月島なぎさⅠ-3

 憎い、悔しい、苦しい。


 さまざまな感情が入り乱れ、矢となって飛んでくる。そのすべてが私の体に突き刺さる。矢は私の肉を切り裂き、胸を貫き、四肢をもぎ、私をバラバラにする。動くこともできない。死体だ。無残に捨てられ、ぼろ雑巾のようになった、ただの残骸だ。


「私を消そうとしている。この世界を恨む原因をもう一度私に見せつけることで、私の意思を揺らごうとしている」


 なぎさはその場に倒れこんでしまった。


 胸が痛い。


 苦しくて、息ができない。


 もうすべてが嫌だ。


 何も見たくない。聞きたくない。


 いなくなりたい。


 消えてしまいたい。


 目をつぶれば闇が広がるように、すべてを目の前からなくしてしまいたい。


 私が痛がるのを見て、せせら笑うあいつも死んじゃえ。

 

 助けようとしない大人も死んじゃえ。


 みんなみんな、いなくなっちゃえ。


 そして、何も言い出せない、何もできない私も消えちゃえ。


 この世界のすべてが憎い。


 何もできない自分が煩わしい。


 すべて壊してやる。


 なにもかも殺してやる!



 感情が爆発しかけたとき、右手を誰かにぎゅっと掴まれた。


 そのぬくもりはいままで感じたことないくらい暖かくて柔らかくて、とても心地が良かった。


 顔を上げる。


 神那が悲しげな瞳を浮かべて、私の手を握ってくれていた。両手でしっかりと包み込んでいてくれた。


 優花が跪き、勢いよく私を抱きしめてくれた。


「苦しかったよね、辛かったよね」


 痛いくらいに力がこもる。


「ごめんね……本当にごめんね」


 回された指に背中に沈むと同時に、首筋に水滴が流れていくのが感じられた。


 人のぬくもりを感じる。心臓の鼓動が聞こえる。


 いま、私を抱きしめてくれる人がいる。


 もう大丈夫だ


 私は1人じゃない。


 なぎさは優花を引き離すと、立ち上がった。


「行こう」


 思い出したくない、思い出してしまう過去は消えていた。


 代わりに、目の前には1つの扉があった。


 あのときから、ずっと私はあそこにいる。


 放課後の誰もいない教室で、私1人だけがずっと机にうつ伏してたまま、そこにいる。


 なぎさは意を決すると、勢いよくその扉を開いた。

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