◇第二十一話◇

「お前らも面談終わったんだろ。帰らないのか?」


「あー、俺はちょっとサッカー部の見学して来るつもりだから、まだ帰らねぇな」


「サッカー部入るつもりなのか?」


「いや?そもそも部活決まらねぇから、運動系の部活片っ端から回って行くつもりよ」


それでサッカー部か、と薫は頷く。この学校にはサッカー部の他に、野球部、テニス部、バドミントン部、バスケ部等々存在している。中でも人気なのは野球部。クラスの男子の半分以上が野球部だったりする組もあるくらいだ。丸刈りだらけなのが玉に瑕だが。


しかし、髪型を強制的に変えられるのが嫌だという理由で、蓮の中で野球部だけは却下とされていたようだ。


「つーことで、じゃーな!」


楽しそうに両手を振り、去って行く。片手で充分なはずなのだが、余程楽しみなのだろう。一人でスキップをしながら行ってしまった。


「朝霧くんって、何か色々と変だよね。頭のネジ外れてて」


「十万二本くらいは外れてるだろうな」


「さすがに外れすぎじゃない?何その残りの二本」


普通に話している二人を、瞬きもせずまじまじと見つめ続ける薫。しっかりと声を聞いたのは初めてだと、謎の感動が襲ってきたようだ。


「雨夜は何の部活入るつもりなんだ?」


「俺はこのまま帰宅部希望だな」


瞬間、ピタリと稜の周りの時間だけが停止した。まるで幽霊でも見た時のような感覚で。


それに反するようにして、薫はニヤリと腹立たしいほど嬉しそうな笑みを浮かべる。それを見た稜は癪に触ったのか、これでもかというほど眉をヒクつかせた。


「そうかそうか、帰宅部希望かぁ……」


流れとはいえ、その流れに流されてしまった自分を責め立てる。ここまでシカトを貫き通してきたと言うのに、まさか相手の戦略で流されてしまうとは、なんと情けないことか。


そして何よりも腹立たしいのは、薫の自慢げな顔である。勝ち負けがあるわけでもないのに、負けた気になってしまうのは何故なのか。


「ま、今日は春も見学して来るって言っていたし、共に帰ろうではないかお二人さん」


「えっ、僕も?」


お二人、ということはまさか自分まで数に入っているわけではなかろうなと思ったような奏だったが、案の定数に入れられていたようだ。


「当たり前だろう副学級委員。仮にも同じクラスだし、シュークリームの話でもしながら親睦を深めてだな」


「シュークリームファンなの?」


「いや?」


好きなんじゃないのかよ、と心の中でツッコミを入れる。何故そこにシュークリームが出てくるのか。見た目大人びたクールな女子高生なのに、ギャップが物凄い。物凄い馬鹿だ。


結局帰りは三人になり、面倒臭そうな顔をする稜と、いつの間にか仲良くなっている奏と薫。謎メンツ過ぎて最早訳が分からんと内心感じた稜のことは内緒である。






「じゃ、僕はこっちだから」


小さなT字路。どうやら奏の家は、曲がり角を曲がらず真っ直ぐ進む道の先にあるようだ。


また明日、と告げ二つに別れ、成り行きで二人っきりになってしまった稜と薫。


薫はあまり気にしていなさそうだが、稜はいつにも増して不愉快そうであった。


右の道を行き、何気ない会話をする。会話というよりは、薫の独り言のようになってしまっているが。


「一学期の中間テストは確か五月だったか。予習をしておかないとな」


天然バカのくせして、そういうところは見た目にそぐわしい、不思議な人物だ。授業開始まで後僅か、他の生徒より先へ行かねば、トップを取ることなど出来ない。それが彼女の方針のようだった。


「一位こそ全て。それが私が唯一決めたルールだ。勉強はあまり好きではないがな」


勉強だけじゃない。技術力、運動神経、美的センス。全てにおいて一番を狙う、狙わなければならない物だと、彼女は明言する。


技術力、美的センスは兎も角、学力と運動神経だけは恐らく、万が一にもこの学校で薫は一位になれない。そう稜は確信を得ていた。


理由は至って簡単。朝霧 蓮という男が、この学園に存在しているからだ。が、何故だかそれを彼女に伝えることは出来なかった。


言ってはならない、そんな気をさせるほど、彼女の表情は険しかったからだ。しかし、このまま時が過ぎていってしまえば、否が応でも現実を知ることになってしまう。


薫は学年トップ、全科目一位を目指している。が、それではこの学園で一位などまず取れない。全科目満点。それ以外は二位以下。そう、決められている。


それだけでさえ一位を目指す人間としては、悔しくてたまらないだろう。だが、その上更に言ってしまえば、蓮は稀に見る天才だ。故に、彼はテスト前に勉強などほとんどしない。


にも関わらず、テストは毎回全科目満点。そんな人物に勝つには、ただの学年一位を目指すだけでは駄目なのだ。


関わりのほとんどない相手に対し会話をすることはほとんど無に等しい稜だったが、今回ばかりは別の意味でも薫の言葉に応えることは出来なかった。


何故そこまで一位にこだわるのか。理解出来ずとも、何となくの雰囲気で察することは出来る。きっと彼女にとっては、それが全てなのだろう。簡単に「諦めろ」などとはとてもじゃないが言えない。

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