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 私の住む家。マンション《マリーセル》は、地域の住宅地にある平均的な中流階層の人たちが住むセキュリティの強固さが売りのマンション。

 構造は九階建てで、ワンフロアにつき七戸が用意されてる。


 うちは七階の左から三番目の住戸704号室。《マリーセル》は買い手がつかず空き部屋も多い。現にうちの左隣の住戸は空室。理由としては交通の利便性が悪いのがある。駅は遠く、主要な公共施設もない。


 私はマンションのエントランスに踏み込むと、いい加減うんざりしながら鍵を取り出す。オートロック自動扉の前に立ってインターホンの操作盤の隣にある鍵穴に鍵を差し込む。一つ目のオートロックは非常用の開錠ボタンを押すことで開くことができる。二つ目のオートロックは指紋認証システム。閉じ込められた場合はコールボタンで管理人を呼んで内側からあけてもらう必要がある。指紋認証のオートロックは屋内から出る場合にも必要だが、鍵式のオートロックは内側からは自動で開くようになっている。


「はぁ……面倒」


 私は二つのオートロックをパスして、フッとため息をついた。

 目の前の管理人室では、昼勤務の中年の管理人が暢気にあくびをしながらテレビと監視カメラを交互に睨みつけてる。私とはあんまり関わりがない。そばにはゴミ捨て場に繋がる鉄扉。うんざりするけど、ここも電子ロック。暗証番号錠だけれど。管理人の気まぐれに変更するパスワードは回覧板で通達される。


 ところがこれで終わりじゃない。貞淑なマンション《マリーセル》にはエレベーターにも電子ロックが搭載されてる。通用階段を使う場合にも鍵が必要。私は三つの鍵を解除してエレベーターの個室に乗ると、ようやく一つ目の鍵をポケットに仕舞った。


「ふぅ……」


 エレベーターで七階まで上がる。通用廊下に降りると部屋に向かう。左隣の空室の玄関扉の取ってには、《24時間下見OK!》という広告パネルが垂れ下がってる。一応鍵はかかってて管理人の許可がないと入れない。


 それはそうと、704号室の玄関前までやってくる。3種類の鍵が取り付けられた鍵束を取り出して、ひとつひとつの鍵を開錠する。扉を開けて部屋に入ると、サムターン錠のつまみをまわした。簡単なもので、このつまみひとつは外側の鍵穴に連動している。内側からはこれひとつで施錠に事足りた。


「はぁ……」


 靴を脱いで、渡り廊下にあがるとつき当たりの室内ドアの外開き戸を体当たりするように開けてリビングへと踏み込む。ダイニングキッチンに学生かばんを放り出して、リビングに大きく陣取るセミダブルサイズのベッドに前のめりに倒れこんだ。


「あー……疲れた……」


 色々嫌になる。

 友達関係のこと。恋愛のこと。それから将来のこと。


「…………」


 3LDK――――それが私の住む賃貸マンションの間取り。


 一人暮らしの私には広すぎる。引っ越してから一年以上も経つけど、ろくに使ってない部屋もある。パパはここしかなかったとしきりに言ってたけどたぶん嘘。あたらめて説明する必要もないけど、3LDKという俗称は三つの部屋と、リビングとダイニングルーム、キッチンがついているという意味。セミダブルサイズのベッドは搬入に困難だった。どの部屋もベッドが占領したら足の踏み場もないから、この広いリビングに置いてしまった。それが失敗だった。


 一番大きな六畳間の部屋は、趣味の部屋として漫画や小説を仕舞う書棚と、衣装だなが占有してる。ソファと作業机を置いてみたけれど、結局勉強以外には使うことがない。大きなハメ殺し窓はベランダとアクセスしてて夜景の眺めが絶景。四畳半の部屋は断捨離できない親が押し付けてきた家財で納戸になっている。五畳間の和室は、まったく手持ち無沙汰だった。本来なら寝室として使うんだろうけど、親が来た時だけ寝室として利用する程度になってる。結局リビングに閉じこもって、他の部屋は有効活用できてないのが現状だったんだ。


 私は不動産業界を目指してる。だから間取りとしての3LDKは憧れだった。


「それにしても……」


 とにかくこの広すぎる家で人恋しくなる。私はベッドの小脇にあるウサギのぬいぐるみを抱き寄せる。リビングのベッドの向かいにあるテレビ台の上の32インチの薄型テレビの電源をつけた。リモコンはほこりを被っていた。

 雅の話に触発されて、ワイドショーを見る気分になる。リビングのカーテンの隙間から夕暮れの赤い光が差し込んでる。時刻は五時半。各局が一斉に夕方帯のワイドショーやニュース番組を放映する時間帯だと思う。


「ニュースなんてやってないじゃん……」


 思わずぼやく。

 どのニュース番組でも、例の事件なんて扱ってなかった。

 適当に番組をまわして興味が失せると、スマホを取り出してラインを確認する。相変わらずみどりからの返信はない、既読さえついてなかった。なんだかショック。


「どうしたんだろ……」


 人恋しさを誤魔化すためテレビはつけたまま放置して、憂鬱な気分でバスルームへと向かった。



  ◆◇◆◇◆◇



 制服を脱いでかごに放り込む。一人暮らしになって痛感するのは炊事洗濯の面倒くささ。お母さんの偉大さに気づく。料理は日頃から手伝ってたから大変さはわかってたけど、洗濯って思ったより時間が取られる。後悔した時には後の祭りで、今更帰る家もないんだけれど。


「んん――」


 裸になって浴室扉を開けて、狭いバスルームにあがる。

 私がこの家に越して数少ない利点の一つ。シャワーの勢いが良いこと。古いタイプのものは水圧が弱く、イライラさせられる。勢いの強い熱いシャワーには浴びているだけで心なしか身体が浄化されるような気持ちになる。


「…………」


 身体に触れる。私はスタイルがいい方だけれど、身長は160センチしかない。でもコンプレックスじゃない。モデル体型にも憧れるけれど、背の高すぎる子は男子ウケが悪い。それだけで私には大きなマイナス要素。髪に触れる。黒髪のロングヘア。色々試したけれどこれが一番似合っているみたい。


 おっぱいに触る。乳輪の輪郭を中指でそっと撫でる。肌触りは柔らかく、日本人には珍しく色素沈着も弱い。形も大きさもバランスの取れた自慢のパーツだった。

 けれど――――胸のサイズは小さい。自分の身体に数字を当てはめるのは嫌いだけどBカップしかない。完全無欠の私の身体の唯一のコンプレックス。


 私にはトラウマがある。まだ中学生の頃に、クラスの調子に乗った男子に罵倒されたことがある。「おい胸無しっ!」その男子が誰だったかはもう覚えてない。

 虐められて自殺したことだけは覚えてる。当時の私のことだから、二度と顔も見せれないよう徹底的にぶっ潰したはず。


「ふふ……」


 私は強い。どんなイキった奴でも社会的に潰す力がある。

 そうして先日もクラスメイトを転校に追いやってきた。恋敵やムカつくやつ。男子生徒から教師まで、目障りな奴はみんな消す。それが私のやり方。

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