第2話 次の日は雨

今日は朝から雨が降っている。


僕は、中学生の頃から小説を書いていた。

当時はファンタジーが流行っていたこともあって、魔法使いや超能力者を題材にしたものを書いていた。


専らクラスの中では、新連載の漫画やアニメの話で持ちきりだったのだが、僕は話の輪に入ることはあっても、何となくの相槌を打つだけで、そのようなものに興味が無かった。


高校に入学すると同時に軽音楽部へ入り、ピアスを開け、制服を着崩すことがステータス。

小説を書くことを止めてしまっていた。

いわゆる高校デビューというやつだった。

バンド活動の中で、中学生の頃とは違う自分を見出せたような気になっていたのだが、何一つ内面は変わっていなかった。


沸々と湧き上がる。


言葉を書き並べろ、ストーリーを作れ。


頭の中にある言葉を、文字に変えろ。


そんなことばかりが、頭をよぎり掠めては、今の自分とは何かを問い詰める日々が続いていた。


そして、自然と大学の進路は決まっていた。


文学部だ。


自分の頭の中にある空想を、ひたすら書き殴る作業。

これは友達であろうと、進路指導の先生だろうと、担任教師であろうと、親であろうと止めることはできなかった。


僕が望むものがそこにある。

頭の中にストーリーが浮かぶ。会話が浮かぶ。誰でもない、僕が描いた人物同士が話し始める。


そうして書き殴ったストーリーが沢山生まれた。

目の前には、受験が控えていた。

僕は、文学部のある大学ならどこでも良かった。

経歴に過ぎない。そう思っていた。

ただただ四年間、自分の書くものを突き詰めたかっただけだったのだ。


そして、受験は終わり学力に適当な大学へと進学した。

自分が想像していた文学部と入学してからのギャップと闘いながら、何を間違えたのか、聞いたことを鵜呑みにし過ぎたのか、芸能サークルへ入ってしまった。


そこで初めて、夏菜子と僕は出会った。


芸能サークルと言えど、演劇が中心でサークルのメンバーが全て、一つの作品へと情熱を燃やして活動していた。

その中で、小説を書いていたことが受けたのか、演劇の脚本を任されることになった。


昨夜の夏菜子との電話をして以来、学生時代を思い出して、少しばかり感傷に浸り、打ち合わせ中も何だか上の空だった。


雨の降る中、出版社での打ち合わせを終え、地下鉄へと急いだ。


夏菜子は学生時代の頃から、モデルの仕事をしていた。

最近、たまたま立ち寄ったコンビニの雑誌コーナーで、見たことのある笑顔が表紙のファッション雑誌を見つけ、夏菜子であることを知ったのだった。


最寄りの駅で降り、地上へと向かう。


やはり、まだ雨が降っている。


少し急ぎ足で帰宅した。


携帯を取り出して、メールをチェックする。

編集担当から、先程の打ち合わせでの決定事項や変更点など、次の連載の話が書かれていた。


夏菜子に電話しなければ。


昨夜から夏菜子、夏菜子、夏菜子。


事あるごとに夏菜子が頭を埋め尽くしている。


通話履歴から夏菜子の番号を選択して、コール音が耳元で鳴る。


「もしもし、夏菜子?」


…留守番電話サービスに接続します

…ピーという発信音の後にメッセージをどうぞ


「なんだ、留守電か…仕事中かな。」

「打ち合わせ終わって帰宅しました。今からは自宅にいるので、また連絡下さい。」


そうメッセージを残し、電話を切った。


もう一度、夏菜子の名前で番号を登録して、折り返しの電話が来るのを待つことにした。


仕事は、連載の締め切りが週明けにあるだけなので、さほど忙しいわけではない。

余裕があるので、今やらなければいけないわけではない。

かと言って何かをして待っていないと、気持ちが落ち着かない気がしていた。


少し気持ちを落ち着かせようと、ベランダでタバコに火をつけようと思ったが、まだ雨が降っている。

そして、三月半ばということもあり、少し肌寒い。

結局、キッチンの換気扇の下でタバコに火をつけ、スマートフォンを片手に、特に興味もないトレンドニュースに目を向け、インスタントコーヒーを口にする。


何もしない無音の時間だけが過ぎていく。


きっとモデルの仕事というものは、自分の仕事よりも、華やかで忙しく、目まぐるしい時間の中で生きているんだろう。

そんなことを勝手に思いながら、また夏菜子のことを考え始めた。

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レモン入りの水 芝浜 与一 @shibahama

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