当麻叶泰Ⅰ-5
目が覚めれば昨日のことはすべて夢で、あの悪魔は最初から存在しなかった。そんな考えは部屋の隅で壁に背を預け眠っている悪魔の姿ですべて否定された。
腕時計を見る。時刻は14時を回っていた。カーテンから外を覗くと、どんよりとした雲が空を覆っていた。音声検索で今日の天気と質問してみる。携帯電話は1日中曇りですと告げた。どうやら明後日ぐらいまで天候はすぐれないらしい。
当麻は寝ぼけた頭を覚ますため、普段より熱いシャワーを浴び、服を着替えた。髪を拭きながら、悪魔の様子をうかがう。悪魔の姿形など何も知らなかったが、その寝顔は普通の子供となんら変わりがなかった。やわらかな髪にそっとふれる。彼は目を開くと、まっすぐな視線でこちらをみた。
当麻は無性に恥ずかしくなり、目をそらした。ごまかすように、「何か食うか」と言いながら冷蔵庫を開ける。残りわずかとなった缶コーヒーのうちその1本と、夜食用に買っていたおにぎりをつかみ、彼に投げ渡した。
「食えよ」
悪魔はどうしていいかわかっていないようだった。
手本を見せるように缶コーヒーをあけ、おにぎりの包装を破る。
彼も見様見真似でふたを開けると、それを口にした。すぐにびっくりしたように目を丸くする。
「ブラックはまだ子供にはまだはやかったかな」
当麻がにやつきながらそうからかうと、彼はむすっとした表情をして、コーヒーを一気に喉に流し込んだ。意外と負けず嫌いなのかもしれない。
「無理に飲まなくてもいいよ。なにか別のものを買ってきてやる」
当麻は立ち上がると、近くのコンビニへ向かうため、部屋を後にした。
水や、サンドイッチを適当に掴み、レジへと進む。愛想のない店員が事務的で緩慢な動作でそれを袋詰めしていく。背後にはいったい何日分の食料を買うつもりなのか、カゴいっぱいに商品を入れた女性が、けだるそうに順番を待っていた。とてもいま自分が未知の生物をかくまい、やがて世界が滅亡の危機にさらされる状況だとは思えなかった。
終末とはこんな当たり前の日常から始まるのかもしれない。
当麻はアパートへと戻ると、買ってきたものを床に置き、
「ちょっと出てくる。しばらく帰らないと思うから、腹減ったら、それを食え」 ぶっきらぼうにそれだけ告げて、またすぐ外へと出た。
携帯電話を取り出し、月島なぎさと検索をかける。意外なことに情報はあっさりと出てきた。陸上で有名な子だったらしい。これならすぐに居場所を特定できるだろう。
当麻は知り合いの探偵へ月島なぎさについて依頼した。朝食兼昼食がてら、ファーストフード店で時間を潰していると、1時間ほど経ったのち探偵から返信があった。すかさず手帳に住所といま現在通っている高校名をメモする。高校がわかれば、あとは必要な書類を用意すればいい。手続きにいるためのものを調べたのち、これまた知り合いの中国人へ連絡する。めったにない申し出なのか、困惑気味だったが了承してくれた。明日には郵送するとのことだった。
当麻は金を指定の口座に振り込むことを約束すると、今度は商店街にある専門店で、規定の制服を購入した。サイズはと聞かれて迷ったが、けっこう背が高かったような気がしたので大きめのものを選んだ。まあ、問題ないだろう。
すべての準備が終わると、当麻はアパートへと帰った。
悪魔は出掛ける前と同じ姿勢のまま、ぼんやりとテレビを眺めていた。そんな彼に対して当麻は啓示のように言い放った。
「月島なぎさに、会ってみればいい」
悪魔はこちらを見上げ、意味がわからないといった面持ちをした。
「直接会って話してみればいい。救うとか助けるとか、そっから判断しても遅くはないだろ?」
悪魔はまだ迷っているようだった。
「転入に必要な書類はすべて手配した。明後日にはすべての準備が終わる。住所に直接乗り込むってことも考えたが、向こうはお前のこと知らないんだし、警察呼ばれたら終わりだからな。まずは同級生ということで、仲良くなってみたらどうだ」
当麻はいま買ってきたばかりの制服を彼の前に差し出した。
「それに学校には月島なぎさと仲いい奴もいるだろ。そいつらとも話してみればいい。波長とやらでわかるんだろ? 最悪、そいつらについて行けばいい」
——ついて行く?
「もし、万が一にもだ。誰かを救うことなんて方法があるとしたら、心の闇を振り払うことができるとしたら、それは家族だったり、友人だったり、そいつにとってかけがえのない人物である可能性が高い。同じ波長を持ってことは、そいつことを真剣に考えてるってことだろ。それなら、きっと手助けになってくれるはずだ。まあ、俺はそんな奴はいないと思ってるけどな」
——どうして?
「人間ってのはな、ずる賢い生き物なんだ。言葉巧みにうまく人を騙そうとする。だが、どんなに嘘をついても、かならずどこかでぼろが出る。それが行動だ。口ではきれいごと並べても、些細な動作からそれが偽物だとわかる。もし、そいつらが本物なら、身の危険が迫っても逃げ出そうとはしないはずだ。だが、いまの時代そんな人間は数えるほどもいない。善意を持って誰かを助けたところで、難癖つけられて糾弾されるのがオチだと全員が知ってるからだ。親が子を殺し、友達同士で蔑み合う、現実のニュースもそうだし、漫画も映画もゲームもそんなもんばかりが流行ってる。誰かを蹴落とすことに快感を覚えることが人間の本質なんだよ。それに——」
当麻は悲し気に目を伏せた。
「俺は生きててよかったと思ったことは一度もない。だから、お前の言うことがすべて本当で、結果この世界が滅んだとしてもどうでもいいと思ってる。むしろ1回まっ平にして、やり直したほうがいいと思うね」
当麻は一気にまくし立てた。
「お前がどちらを選ぶかは知らない。でも、結果はきっと、俺が思い描く通りのシナリオだよ」
当麻はそこまで言って不敵に微笑んだ。
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