天宮聖羅Ⅶ-4
「何かわかりました?」
電話が終わるや否や、秀一が訊ねてきた。
「桐山の家庭環境についてはわかったけれど、前になぎささんが言っていたこと以上の情報は得られなかったわ」
「家庭環境?」
「奥さんがなくなっているらしいわ」
「奥さんは死亡。娘は植物状態か。投げやりになっても仕方ねーな」
「彼もいろいろ辛い思いをしたのでしょう。だからといって、いまやっていることが許さされることではないわ」
「そう、辛いことがあったからって……許されることじゃないんだよ」
誰に向けるわけでもなく、なぎさが天宮の言葉を復唱した。
「あと、例の化け物とも交戦したみたい。どんな武器を使用したかはわからないけど、たいした効果は期待できなかったみたいよ」
「結局、俺たち以外にあの化け物を倒せる奴はいないってことか」
「そういうことになるわね……」
「まだ犠牲者は出てないんですよね?」
「幸いそういったニュースは聞かないわね。さっき橘さんが何人か負傷したといっていたけど、口ぶりから死者が出たとは考えにくいわ。でも今後はどうなるかわからない。このままいけば間違いなく取り返しのつかない大惨事になる」
「早くなぎさを見つけ出して、桐山のやることを止めないと、まずいな……」
「そう、一刻も早く止めないといけない!」
まるで誰かを罵倒するような、力強い口ぶりでなぎさが言い放った。
「どうしたの、なぎさ。大声出して……」
気弱になっていた状態から急変したなぎさの態度に、優花はすこし驚いているようだった。
「辛いことがあったからって、悲しいことがあったからって、他の何にも関係ない人を巻き込んでいいわけがない。他人を憎んで、世界を恨んだからって、たくさんの人を苦しめていいはずがない。それは絶対に許されることじゃない!」
なぎさの目はいまにも噛みつこうとしている獣の目のように鋭く、血気に満ちていた。
「見つけ出そう、そして止めてみせる。絶対に!」
「そうね、月島さんの言うとおりだわ」
「でも、手掛かりがないとしたら次はどこへ行けば……」
天宮は迷っていた。怪しいと睨んでいる、小学校の裏山を調べるべきなのか。それとも——
「橘さんの情報では、商店街に巨大な化け物がいるらしいわ。退治すれば、煙の進行は緩やかになるはず」
「拡大する時間を稼ぐんですね」
「ええ、ここでじっとしてもしょうがないし、それにそんな強大な化け物が商店街を抜け、病院にでもたどり着いたら、たくさんの犠牲者が出てしまうかもしれない。いまはすこしでも私たちができることをしましょう」
「わかりました。じゃあ、とりあえずはその商店街に向かうんですね」
「俺も行くよ」
颯太が立ち上がった。
「たいした力になれないかもしれないけど、精一杯やってみる」
「そんなことないよ、杉野くんがいれば心強い」
「ええ、人数は1人でも多い方がありがたいわ。ありがとう杉野くん」
天宮の感謝に、颯太は照れくさそうに眼をそらした。そんなとげとげしい姿勢からふいに覗かせる柔らかな仕草が、彼が温かな人間であることを証明しているようで、天宮は嬉しかった。
「なんかあの頃に見たいだね」
「あの頃?」
「みんなでよく探検ごっことかしたじゃない」
「そういえばそうだね」
「それで学校の裏山を探検しに行って遭難したんだよね」
「優花ずっと泣いてたよな」
「だって、道わかんないし、真っ暗だし」
「それをずっとなぎさが慰めてたんだよな……」
「うん、みんな不安でいっぱいだったのに、月島さんだけはやたら元気で、だいじょぶだからって、ずっと励まし続けてくれたんだよね」
「いま思うと何の根拠もないよな」
「そうだね」
「あのときはもうこのまま死ぬと思ったけど、意外とすぐ目と鼻の先に民家があったんだよな」
「いつの間にか山を下ってたんだよね」
「保護されたあと、全員親と先生にめっちゃ怒られたんだよな」
「そうだね……」
秀一の顔が暗くなる。
「その遭難のことがあってね、母さんにもうみんなとは付き合ってはいけないって言われたんだ」
「……秀一」
「僕は言いなり人形だった」
秀一は顔を上げ、みんなを見つめた。そこにはあの小動物のように怯えていた弱さはどこにもなかった。
「でも、いまは違う。僕は月島さんを助けたい」
颯太と優花がその意見に賛同するようにうなずいた。
「よーし、みんなで私を探しに行くかー!」
またしてもソファーの上に立ち、こぶしを振り上げたなぎさを見て、くすっと優花が笑った。
「私を探しにっておかしいよね」
「しょうがないじゃない、私は私なんだから」
「そうだね、月島さんは月島さんだ」
突然、なぎさはぷぅっとほほを膨らませた。その矛先が自分に向けられてることに気づいた秀一がたじろぐ。
「秀一、最初からずうっと思ってたんだけど、その月島さんっていうのやめてくれない」
「えっ、あっ、はい」
「かといって、なぎさちゃんもNG。なんかこそばゆいんだよね、そう言われるの」
なぎさはけろっと笑顔になると、
「昔みたいに、なぎさって呼んでよ」と言った。
「俺も颯太でいいよ」
「私も柊さんじゃなくて、名前で呼んでよね」
「うん、そうだね。そうだ。みんな友達だもんね」
「友達か……」
颯太ははるか遠い昔のことを回想するように、秀一の言葉を繰り返した。夏の、からっとした晴天の、照りつける太陽のような懐かしさが、雲の隙間から差し込み、部屋を照らしていった。
「秀一、ごめんね」
物憂げに優花が謝る。
「体育倉庫でのこと。その……助けてあげられなくて」
「なに言ってんだよ、優花。俺がやったことだろ、お前は何も悪くない」
「ううん、颯太のせいだけじゃない。私も止めるべきだったんだよ。でも、その勇気がなかった。私にも責任がある。本当にごめんなさい」
優花が秀一に向かって、深々と頭を下げた。だが、肝心の秀一はなぜか彼女が謝っているのかわからないといった、さもとぼけるような態度で口を開いた。
「2人ともなんで謝ってるの?」
「えっ?」
「だってさ、かくれんぼしてただけでしょ、僕たち」
「お前……」
「でもさすがに見つかっちゃったよねー。本当は朝まで隠れていたかったんだけど」
颯太は皆に表情が見えないよう深く顔を伏せると、ちいさく息を吐くような小声で「バカ野郎……」とつぶやいた。小さな水滴が1つ、床へと落ちていった。
「ありがとう、秀一」
優花は潤んだ眼を指でぬぐうと、優しく微笑んだ。
秀一は無邪気に口元をほころばせると、おどけるように目くばせをした。
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