後悔もいつでも

 改めて自己紹介です。

「七海紫織です。京ちゃんと同い年で、スペル持ちです」

「七海美織です。お姉ちゃんの妹。プロンプトです」

 カルミアさんは微笑んで礼を返してくれました。

「よろしく。カルミア・ヴァラセピス。リソース持ち」

 アステリアさんはもじもじしながら、カルミアさんの後ろから私たちを窺っています。

「……アステリア・ヴィアレーグ。神秘は、秘密……」

「ご、ごめんね。アスはちょっと、色々あって……」

「大丈夫です。……私たちの方こそ無遠慮にお邪魔してきて、すみません……」

「……」

 アステリアさんが移動してきて、私に後ろから抱きつきました。

「はわ⁉︎」

「紫織、いいひと。……ありがと」

 あまりの可愛さに胸が爆発しそうです。

「アスって呼んで?」

「……ひゃい……」

 頬ずりが。アスさんのもっちりすべすべの頬が私の顔にとってももっちり。

「お、お姉ちゃんずるい……!」

「美織も、する?」

「はわぁ……」

 首を傾げる姿さえ気品と可愛さがギュッと詰まっています。

 どうやらアスさんは、視線を合わせることが辛いようなので、美織も前を向いたまま頬ずりを受け入れています。

「ん」

 ふと見ると、他の皆さんは私たちの方を微笑ましいものを見る目で見ていました。

「アスって可愛いよな」

「可愛いです」

 二人の言葉には同意するほかありません。

 カルミアさんは優しい眼差しでアスさんと美織を見守っています。

「美織、プロンプト。ワタシのお兄ちゃんと、同じ神秘。好き」

「あふわあ」

 アスさんのあまりの可愛さに美織が骨抜きです。

 はらはらと見守っていると、リーネアさんが私を見て言います。

「お前ら二人歩きで来たんだよな?」

「あ、はい」

「来てくれて嬉しい」

 京ちゃんはいつも可愛いです。

「汗かいてない?」

 秋とはいえ、まだ暑さは残っています。

「かいてるけど……帰りに銭湯に寄って行くから大丈夫ですよ」

「うちで風呂入ってけよ」

 リーネアさんが提案してくれました。

「い、いいのですか?」

 ありがたいですが……

「俺は別にいいよ。どっちにしろ送るし」

「ふえ⁉︎ そ、そこまでは……!」

 申し訳ないです。

「湯冷めしてもなんだし、遠慮すんな。風呂溜めてくるわ」

「お願いします」

 お風呂場に向かうリーネアさんに、京ちゃんが手を振ります。

「……その。紫織も受験来月で、美織ちゃんも忙しいの、知ってるんだけど」

 京ちゃんの声が、少し落ち込んでいました。

「……話したいことがあって……」

「……」

 明朗なこの人が落ち込むなんて、よほどのことが……

「私、佳奈子に、避けられてるなあって」

 ああ、そのことでしたか。

 それは事情を話しづらいです。

「…………。もしかして、佳奈子に何か嫌なことして、私、忘れてるのかな……」

「それはないです」

「え」

「佳奈子ちゃんは嫌な思いをしたら、その時点でちゃんと口に出して伝えるひとです」

「……」

「もしそのやり取りを京ちゃんが忘れていたとしても、伝えて仲直りできてたら、佳奈子ちゃんは避けたりしないです。絶対そうです」

 知り合ったばかりの頃、世間知らずでとろい私は佳奈子ちゃんに何度か迷惑をかけてしまっていました。

 ですが、佳奈子ちゃんは、私が気付かぬうちに迷惑をかけてしまった時ははっきり伝えてくれて、私は謝って仲直りしました。

 だから、今の佳奈子ちゃんが京ちゃんを避けているのは、佳奈子ちゃん自身の問題です。

「…………」

 伝えてみると、京ちゃんの瞳にじんわりと涙が浮かびました。

「また、忘れてるのかなって、思ってた……」

「……大丈夫ですよ。大丈夫」

「っ」

 涙を拭ってから、困ったように笑います。

「今日の私、なんだか泣いてばっかりだ」

「何かあったんですか?」

「ん……お兄ちゃんのお墓に行ったの」

 京ちゃんの様子から、お兄さんが居たのには気づいていました。……それを思い出せなくなっていたことも。

「良かったですね」

 心からそう思います。

「……うん」

 ふんわり笑う京ちゃん。

 元気を取り戻してくれて、嬉しいです。

「ね。私にも、敬語抜きで話してほしいな」

「ふ、ふわ……」

「なんでお姉ちゃんと京さんイチャイチャするのー⁉︎」

「女の友情?」

 背中にアスさんをくっつけたまま飛び込んでくる美織。仲良くなってくれてお姉ちゃんは嬉しいです。

 カルミアさんが密かに笑っていました。



 お風呂から上がり、京ちゃんの服をお借りします。

 京ちゃんと私の背丈はだいたい同じです。高校ジャージ。美織は京ちゃんの中学ジャージ。

 京ちゃんのお部屋にお邪魔しております。

「サイズどうかな」

「ぴったりで……ぴ、ぴったりだよ!」

 方向転換してセーフです。セーフ。

「ふふっふ」

「京さん、これ星丘のジャージ?」

 美織は星のモチーフがラインに入ったズボンを見て質問します。

「あ、うん。私、高校から平沢北なんだ」

「そうなんだ。……なんだか、レアな気分……」

 美織曰く、星丘中学はレベルの高い私立中学校だそうです。この地域からは遠いこともあって、珍しいのだとか。

「あはは、ただのジャージだよ」

「入っていいか?」

「あ、先生。どうぞ」

 リーネアさんがアイスとお茶を差し入れしてくれました。『カルとアスが面白いからリビングにいる』のだそうで、何かあれば呼べと言い残して戻って行きました。

「……美味しいれふ」

「爽やかなシャーベットだね」

 フルーツの風味と軽い食感が風呂上がりの体にほどよいです。

「ね。もし良かったら、今日泊まっていかない?」

「! いいの?」

 美織がぱあっと顔を明るく。私も同じです。

「うん。今日ならまだ土曜日だし……私も、その。今日は……なんだか寂しくて」

 明るくしっかりものな彼女も、たまには落ち込むこと悩むこともあるのでしょう。

 少しでも支えてあげられるのなら。

「……京ちゃんとリーネアさんがいいのなら、喜んで」

「ありがとう!」

 京ちゃん可愛い。

 光太くんもきっとこういうところにノックアウトされたのですね。微笑ましく思えます。

「そうだ。勉強もする?」

 京ちゃんの質問に、美織が赤い顔で答えます。

「中間テストは、二週間後に……」

「じゃあ早速。私の中学時代の参考書あるから、苦手科目からやっていこう」



  ――*――

 リビングに戻ると、カルとアスがソファに仲良く座って待っていた。

「二人泊まって行くってよ」

「それはいいね。三人ともに有益な選択だ」

 カルの異能のうちの一つは《鬼神の瞳》。未来視が可能な異能だ。

「お前わかってたんじゃねえの?」

「見えていることが確定するかどうかはわからないんだよ」

「よくわかんねえ」

「確定事象か可能性を垣間見ているのかで未来視の性質は大きく違うよ」

 そんなもんか。

「京ちゃん、安定しているようでいいね。……東京に来たら、いざとなったら僕のところに連れてきてね」

「わかってる」

 心療はカルの専門だ。

 カルに抱きついているアスも、昔はカルに心を治療してもらっていた。

「お前らは泊まってく?」

「若い女性たちがいるから」

「いや、お前らが帰ったら俺一人になるんだけど」

 女性陣を口実にするならそこも考えてほしい。

「…………」

「……俺もお前らと話したいことあるし」

 今日初めて兄だと知った。

 聞いてみたいことや、言いたいことはいくつもある。

「じゃあ、お世話になろうかな」

「ん」

 カルが頷けばアスは自動で承認する。

「リナ、すきすき」

「カルに抱きついとけ」

「あなたと会うの、珍しい」

「……」

 カルに目を向けると、『いいと思うよ』と言った。実質お前の嫁なんだからなんとかしろよ。

「……だめ?」

「いや、それでお前が落ち着くなら、いいけど……」

「ありがと」

 ぎゅむ。

 躊躇いがない。

「ところで、リナ。俺に言いたいことはなに?」

「心読むなゴーグルしろ」

「……そうだね。そろそろ疲れてきた」

 素直にゴーグルを装着する。

 口元しか見えないから、自分と同じ顔だとは思わなかった。

「母さんのこと殺した。会わせてあげられなくてごめん」

「…………」

 カルがぽかんとした。

 咳払いしたのち、震えた声。

「す、ストレートに……いうんだね……」

「誤魔化しようもねえだろ」

 だって殺しちゃったし。

「……」

 カルは麦茶を飲んで喉を潤してから返答する。

「母さんが……おそらくキミによって死んだことは、わかってたよ」

「ふうん」

「四歳の頃、いきなり悲しくて涙が止まらなくなったことがあったから」

 殺したの四歳の時だ。

「……」

「あまりに悲しすぎてはっきり記憶がないんだけど、父さん曰く、僕は『母さん死んじゃった。母さん殺した』って言いながら泣き続けたらしいよ」

「ごめんなさい」

 俺は母の死をまともに悲しむことさえできなかった。

 パターンの副作用と妖精の精神状態こみだったが、自分で殺しておいて悲しむ資格なんかないということなのだろうと納得していた。

 でも今は悲しい。

 今になって母さんに会えないことが寂しい。

「……これで泣くんだね。忙しい弟」

 涙が落ちてダイヤモンドに変わる。

 文章だと神秘的に思えるが、現実ではただ痛くて邪魔なだけだ。

 変わってしまう前に、アスがくれたタオルで目を押さえる。

「ずっと、黙ってたのに。お前も父さんも知ってたんだな」

「……うん」

「言わなくてごめん」

「いいんだよ。そう思うと、僕はキミと双子なんだなあって……思えるし」

「……ん」

 アスは俺を撫でてくれている。未来の兄嫁が優しい。

「僕が何を言う資格もない。……質問に移ってくれて構わないよ」

「わかった」

 遠慮なく。


「父さんは昔からあんな感じなの?」

「あ、そういう質問なんだ……」

 どこか身構えていたカルは、脱力して笑った。

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