序章

1-1【序章】

「だから、何度もいってるでしょっ!」


 放課後の高校の校舎裏。殺伐とした空気。これが映画やドラマの収録現場なら、私は名演出家かもしれない。なんて、心ここにあらずの私は思ってしまった。私、倉科愛香はクラスメイトの友達に呼び出されて告白を受けている最中だった。


「あ……愛香――だからっ」


 彼は背も高く文武両道な優等生。クラスでは中心メンバーに位置する人気者。それだけにプライドも高い。だから扱いにくい。何度も泣きつかれると私はいい加減うんざりだった。私はあまりの退屈に長い髪を手で弄ぶ。


「しつこいって……佐藤君のことは恋人とは思ってないからっ」


 背後から手を掴んで追いすがる彼の手を振り解いた。


「そんなのってないぜっ」

「はぁ……」


 大人しく引き下がったら友達のままでいてやるっていうのに。私の優しさがわからないのかな。


「くすくすくす……」

「……」


 頭上から声が聞こえる。たぶん二階のトイレの窓のそばに身を潜めて、私たちの会話を盗み聞きしてるに違いないんだ。大方、告白に失敗した佐藤君を嘲り笑う声だと思うけど、そんな佐藤君と一緒くたにされる私も気持ちがいいものじゃない。私はいっそう腹が立った。


「だいたい佐藤君、育美と付き合ってるんじゃないの?」


 私がいうと、佐藤君は「うっ」と、苦しそうな声を漏らしてから言い訳がましくいう。


「あ……あんなやつ彼女じゃねぇよ、あんなブサイク!」

「最低」


 私は捨て台詞のように吐き捨てて歩き出した。


「あっ……愛香!」


 なんて、性懲りもなく再三私の名前を叫ぶ。

 それは自分のプライドの保身のため。または、辛うじて私と付き合える可能性があるとでも思ってるのかな。とにかく自分の彼女のことを不細工なんていう男に万に一つでも可能性があるわけがない。男って本当にクズだなってつくづく思う。私はかばんからスマホを取り出して、ラインでメッセージを打つ。


 >>ごめん。今から行く


 それだけ打つと、すぐにスマホの電源を切って前を向いて歩き出した。そういえば、あの校舎裏で情けない呆けた顔をしてる男子がなんて名前だったかは、もう忘れてしまった。



 ◆◇◆◇◆◇



「愛香……!」

「ごめん――待った?」

「……うんうん」


 親友の音無雅。個性的な名前だと思う。彼女の家柄は歴史ある名家の子で、剣道部に所属してる私のクラスメイト。彼女の部活動がないときはこうして二人で下校してる。雅はイヤホンを外してポケットに仕舞う。


「何聞いてたの?」

「ん……ASMR。それよりどうだった?」

「どうって?」

「ごまかすな――告白されたんだろ?」


 雅は名前と家柄に似合わない男勝りでボーイッシュな性格。見た目も口調も男っぽいところがある。それも子供の頃から通っている剣道教室で、男の子ばっかりを相手してきた影響らしい。中性的な雰囲気が私にはなんだか心地いい。


「……あぁ……ふふ、超面白いよ」

「?」


 私はスマホをポケットから取り出して雅に見せる。画面を覗き込もうと身を寄せた彼女の黒い艶やかなショートヘアから、ほんのりと柑橘系のシャンプーの香りが漂った。

グループラインを開く。先ほどの寸劇の光景が録画されてアップされていた。


「愛香っ愛香――!」


 男の悲痛で間抜けな叫びが加工され何度も繰り返される。さっきトイレの窓から見ていた一人が撮影したやつに違いない。明日には北校中に拡散されてるんだろう。


「あはははっ……」

「きゃは、――――最低」

「でしょぉ?」

「ねぇ愛香、まだ辻井と付き合ってるんだろ?」

「……うん」

「この前峰田とも一緒に遊んでなかった?」

「――ふふふ、峰田君とヤっちゃった」

「あははは! ばかじゃない!? まずいって……辻井にばれたら――」

「大丈夫だよ、あいつ私には逆らえないし。それに辻井は知る由もないから!」


 そういうと、やっぱりか雅は呆れていた。私は調子に乗っていう。


「ほら、戸塚ふったときもアイツ、私が無理やり付き合わされてたと思ってたくらいだからっ」


 戸塚は北高校の教師。教育指導の教師で目に付くからと色目を使ったら、コロッと落ちて、それをネタに脅しかけたら手切れ金に数百万を用意してきた。頭のネジの外れた教師だった。もちろんお金は貰ったけど、第三者に情報をリークさせたら一発でクビになった。それ以降行方不明になってる。


「愛香わるぅっ」

「あははっ」

「――――!」


 だけど、一緒になって笑ってた雅は、動画が当事者の男子を映し出すと途端に声を失ってしまう。浮かない顔で、ただただ映像に見入るばかりになった。私はそんな反応が面白くなかった。そういえば、雅はこの男子と交流が深かったなって、今になって思い出す。


「退屈?」

「うんうん……ただちょっと、佐藤が不憫だなって」

「……雅はむこうの味方なのっ!?」


 私は思わず、大人気なく怒ってしまった。そうしたら、彼女は私を見てふきだした。笑い声を堪えられないよう口元をおさえていう。


「ふふっ……そうじゃないけど」

「……どうせ私とヤりたかっただけでしょ――」


 突き放すようにいう。

 私自身、自分が可愛いってことも自覚してる。実際、私はモテる。それこそ小学生の頃から何度くらい男子生徒に告白を受けたかわからない。中学になって数は倍になり、高校になったら二桁くらいにもなった。


 そんな男子たちが何を思って私に告白してくるのかなんて、一々考えてられない。ステータスだとでも思ってるのか。ただの友達が何の脈絡もなく告白してくるのは、気持ち悪い性欲のためとしか思えなかった。私は勢いもそのままにいう。


「だって私、好きな人がいるんだよ!? どうして好きでもないキモイ男子と付き合わなきゃなんないわけ?」


 迷惑なことに、男子は私が雅と仲良しなのを良いことに仲介役を頼むらしい。だから、私に告ってきた男子のことはだいたい雅には筒抜けだった。


「――――へぇっ!?」


 そうしたら、何を思ったのか雅が後ろから私に抱きついてきた。そして、両手で胸をわし掴みにしてくる。雅は声音を変えてからかうようにいう。


「この自慢の身体でいうか~っ」

「……やめてっ」


 私はぴしゃりと言い放つ。雅は平謝りしてから離れた。


「ごめん、理性が利かなかった」

「はぁ……」


 嘆息して乱れた制服を正す。私と雅という、一番親しい間柄だからこそ成立する小芝居。男子は愚かクラスの親しい女子にやられても私は本気で怒ると思う。私はとっとと話題を変えようと思った。そうしたら――――あることを思い出す。


「ねぇ、みどり見なかった?」


 雅は首をかしげた。


「そういえば見てないな。今日休みじゃない?」


 他人事のようにいう。無理もない、雅はみどりと同じクラスじゃない。

 坂下みどり――――普段は雅よりも一緒に居る時間が多いもう一人の親友で幼馴染。おしとやかで目立たない性格の彼女は、我の強い性格の私と相性が良かった。そんなことを話していたら、突然不意打ちみたいに背後から話しかけられた。


「――みどりは風邪みたい」

「あ」


 雅と私は驚いて振り返る。女子だった。

 ポニーテールと赤い縁のめがねが印象的な生徒。

 彼女は霜月夏帆。B組のクラスメイト。みどりと同じクラスだ。

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