当麻叶泰Ⅰ-3
アパートに着いたときは深夜3時を回っていた。隣の住民に気づかれないようそっとドアを開け中に入る。
「あがれよ」
玄関先でぼうっと突っ立っているそいつに向かって、当麻は乱暴に言い放った。
部屋に上がるなり冷蔵庫を開ける。ついさっきコーヒーを飲み干したばかりなのに、のどは干からびカラカラだった。当麻は新しい缶コーヒーを取り出すと、一気に半分ほど流し込んだ。
ふーと大きく息を吐く。
当麻はあらためて、目の前の羽のはえたそいつを注視した。やはり人間でない。ただ危害は与えてはこない、なぜかそれだけは妄信していた。
おもむろにテレビに視線を移す。つけっぱなしだった画面には名も知らないグラビアアイドルが水着姿ではしゃいでいるのが映し出されていた。季節外れのその光景が違和感しかなく、当麻は低く笑った。
——なぜ助けてくれた?
あきらかにテレビとは別の場所から声がした。当麻はあたりを見渡した。死んだ父親が化けて出たのかと考えたが、声色は若く、透き通るようだった。
——どうして助けたんだ?
当麻はゆっくりと、そこに立っているその人物に向きなおった。この部屋にはそいつと自分しかいない。しゃべっているのはそいつであると考えるのが妥当だろう。だが、その声は響くというよりは、脳内に直接入ってくるといった表現のほうが正しかった。実際、そいつの唇は固く結ばれたまま、すこしも動いてはいなかった。
「いましゃべったのはお前か?」
——そうだ。
ふたたび、頭の中から声が聞こえてくる。
——キミだけに直接語りかけている。
「そうか……」
当麻はさして驚きはしなかった。背中から羽が生えているのだ。テレパシーが使えてもおかしくない。
「お前はいったいなんなんだ」
当麻は当初から思っていた疑問を問いかけた。
そいつはすこし考えたのち、ゆっくりと答えた。
——キミたちの言葉で言うと、私は悪魔というものらしい。
その言葉を聞いて、当麻は飲みかけたコーヒーを吹き出しそうになった。どう見てもそいつの恰好は自分が知っている悪魔とはかけ離れたものだったからだ。
「そうか、悪魔か。じゃあなにか、俺を殺すのか?」
——いや、殺す理由がない。
ますます当麻はおかしくなった。人を貶めたり騙したり、快楽のためだけに無差別に殺人を犯す、それが悪魔ではないのか。
「そんな悪魔とか聞いた事ねぇな」
当麻は中傷的にそう笑った。
「で、その悪魔があんなとこで何してたんだ。もしかしてあのよくわからん施設から逃げ出してきたのか?」
そいつは何も答えない。表情は硬く真剣そのものだ。
「おいおい、マジかよ……」
捕らえられた化け物が脱走。いまどきそんなベタな展開、どこのB級映画だよ。当麻は呆れたように苦笑した。
——正確には逃げたわけじゃない
「どういうことだ?」
——解放してくれた。
「解放? どうして?」
——わからない
悪魔は本当に理解していないのか、考えあぐねているようだった。
当麻はやれやれといった調子で膝を床につけると、ダルそうに訪ねた。
「まあ、いいや。お前、名前はあるのか?」
——名前?
「呼び名だよ。悪魔でもあるだろ、そのサタンだとか、えーとデビルとか」
——アイ
「あっ?」
——愛すると字で、愛。そう呼ばれていた。
当麻はじっと悪魔の顔を見た。きめ細かな透き通るような肌と、つやのある髪がふわりとなびいていた。
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