時代の変化と共にあるもの。

鈴野前

想いと知らせ

 朝起きて、はじめにする事は、ポストの確認。

 海外に行ってしまった。あの子とのやり取りには、手紙を使ってる。

 一応言うと、紙で、デジタルではない。


 確かにスマホのメールやSNSに電話。互いの安否確認や簡単な意思疎通ならば、それでいい。


 けれど、その日の出来事を紙に詰め込んだ文章に並ぶ手書きの文字には、綺麗に整っただけのデジタルの文字なんかより、ずっと気持ちが伝わってくる。


 それに保存にも優れていて、SNSのようにタイムラインが流されていくことはない。


 紙とペンは古くから、人間と共に歴史を歩んできた。


 歴史を記すのはペンの役目で、それを残すのが紙の役目。

 そして、それを見て知識を得て、発見をし、感情を抱く。


 それは何千年も続いた事。


 なにより、文字を書くペンや便箋の柄。

 たまにはL版の写真の裏に……と、相手の事を思い考える時間は、まるで彼女が目の前にいるかのようで、彼女の好きな料理を作る時と同じ気分になれて好きだ。


 今日は何を書こう。

 先週書いた桜の蕾が咲いたこと?


 いや、これは駄目。


 じゃあ、彼女の好きなミントアイスのこととか?

 最近コンビニに新作のミントアイスが入ったし……うん、いいかもしれない。


 万年筆に新しいインクを詰めて、今日もあの子に宛てて、手紙を書く。


 いつもとは違う。

 最後の手紙。

 これが届く頃には私はここにはいない。


 これは最後のお便り。

 明るく、見ただけで楽しくなれるものが良い。


 新しい旅立ちが良いものと成るように、祈りを込め文字を綴る。

 *******

 今日も、手紙が届く。


 彼女からだ。


 綺麗な便箋に、色鮮やかな文字が踊る様は彼女の朗らかな笑顔を思い出させてくれて、胸が暖かくなる。


 いつも、楽しそうな彼女の手紙を読む度に、彼女の待つ、あの部屋に帰りたくなる。


 本当は手紙を書きたいけれど、最近は忙しくて、疎かになってしまっていて、電話で話すことの方が多い。


 きっと、隠し事をしているのはバレてるのだろう。

 だから、いつもより手紙の頻度が多くなってる気がする。


 けれど、手紙を書こうものなら、全てを見透かされてしまいそうで、少し怖くなっている自分がいる。


 怖いなんて思う必要はない。

 彼女なら笑ってくれるだろう。


 けれども、いまはその明るさが身近に無いことが、私をより不安にさせる。


 電話は、「電話越し」なんて言うくらいで、音としてしか、存在してくれない。


 私は、彼女の温もりや香り、表情を求めてる。求めてしまっている。


 遠距離恋愛は、こんなにも寂しくて、辛いものなのか、わざわざ留学なんてしなければよかったかもしれない。


 恋しい。

 あの笑顔に、暖かな香り、優しい温もり。その全てを思い出す。


 ピンポンとチャイムが鳴った。


 はい、と扉を開くと――


「来ちゃった」


 と、彼女が言う。私は笑えてるだろうか、笑顔を崩さないでいられてるだろうか?

 泣いてないだろうか。


「会いたかった」

「私も。はい、これ」


 と、手渡されたのは手紙。

 こんな時にもか、と思ってしまうけれど、彼女らしい。


「転勤でね、数年外国行けって言われたから、来ちゃった」


「え、じゃあ?」


「うん」


 手紙に目を落とす。


 ――好きです。愛してる。


「私も、愛してる」


 彼女は照れくさそうに微笑んだ。

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時代の変化と共にあるもの。 鈴野前 @suzunomaehasakukusiro

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