杉野颯太Ⅴ 真実

杉野颯太Ⅴ-1

 そこは買い物客が賑わう繁華街でも、無人の寥々たる通路でもなかった。過去のどの商店街のイメージとも異なっていた。雨でも傘を差さなくてすむようにと設置された屋根のせいで、黒い煙が空へと放出されずに滞り、数メートル先も見えないほど充満していた。まるで、まわりの草木ごと餌を飲み込もうとしている、怪獣の開いた口のような、そんな深い穴だった。


「研究所もたいがいだったけど、ここもかなりやばいな」


 懐中電灯で前方を照らしてみたが、か細い光は表面をなっただけで、奥まで届かなかった。


「全然先が見えないね」


「ええ、慎重に進まないと危険だわ」


 天宮は手元のわずかな光を頼りに、濃い煙の中へゆっくりと入っていった。颯太たちも後へと続く。生暖かい空気が露出した肌に触れ、それが撫でられているようで気色が悪かった。


「誰もいないのかな?」


「橘さんの話だと、警官や自衛隊はもう撤退したそうよ」


「そりゃ、こんだけ視界が悪かったら、満足に戦うことすらできないだろ」


「ええ、それに体調不良も原因みたい。防護マスクをしても影響があるというのが辛いみたいね」


「なんだか息苦しいし、すこし気持ちが悪い」


 優花がのどを押さえ、苦々しい表情をする。


「ある程度は耐性があるとはいえ、これだけ色濃く浸透していると、さすがに気分が悪くなるわね」


「なるべく早く化け物を倒して、ここも浄化しないと、僕らも厳しそうですね」


 秀一が不安そうにうつむく。


「安心して秀一。愛ちゃんがいるからそこは問題ないよ」


「どういうこと、月島さん?」


「愛ちゃんの力があれば、おぇっていう吐き気もキレイさっぱり消し去ることができるんだよ」


「神那くん、そんなこともできるの?」


 こくりと神那がうなずく。


「愛ちゃんは万能で、なんでもできるんだから!」


 なぎさはさも自分のことのように得意げに語った。


 そんななぎさとは対照的に、天宮はすこし訝しげだった。


 たしかにあのときはそこまで疑問に感じなかったが、いま思うと神那はあまりにもできすぎている。俺はせいぜい電撃を放つといった、ほぼ1つのことしかできない。それなのに神那は光の槍を作り出したり、体調を改善したりと、あらゆることをこなしている。いくら力をうまく使えるとはいえ、短時間で習得できるようなものではないはずだ。あいつはいったい何なのだろうか?


 そんな颯太の不安を表すがのごとく、数メートル先の煙が大きくうねった。敵かと、全員が身構える。


 だが、その動いた何かはこちらに襲い掛かろうとはせず、むしろ避けようと奥へと逃亡していった。神那が追撃しようと駆け出す。天宮となぎさが慌てて彼を追いかけた。


 颯太も後について行こうとしたとき、「きゃっ」という言葉と共に、すぐ後ろで誰かが倒れる音がした。振り向くと、優花が地面に膝をつけていた。


「だいじょうぶか?」


 すぐさま転んでしまった優花に手を差し伸べる。


「うん、ありがとう」


「暗くなってるからね、気をつけないと」


 わきから秀一が心配そうにのぞき込んできた。


「ケガはないか?」


「平気、転んだだけ。でも……」


優花は颯太の手を取り立ち上がりながら、先ほど神那たちが向かった方角を見た。すでにその姿はなく、黒い煙が分厚い壁となって遮断していた。


「はぐれちまったな」


「そうみたいだね」


「さすがに離れ離れっていうのはまずいか」


「でも、こう前が見えないと、探すのも大変だよ」


「だな」


「とりあえず携帯に連絡してみるね」


 秀一はそういうとポケットからスマートフォンを取り出した。電波はかろうじて1本立っていた。しばらく耳に当て応答を待っていたが、反応がなかったのか、あきらめたようにそれをポケットにしまった。


「ダメだ。でない」


「さっきの奴を追いかけて気づいていないんだろ。そのうちかけなおしてくるさ」


 颯太は楽観的にそう答えた。


「ここでじっとしてても無駄だし、俺たちの方でも神那たちを探すか」


「そうだね」


 3人で歩き出そう、そうしようとした矢先だった。

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