杉野颯太Ⅳ 夕焼け

杉野颯太Ⅳ-1

 研究所までの道中、昨日のような化け物に何度か遭遇した。そのたびに、みんなで力を合わせてそいつらを退けてきた。いや、力を合わせてというのには語弊があった。ほとんど神那1人で倒したといったほうが正しかった。


「愛ちゃんってすごいんだね」


 そう感嘆するなぎさの言葉からも、神那が尋常ではなくこの力を使いこなしているのが容易に理解できた。


 颯太はいまだ自分がどうやって力を発揮しているのかよくわかっていなかった。アニメやゲームの主人公がそうしているように、見様見真似で腕を突き出し、念じているだけに過ぎなかった。秀一も同様の動きをしていた。腹をくくったのか、化け物に慣れたのか、当初散見された怯えは薄れているようだったが、それでも完全に恐怖を拭い去ることはできないのか、どこかぎこちなかった。彼らの動作は傍から見ると不格好で珍妙なものに捉えられただろう。それでも彼らは自分なり必死だった。


 まばらで簡素な住宅や、工場らしき建物を縫うように進むと、区切るように高々とした壁が現れた。壁の上には無数のトゲが設置されており、よじ登ろうとする侵入者を拒んでいた。


 入り口を探すために外周を回ると、やがて大きな門が目に入ってきた。車が行き来するカーゲートの横に従業員出入口と見られる大人1人分の扉があった。その横には電子パネルのようなものが設けられてあり、おそらくそこにセキュリティパスのようなものを当てると、扉が開くのだろう。さらに門の横には宿舎のような建物があった。普段は守衛がおり、出入りする人を監視していると予想できたが、さすがにこんな状況のためかそういった人影は見当たらなかった。


「誰もいないのかな?」


「そりゃこんな状況だし、残ってるやつとかいないだろ」


「よっぽど慌ててたんだろうね、扉空いてるよ」


 秀一が半開きになった扉を恐る恐る押し込む。扉は金属音が摩擦するような音を立てながら、ゆっくりと動いた。その開け放たれた入り口の中へと、颯太が何の迷いもなく入っていく。


「ちょっと杉野くん、だいじょぶなの?」


「だいじょぶもなにも入らないと中を調べられないだろ」


「そうだけど、一応いろいろと警戒したほうが……」


「時間がないんだろ、そんな面倒なことしてられっかよ」


 颯太はぶっきらぼうにそう言いながら、どんどん先へと進んでいった。秀一たちも仕方なくその後に続いた。


 まっすぐ進んで行くと、広い中庭のような場所にでた。噴水があり、それを中心にぐるりと白く高い建物が並んでいる。1つ1つの建物はどれも5、6階ほどあり、かなり大きい。それらが威圧するようにこちらを見下ろしていた。


「はじめて中に入ったけどかなり広いね」


「そうだな……」


 颯太はその建物を見渡しながら「どの建物か覚えているか」となぎさに聞いた。


 なぎさは首を傾げ、うーんと考えこみながら、

「覚えてない」と言った。


「覚えてないって……よくここに来てたんじゃないのかよ」


「来てたけど、車に乗せられてついて行くままだったから、そんなはっきりをまわりを見てたわけじゃないんだよね」


「しょうがねぇなぁ、とりあえず適当に入ってみるか」


 颯太は目の前の段差を上り自動ドアの前に立ったが、反応はなかった。


「開かないな」


「さすがに鍵がかかってるよね」


「割って無理やり入るか」


「えっ、それはさすがにまずいんじゃないかな……」


「緊急事態なんだからそれくらい許されるだろ」


「でも……」


「じゃあ、どうすればいいんだよ」


 颯太と秀一が言い争っていると、神那があらぬ方向へと歩き出した。


「どこに行くんだよ、神那」


 その様子を見ていたなぎさが、

「あー!」と、急に大声を上げる。


「どうしたんだよ」


「思い出したの! 私、正面から入らなかった」


「正面から入らなかったって……じゃあ、どこから入ったんだよ」


「なんかいつも裏側に回って小さな扉から中に入っていた」


「裏口か何かってこと?」


「そうそう」


「なんでそんなとこから入ってたんだよ。お前ここで何してたんだ?」


「それは……ちょっと覚えてないんだけど」


「都合のいい記憶だな。まあいいや。じゃあ、とりあえずその裏口とやらに行ってみるか」


「でも、そこも閉まってたら……」


「そのときは扉を破壊して、強行突破だろ」


 段差を一気に飛び降りると、颯太は神那のあとを追った。


「なぎさ、どこらへんか案内してくれ」


「うん、こっち」


 なぎさはそういうと神那を追い抜くように、建物の裏側にむかって走り出した。

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