万事解決! ウマシカ企画社 ~4件目・紙とペンと民法第737条~

みすたぁ・ゆー

4件目・紙とペンと民法第737条

 私――蝶野ちょうの猪梨いのりは大学生となったことをきっかけにバイトを始めた。


 勤務先は学校の最寄り駅の駅前にあるウマシカ企画社。どういう会社かというと、簡単に言えば便利屋みたいなものだ。父親の知り合いがその会社の社長をしていて、コネで採用してもらった。


 ……社長と言っても、社員はほかに誰もいないんだけどね。


 仕事の内容は社長の補佐。主に電話番とか依頼された仕事のお手伝いをしている。やっぱりひとりだけで会社を回すのには限界があるもんね。それで人手を探していたところに私がバイト先を探しているという話が持ち上がって、お互いの利害が一致したというわけだ。





 事務所には仕事の依頼をするため、高校三年生のカップルがやってきていた。相談にのってほしいことがあるらしい。


 男子は雉羽きじわけん。さわやかなスポーツマン系だけど、脳筋という感じでもなくて賢そうな感じ。ルックスもうちのチョイイケメンの社長――馬坂うまさか鹿汚しかおと同じくらいだから、総合的なスペックで判断するとモテるだろう。


 女子は黄紀伊ききい猿沙さるさ。透き通るような白い肌とショートボブの黒髪のコントラストが印象的で、雰囲気はおっとりとしている。


「実は俺たち結婚したいと考えているんですけど――」


 検は緊張した面持ちでカバンの中から婚姻届を取り出して机の上に置いた。すでにふたりの名前は記入してあり、判も捺されている。証人の欄も誰だかふたり分の名前と捺印がある。


「はぁッ? わざわざ便利屋に来て、なぁにリア充アピールしてんの? 彼氏いない歴イコール年齢の私に対する当てつけですかそうですかッ! したけりゃ結婚でもベーコンでもカクヨムコンでも、どうぞご自由に!!」


「自棄になったらダメだよ、いのりん。前金で相談料をもらってる以上、これもお仕事。リア充アピールだろうが、完コピした国会質問の演説だろうが、官能小説の音読だろうが、しっかり聞いてあげないと」


 隣に座っている社長がソッと触れる程度の肘打ちをしながら囁いた。


 はらわたが煮えくり返る気分だけど、仕事だと言われたらある程度はガマンするしかない。相談料の一部がバイト代に繋がっているのだから。私はグッと堪えて話を聞き続ける。


「で、結婚したいと考えているから何なの? 勝手にすれば?」


「それが出来ないから相談しに来たんです。もちろん俺たちが既婚者で不倫関係になるから結婚できないってワケじゃないんです。そもそも俺が愛しているのは猿沙だけ! 猿沙が好きすぎて、サルサ繋がりでタコスが好きになって専門店を開こうとしているくらいなんですからっ!!」


「私だって検くんだけだもんっ!」


 ふたりは両手を握り合い、瞳を星のように輝かせながらお互いを見つめていた。


 くそっ、イチャイチャしやがって。今すぐ釘バットでこいつらの頭を殴りたい。調子に乗るなよ、ガキどもッ!


「――なるほど、察しがつきました。結婚できない理由は民法第七百三十七条の関係ですね?」


 その時、今まで静かに話を聞いていた社長が不意に口を開き、得意気な顔をしながらビシッと人差し指を立てた。


 それに対して検と猿沙は申し合わせていたかのように、ユニゾンで『はい』と返事をする。


「一応、いのりんに説明をしておくけど、民法第七百三十七条というのは――」


「未成年者の婚姻に関することですよね。未成年者が婚姻をする場合は父母の同意が必要というやつ。そしてふたりとも年齢的な条件はクリアしているのに結婚が出来ないということは、親の同意が得られていないわけね?」


 その問いかけに猿沙はコクンと力なく頷いた。


「検くんのご両親は同意してくれているんですけど、私の父が絶対反対で。何度も説得したんですけど、聞き入れてもらえなくて」


「単なる努力不足でしょ、それ? そもそもちょっと反対されたくらいで音を上げるなんて、アンタたちの愛はその程度なの? 駆け落ちするくらいの覚悟でぶつかりなさいよ」


「っ!? 蝶野さんのおっしゃる通りです。捨て身で臨まないとダメですよね……」


「ま、駆け落ちは極論かもだけど、さ……。でも父親がダメなら母親は? 父母どちらか一方の同意で構わないんだから」


「母は私が幼いころに亡くなってまして」


「……そっか。つまりどうしても父親の同意が必要ってワケか。なるほど、でもそれならそれで好都合。私に任せて。いい解決方法があるから!」


「ホントですかっ!? じゃ、お任せします!」


 検と猿沙はキャッキャとはしゃぎながら喜び合っていた。放っておいたら高く跳び上がって天井を突き抜けてしまいそうなほどだ。


 一方、私だってそこまで頼りにされたなら一肌脱ごうって気になる。大丈夫、今日は服の下に水着を着てるから、上着を脱いでも角度のおかしい光やモザイクは必要ない。


「そういうことならボクも一緒に猿沙さんのお父様のところへ行くよ。いのりん、準備をするから少し待ってて。あと紙とペンを持ってきてもらえる? 猿沙さんの住所とか電話番号をメモりたいんだ」


「はーい」


「いつも助けてくれてありがとう、いのりんっ♪」


 社長は息のかかる距離から私を見つめてニッコリ。思わず胸がドクンと大きく跳ねる。そして血流が急激に早くなって、全身が熱くなってきて収まらない。


 ……だから社長、不意にそういうことするのはやめてくださいッ!





 事務所を出発した私と社長は猿沙の実家である老舗の超高級料亭『黄紀伊屋』にやってきた。先ほど客を装って店内に入り、提供された料理に難癖を付けて主人である猿沙の父親の紋貴もんきを呼び出したところだ。


「……失礼いたします。料亭の主人、黄紀伊紋貴でございます」


 やがてふすまの向こう側から低くて太い声がした。そして中に入ってきたのは声のイメージ通りのダンディな中年男性。若草色の和服を着ていて、額に深く刻まれたたくさんのシワが渋くてカッコイイ。


「お客様、お料理がお気に召しませんでしたでしょうか?」


「実はボクたち、雉羽くんと猿沙さんの代理人として話をしに来たのです」


「っ!」


 社長の言葉を聞いた瞬間、紋貴さんはカッと目を見開いた。そした途端に不機嫌になり、眉間にシワを寄せてこちらを睨んでくる。


「お話しすることはございません。なんと言われようとふたりの結婚には反対です。どうかお引き取りを」


「雉羽くんに何かご不満でも?」


「当然だ! 婿入りしたのち、料亭を閉めてタコス専門店をやりたいなどという男は絶対に認められん!」


 紋貴さんは額に青筋を浮かべ、唾をまき散らすほどに叫んだ。顔も真っ赤になって、血圧が上がりすぎていないか心配になるほど。もはや完全に冷静さを失い、おそらく周囲の状況が見えていない。


 ――でもっ、だからこそ今が私の計画を実行する絶好のチャンス!


「ぅおらぁああああぁっ!」


 私は隠し持っていた愛用の釘バットを手に取り、紋貴さんの後頭部に向かって力の限り振り回した。これなら確実に特大ホームランっ♪


 だが、そう思った瞬間、なんと紋貴さんは残像拳を使ってその攻撃を回避。私の振り回した釘バットは唸りを上げながら虚しく空を切った。即座に二撃目を加えようとしたが、すでに体勢を整えられてしまっていて隙がない。


「手癖が悪いな、小娘?」


「チッ……」


 悔しい。ここまで完璧に回避されるとは。でもあれだけ素早い反応が出来たということは、こちらの考えを警戒していたということだ。


「最初から私を抹殺しようという魂胆だったのだろう? 父母が死別や蒸発などでどちらもいない場合、誰の同意も必要とせずに結婚できるからな」


「――仕方ないですねぇ」


 緊張感に満ちてピリピリとした私と紋貴さんの会話を不意に遮り、社長は気のない声を上げた。そして彼はポケットから一枚の紙切れを取り出す。それはA4サイズの紙を四つ折りにしていたもので、内側には黒色のペンで何かが書かれているようだ。


「なんだ、その紙切れは? 風俗店の割引クーポンか?」


「遺書です。雉羽くんと猿沙さんの」


「遺書だとっ!?」


「ふたりには無理心中の覚悟をしてもらい、書いてもらいました。話し合いがまとまらないなら、あの世で一緒になるしかないですからね。今夜、約束の時間までにボクが戻らなかったら無理心中を実行することになってます」


「なっ、なんだとッ!?」


「迷ってる暇はないですよ? 彼ら、死にますよ? あのふたりなら本気でそれをやりかねないと、あなたも分かってるんじゃないですか?」


 ここぞとばかりに社長は言葉の刃でたたみかけた。精神的に完全優位に立っている。そして私が見る限り、すでに勝負は付いたと思う。ペンは剣よりも強し……か……。


 直後、紋貴さんは両膝からガクッと崩れ落ちて四つん這いになる。


「……私の負けだ。娘の命を盾にされては結婚を認めるしかあるまい」


「賢明なご判断です。さすがは黄紀伊屋のご主人。器の大きい御方です。大丈夫、雉羽くんと猿沙さんの想いは本物です。紋貴さんもそのことに気付いてますよね?」


「……さてな」


 肯定とも否定とも捉えられる紋貴さんの返事。ただ、そこにはどこか吹っ切れたような、さっぱりとした気配が感じられるのは確かだ。力一杯戦った結果、勝負に敗れて悔いなしといった軍人さんのようにも見える。


 その後、紋貴さんは結婚の同意書を書き、社長に渡したのだった。





「いのりん、この遺書は処分しておいて」


「はーい」


 黄紀伊屋からの帰り道、私は社長から遺書を受け取った。もちろん、読んじゃダメだなんて言われてないので中身に目を通してみる。


「えっ!?」


 次の瞬間、私は思わず小さく声を上げてしまった。なぜならそれは猿沙の連絡先が書かれたメモだったからだ。


 そっか、遺書だというのは嘘だったんだ。そうだよね、ふたりが遺書を書いている様子はなかったし、その時間もなかったはずだもん。無理心中の打ち合わせだって出来るはずがない。社長も咄嗟に思いついたにしてはうまくやったもんだ。


 …………。


 ……咄嗟に? 本当にそうなのだろうか? ま、結果オーライだからいいけど。



〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

万事解決! ウマシカ企画社 ~4件目・紙とペンと民法第737条~ みすたぁ・ゆー @mister_u

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ