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 優等生で寡黙。普通なら虐められやすいタイプだけど交友関係は広くて、こうしてたまに一緒に下校することもある。知らない間に後ろから近づいてきて私たちの話を立ち聞きしてたらしい。なんだか気味が悪いなと思った。雅がいう。


「やっぱり……みどり、なんか調子悪かったもん」

「ふぅん」


 私はいまいちに納得できず、曖昧に頷いた。


「そういえば私にばっかり言うけど、雅。好きな人はいないの?」

「ええ!? ――私?」


 雅はわかりやすく顔を真っ赤にして、困ったように逡巡してから答える。


「私は、同級生はあんまりかな……」

「俳優さんが好きなんだもんね」


 私はいう。


「もったいないよ、雅なら誰とでも付き合えるのに、テレビの人とは付き合えないんだよ?」

「その通りだ……愛香の方が現実的だよ」


 と、雅はいう。なんだか釈然としない。体よくいなされたようで気持ちも悪かった。

 だから私は勢いもそのままに、夏帆に話しかけた。


「夏帆はどうなの?」

「私は――あんまり」

「ふぅん」


 なんだか暗い影を感じて、私は深くは追及しなかった。そうしたら今度は雅が話を振る。


「ねぇ、そういえば今朝のニュース見た?」

「なに?」

「女子高生逆恨み事件――気持ち悪かった……」


 さっきの罪滅ぼしなのか。雅はやたら私に同意を求めるような口調だ。


「ヤフーニュースで見た」


 女子高生が鋭利な刃物で刺し殺された事件だ。

 後の捜査でわかったことだけど、道端でナンパして断られた男が暴力団系組織系の人間で、逆恨みして女子高生の家まで追いかけてきたというのが真相みたい。彼女は何度も不審者にストーカーされてると警察に助けを求めた。けれど、まともに取り合ってくれなかった。完全に警察組織の過失。マスコミは面白がったのか、この事件を大々的に特集してる。テレビのワイドショーでは連日この事件を取り扱っていた。私はいう。


「犯人は捕まったんだっけ?」


 そうしたら夏帆も妙に乗り気になって話に入ってきた。


「知ってる――、あれって近所じゃない?」

「そうなんだ。だから気持ち悪いんだよ」

「待って、事件はもう解決してるんでしょ?」


 私は二人に向かって笑いかけた。夏帆がいう。


「でも組織自体は残ってる。そんな行為の温床になってると思ったらゾッとしない?」

「一人は捕まっても、何も懲りてない?」

「もしかしたら無作為な報復とか考えてるのかも……怖いね」


 と、夏帆。雅は笑っていう。


「うちの一軒家も夏帆のアパートも警備手薄だからな。でも愛香のオートロックマンションなら安心だ」

「ちょっと、……弄ってない?」

「あはは、でも本当のことだよ」

「……」


 実際うちのマンションのセキュリティは厳重だ。エントランスは二重のオートロック。管理人は四人体制で昼夜問わずに警備に入っている。監視カメラは住戸内以外の全ての箇所に設置されている。エレベーターはオートロック用のセキュリティキーを使わないと作動しないようになっている。


 ところが私の過保護なパパはそれだけじゃ飽き足らず、玄関扉を特注して鍵を三重にした。おかげで出入りが面倒。登下校のたびにパパの顔を思い出すのは、ホームシックとかじゃなく、この三重施錠への苛立ちからだ。

 皮肉なことに、いくらマンションのセキュリティを厳重にした所で私の貞操観念はユルユルなんだから、本末転倒なのだけれど。


「でも二人は親と暮らしてるから羨ましいよ」

「そうだね……確かにどんなセキュリティより生身の人間の方がずっと頼りになるかも」


 と、夏帆。


 私は一人暮らしをしている。

 両親は転勤族で、私は小学校から中学校まで暮らしたこの土地を離れたくなかった。両親はそんな私のわがままを聞いてくれて、三年間だけ一人暮らしして土地に留まることを了解してくれた。

 まあ学校を卒業すれば上京して就職するつもりだから、再び両親と暮らすこともないとは思う。夏帆は意味ありげに続けていう。


「それも個人差だと――うちなんかは毒親だから」

「……そうだね」


 と、雅。初耳だった。けれど、いまどき毒親なんて珍しくない時代だと思う。


「じゃあ、私はここで……」


 と、いって夏帆はにこやかに手を振ってきた。


「うん」


 私と雅も応える。私たちの住む地域とは夏帆のアパートは正反対の場所にあった。小学校のある方の地域だ。また二人になった。私は雅にいう。


「ちょっとみどりの様子だけ見てこうかな……」

「あはは、相変わらず仲良しなんだな」


 雅は朗らかに笑っていた。


「私にとってみどりは特別だから……」


 そうしたら、雅はまんざらでもない様子で真面目な顔でいった。


「私は別に構わないけど?」

「ううん……やっぱ面倒だからいいや」

「なにそれ! あはは」

「はは……」


 私は雅と話ながら、ラインでみどりのトークチャットを開く。


 >>大丈夫?明日学校来れそう?


 と、だけ打った。


「あ、じゃあ私もここで」

「うん、また明日ね」


 私は手を振った。雅と分かれると、家に着くまでもくもくとラインの通知をチェックしていた。そうしたら辻井から一件新着通知が来ていた。


 >>なあ愛香? 宿題教えてくれない?

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