した」
「ちょちょちょちょ! 話急すぎるよっ 待って愛香さんっ!」
「私は本気だよ。早く答えて―――3・2・1……」
「わかんないよっ――だって僕、結構友達多いもん。ダッチワイフ? なにそれ? おいしいの?」
「…………」
――――ブツッ
>>通話履歴・糸川一臣
>>通話呼出・糸川一臣
「はぁ、はぁ。今、長谷川に例のこと話したから」
長谷川とは北校の新任の教育主任の教師のこと。
「もう停学免れないね、次は退学?」
「ぶひひぃっ!? も……もぅ許して愛香さん……」
ブタは哀れなほど悲しい声でいう。私はようやく腹の虫が収まる。
「ダッチワイフって誰? 何者?」
「わかんないよ……そんな名前の奴知らないもの……」
「嘘言うな。ラインにお前の名前が書いてあったんだよ」
「そもそも愛香さんその人とどんな関係? どうしてラインのアカウントなんか見れるの?」
「お前、舐めてるのか?」
「ぶひっ――ごめんなさい! 辻井にチクるのだけは許して!」
「…………」
私は逡巡した挙句に、いう。
「辻井は、今日は親とご飯だから来ないわ」
なぜか知らないけど、私は本当のことを白状してた。そうしたらうわの空のようにブタはぼそりと呟いた。
「ええ? ――おっかしぃなぁ? 辻井と峰田なら今さっき一緒に居るの見たけど……」
「え――――!?」
私は心の動揺を悟られるないよう、平常心を装っていう。
「……そいつは私の前に現れたの。私を脅すつもりか知らないけどスマホを見せ付けてきたのよ」
「ど……どして?」
「知るか。それがわかれば苦労はないんだよ」
私は頭痛がして頭を抱えた。
「――――なんで知らないわけ?」
「……た、たぶん考えられるのは……昔は違う名前で変更したとか」
「ちっ」
私は焦った。じれったくなって、無意識のうちに舌打ちしていた。
「トークチャット履歴とか残ってねぇのかよ? それで特定できないの?」
「あ……ああ、あった! ダッチワイフ」
「…………」
「ダメだ……残ってないよ、たぶん機種変する前の知り合いだよぉ……僕よく機種変するから、履歴残らないし……」
「嘘ついてるんじゃねぇだろうな?」
「ついてない! ついてないよっ――お願いだよ愛香さん、許して……」
「はぁ……」
そうしたら、段々とブタが哀れにも思えてきてしまった。明らかにさっきと違って声が震えてるのがわかる。相当ショックだったんだと思う。
「もういいから――――長谷川に伝えたってのも嘘だから」
「へ? 本当?」
「図に乗るなよ。お前はこれからお前のきもい友達を当たってダッチワイフのことを手当たり次第に探して回ることになるんだからなっ」
「ええっ――それどういう」
「何かわかり次第連絡して――今回だけは通話も許してあげるから」
「ダメだよ愛香さん! 僕今から野暮用で出かけなきゃならっ――――」
――――ブツッ
私は一方的に通話を切った。
ダッチワイフはブタに身に覚えのない友達だった。それに、ブタがうそつきだったら真っ先に白状するはず。ブタは知らない。こんなことだったら覚えてる名前手当たり次第に話してみるべきだった。けど本当にブタに心当たりがないのなら無意味か。それよりも、私はもっと気がかりなことがあった。
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