当麻叶泰Ⅰ-4

「事情はわかった」


 アルコールが飲めない代わりに、重度のカフェイン中毒である当麻は本日何本目かわからないコーヒーをすすりながら、そう答えた。


「じゃあ、何か、その桐山ってやつと、神那葉子っていうやつがお前を研究していて、土壇場でその神那ってやつが裏切って、お前を逃がしたってことか?」


 こくりと悪魔はうなずいた。


「さらにいうその桐山が月島なぎさってやつを使って、お前らが住んでる世界とこの世界を繋げようとしてるってことか」


 ふたたび悪魔は頭を垂れた。


「その門が開いて、世界が繋がったらどうなるんだ?」


 ——私たちの世界と、人間界との境目がなくなる。


「境目がなくなる?」


 ——不透明な姿が確実なものとなり、力を発揮できるようになった悪魔がこの世界に進出してくることになる。


「透明な姿って、俺にははっきりお前が見えるけどな」


 ——実体化に力を使っている。下級のものなら維持すらできない。


「ふーん、よくわかんねーけど、お前が特別ってことか」


 ——人間は蹂躙され、滅亡する。


 ちゃかしている当麻とは対照的に、悪魔の語りは深刻そのものだった。


「で、お前はどうするんだ? 一緒になって俺たち人間を食っちまうのか?」


 悪魔はしばらく考え込んでいるようだった。


 ——神那葉子は助けてほしいといった


「誰を?」


 ——月島なぎさと、芽実という子だ。


「また新しい登場人物かよ、てか、月島なぎさって桐山の協力者じゃねーのかよ? 何て助ける必要があるんだ? 話の筋がさっぱり見えねーぞ」


 ——心を救ってほしいと言っていた。


「あっ?」


 ——あの女性は月島なぎさの手を握り、その心を慰め、助けてほしいと言っていた。


 当麻はにやついていた顔をやめ、真顔になった。


 ——世界が繋がれば、瘴気が町に溢れ、力を完全に取り戻すことができる。そうなれば肉体の傷など、いくらでも修復することができる。だから、芽実という子に関しては問題ない。だが、月島なぎさは別だ。心の傷を癒し方など、私は知らない。


 悪魔はすがるように、当麻を覗き込んだ。


 ——教えてくれ、どうすれば心を救うことができる?


「そんなもん、俺がわかるわけないだろ」


 当麻は吐き捨てるようにそう言い放った。


「お前はどうしたいんだ? そいつのいうとおり月島なぎさってのを助けたいのか?」


 強い言葉で否定され、しょげている悪魔を横目に、当麻はそう訊ねた。


 ——迷っている。


「迷ってるだって?」


 当麻は驚きから、つい大きな声を出してしまった。


 こいつと神那葉子との関係がどういったものだったかは知らない。だが、ためらうことはないはずだった。悪魔と人間だ。関係ない、見捨てる、それが普通の答えだろう。なのにこの悪魔は戸惑っているのだ。


 当麻は呆れながらも、さらに質問を続けた。


「お前、その2人に会ったことはあるのか?」


 ——芽実という子は写真を見せてもらった。この町の病院にいるのもわかっている。月島なぎさも直接会ってはいないが、誰かはわかる。


「なんでわかるんだよ。見たことないんだろ?」


 ——人間は気づいていないみたいだが、無意識のうちに波長……というのがわかりやすいと思う。それを放っているんだ。波長は十人十色で、私はそれを区別することができる。月島なぎさも同じ施設で研究されていた。身近にいれば、特定するのは容易だ。


「十人十色とかいろいろ言葉を知ってるんだな」


 ——この国の言語はある程度理解した。発音は独特でまだ時間がかかるが、こうして会話するなら問題ない。


「そうか……」


 見た目からはまったくそうには思えないが、どうやらこいつは他の悪魔とは一線を画しているらしい。 


 ——それに桐山は月島なぎさを使って門を開こうとしている。結界がすこしでも弱まれば魔力はさらに解放される。そうなれば場所を特定することができる。そこに月島なぎさはいるだろう。もしいなかったとしても、その人物に深く関わりのある者がいれば、同じ月島なぎさの波長を感じることができる。それをたどっていけば自ずと本人に会えるだろう。


 当麻は悪魔の話をもう馬鹿にはしていなかった。さっきまではどこか絵空事のように思ってはいたが、口調からそれが真実であることは容易に予想できた。


「その門とやらはすぐにか?」


 ——いや、さすがにすこし時間はかかるはずだ。2、3日は安全だろう。


「なら、別にいま考えなくてもいいだろ。てか、もう5時だぜ。悪魔とやらは睡眠という感覚はないかもしれないが、俺ら人間はだいたいが寝てる時間だ。疲れてるし、すこし休ませてもらうよ」


 そう言うと、当麻はふたたび床に横になった。目をつぶると、睡魔はすぐにやってきた。意識が遠のいていくなか、黄ばんだ枕から父親の懐かしい臭いがしたような気がした。

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