1-5
>>なあ愛香、無視すんなよ。既読ついてんのはわかってんだからさ
「……はぁ」
私はうんざりしながらラインで電話をかけた。
「なぁに? なんのよう?」
「お……おお、愛香! 丁度良かった!」
嫌気がさすほどに軽率な声音。性欲が強く筋肉質。かなりバカで粘着質な性格が災いしてか、私と別れようとしない。ある意味ではブタ以上に厄介な男。中二でこいつと付き合って以降、私の悲劇は始まる。そもそも彼氏に内緒で二股や三股をかけるようになったのもこいつのせいだった。
私は辻井の宿題を電話越しに見てやると、すぐに通話を切ろうとした。ところが辻井は名残惜しげに私を引き止めてくる。
「なあ、愛香……最近ぜんぜんデートしてないよな、俺達」
「デート? これがデートなんじゃない?」
「ふざけるなよ。もうむらむらしてたまんねぇんだよ」
ゾッとしてしまった。心の声が態度に表れないよう平常心を装っていう。
「……バレンタインにオナホでも買ってあげようか?」
「はっはっは!」
「……」
辻井はツボに入ったように馬鹿笑いしていた。何がおかしいのか私にはわからない。
「来月はバスケの大きい大会あるからさ、愛香も観に来てくれよ」
「……ああ」
辻井は子供の頃から真面目にバスケットボールに取り組んでる。その甲斐あって、男子高校生のバスケットボール界隈では相当な実力者で有名人。これが野球とかサッカーみたいにプロスポーツ興行化がうまくされてるスポーツだったらどんなに良かったろう。当時はスポーツに一途にのめりこむ男の子が輝いて見えたけど、今となってはそれが誤りだったことに後悔するばかり。
高校生にもなって運動神経が良いだけの男には魅力はない。私が恋焦がれてるのは頭が良くて、綺麗で、話が面白くて、気配りができる男の子。辻井の行き着く未来の薄汚い惨めな姿は手に取るように簡単に想像できた。
「うん、そだね」
と、だけ返した。熱心に取り組んでる手前、その気持ちだけは組んでやらないと。
「……」
受話器越しの沈黙。じゃあ電話を切れよ、と言いかけたけど、私は受話器の向こうに辻井の不安な感情を読み取ることができた。私は弾むような声音で辻井に笑いかけた。
「もしかして……私がブタとセックスしてるの妬いてるの?」
「……!」
受話器越しに息を飲む声。もちろん、そんなものは嘘。死んでもあんな奴に触られることは愚か、家にさえ入れたくない。けれど、この辻井という男のプライドをズタズタに引き裂くには、あのブタを利用するのが最適なんだ。
「なぁ……な、なぁ、愛香、もうやめにしないか?」
「なにを?」
「お前が心配なんだよ――何を思ってブタなんかと、お前……」
辻井とブタも間接的にだけど付き合いは長い。ブタと呼んでいるように、ブタを憎しみと侮蔑の目で見下してる。時には暴力を振るうこともある。とくに私がブタといやらしいことをしてると風潮してからは、いっそう暴力に拍車がかかってるようだ。
「とにかく私も勉強で忙しいから、じゃあね」
私は強い口調で辻井に言いつけて通話を切った。
「はぁ……まったく……」
ふと窓の外を見る、綺麗な赤い夕暮れの日は消えて、深淵が埋め尽くす。
まだ冬も明けないころ、日が暮れるは随分と早かった。
「あーあ、なにしよう」
まだ別れて一時間も経ってないけど、雅に電話しようかと思った。
相変わらずみどりからの返信はないし、暇を持て余してる。
「……」
私は我慢できなくなり、しつこい迷惑な奴だと思われることも厭わず、みどりにメッセージを送る。
>>大丈夫?
>>どうして返信してくれないの?
>>ねぇ、みどり。私のこと嫌いになっちゃったの?
「……」
なんて……、自分で打ってて悲しくなる。不意に感極まって涙を流してしまった。
「あ……あれ?」
おかしいな。こんなの――――最近色んなことがあってずっと、心が弱くなってたのかもしれない。それでもみどりは返信してくれないし、既読さえもつかなかったんだ。
「もういいもん」
私は涙を拭ってスマホを放り出した。それにしても暇だな。
テレビボードの下のガラス戸の向こうには最新式のゲーム機がほこりを被ってる。子供の頃は今よりもずっとオタク気質なところがあって、有名なRPGは一通りやった。最近だとホラーゲームのマイブームがあった。
ネット動画では有名配信者のホラーゲームの実況動画を追いかけてるくらいには関心がある。同じようなことでいえば、付き合って日の浅い雅にはイメージと違うって驚かれるけど、ノートパソコンも持ってて自作のホームページを作ろうしてた頃もある。今はCADソフトを使って製図を弄くり、建築士まがいのことをして遊んでる。
洗面所に行ってドライヤーで髪を乾かす。長い髪は本当に手間。傷みやすいため美容院にも頻繁に通う。フェミニンなロングヘアもいいけど、雅のようなジェンダーレスでクールな可愛らしさに憧れてショートヘアや、雅のベリーショートヘアに挑戦してみたけど似合わなかった。けれど髪を乾かすのは楽。知ってしまうと入念なケアが欠かせない髪型には戻り難い魅力がある。
なによりもロングヘアはセックスの時に邪魔。髪が引っ張られて痛いし、くすぐったくなってムードが台無しになることも頻繁にある。けれど男子受けは断然ロング。愛用してるヘアコロンの香りは、男子の理性を狂わすほどの魔力がある。化粧台鏡の前で見る私の姿は、いつにも増して魅力的に見えた。
「あ……そうだ」
上機嫌で髪を梳いてると、ふと思い出してラインを開く。
あるアカウントにメッセージを送る。
下校の時に雅とも話した峰田君。彼は高校以来の仲だけどお金持ちのイケメンで、辻井とも仲が良い。そのことに目をつけた私は自分からアプローチをかけた。意外に押しに弱いタイプらしく、簡単に私のことを受け入れた。けれど、珍しいパターンで、私は彼のことを知るたびに彼のことが嫌いになっていった。すぐに既読がついて返信が返ってくる。
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