杉野颯太Ⅱ-2
携帯を手にしたまま呆然としていると、既読になったことがわかったのだろう、優花から再度電話がかかってきた。今度は無視をせず、素直にそれに出た。
「ニュース見た?」
開口一番、優花がそう問いかけてくる。
「ああ」
「なぎさが行方不明なの!」
「そうみたいだな」
「そうみたいって……心配じゃないの!?」
「別に」
「別にって……」
「ニュースにも書いてあった通り、警察が探してるんだろ。情報公開もしたのなら、もうすでに誰かの証言が警察の方にいっているかもしれない。素人の俺たちがどうこうできる問題じゃねーよ」
「でも……」
優花は何かいいたけだったが、うまく言葉にすることができないようだった。
「それともお前はなぎさの行方に心当たりでもあるのか?」
「それは……ないけど……」
「なら警察に任しておいた方が安心だろ」
「でも!」
「なにいまさら正義感ぶってるんだ?」
「……そんなんじゃない」
「昨日の小学生姿のなぎさを気にしているのか? あれはそっくりさんか何かだろ。たまたまなぎさに似ている子供が俺たちをからかったのかもしれない」
「じゃあ、あの力はどう説明がつくの?」
「さあな……でも、なぎさとは関係ないだろ」
「関係なくないよ……卒業した小学校に行ったら、不思議な力を得て、それであのときのままのなぎさが現れて、全部何か意味があるんだよ!」
「意味なんてねーよ」
「あるよ!」
優花は意地になっているようだった。いつもおとなしくうなずくだけの優花がこんなにも反発することに、颯太は戸惑いを感じていた。
「どうしたんだ、急に」
「えっ……」
「いままでなぎさのことなんか気にもかけてなかっただろ。ずっと無視してたんだろ。いまさらどうしたんだよ。何をしようとしてるんだよ」
「私は……」
「そもそもただの家出じゃないのか? 男ができてそいつのとこに転がり込んでるんじゃないのか?」
「なぎさはそんなことする子じゃないよ」
「いまのお前に何がわかるんだよ!」
急に変わった颯太の激しい口調に優花は尻込みしたのか、押し黙ってしまった。
「お前も俺も転校した日に見ただけで、話してもいないだろ。俺たちが変わったように、あいつも変わったんだよ。昔のなぎさはもういない」
会話が途切れた。2人とも一言も発しない。それはほんの数分の沈黙だったが、颯太には恐ろしく長い時のように思えて仕方なかった。次に話す言葉は一向に浮かんではこず、何を言っていいのかわからなかった。それなのに颯太は電話を切ることができなかった。優花もまた会話をやめようとはしなかった。
「颯太、覚えてる? 駅前の広場」
「あっ?」
「そこでね、いつもなぎさと待ち合わせをして、学校に通ってたんだよ。2人で一緒に歩いた道なんだよ」
「何を言ってんだよ」
「途中から颯太と秀一が合流して、みんなで登校したよね。駅から歩いて20分くらいの距離だから、バスを利用していた子も多かったけど、私たちは晴れの日も雨の日も歩いて学校に向かってたんだよね」
優花は淡々と話しかけてくる。颯太は何も言わず彼女の話に耳を傾けた。
「そんなたいしたことがあったわけじゃないのに、いつも話すことは尽きなかったよね。なぎさと颯太がふざけて、私と秀一がなだめる、そんな役割だったよね。休み時間もお昼のときも放課後も、ずっとみんなで一緒にいたよね」
「それがどうしたんだよ」
「さっき、なぎさの家に行ってきたの」
「行ったって、お前……」
「なぎさね、転校してきたとき車椅子だったでしょ。あれね、中学の時の事故が原因なんだって。そのときの事故で、もう満足に歩くこともできなくなったんだって……」
「えっ」
「あんなにも足が速くて、将来はオリンピックの選手になるって意気込んでたなぎさが、もう一生ちゃんと走ることができなくなったんだよ」
優花の声がくぐもっていくのがわかった。
「違う学校に行くって告白されたときね、私正直なぎさを恨んだ。なんでずっと一緒にいてくれないんだって。でもなぎさは言ったの。私には夢があるんだ。いまよりもっともっと速く走れるようになって、たくさんの人に感動を届けるような選手になりたいって。そのためにもっとすごい学校に行くんだって」
声がしゃくりあがっている。優花は泣いているようだった。
「だから、すこし遠くに離れちゃうけど、でも、ずっと友達だよって。ずっと優花を想ってる。メールするね。手紙も書く。夏休みには遊びに来るからねって。私も絶対メールする。毎日メールする。手紙もなぎさに負けないくらい書く。そう約束したのに。でも私の家族があんなふうになって、いつの間にか連絡も途絶えて……」
優花のむせび泣く声がより大きくなった。
「これが最後のチャンスなような気がするの」
「チャンス?」
「ここでなぎさのことを突き放したらもうダメなような気がするの……もう戻れないような気がするの……」
「だから、さっきから何を言ってんだよ」
「颯太が言った通り私は見ないようにしてきた。でも、そのままずっとなぎさのことを無視していたら、それこそ本当になぎさのこと忘れてしまったら、なぎさの存在は消えてしまうことになる。なぎさと過ごした楽しい思い出も、なぎさが抱えてた辛さも何もかもが消えてしまうような、そんな気がするの」
颯太は言葉に詰まった。優花の言葉には何の根拠も確信もないのに、颯太もまたなぜかそう信じずにはいられなかった。
「私、また小学校に行ってみる」
涙をぬぐい、決意したかのような強くはっきりとした口調だった。
「昨日小学校姿のなぎさに会えたあそこに行けば、なにか手掛かりがわかるかもしれない。なぎさに会えるかもしれない」
颯太は携帯を耳に当てまま、じっとしていた。もう何の言葉も返せなかった。
「なぎさ、最後にすごく悲しそうな顔をしてた。卒業するときに見せたのと同じ表情をしていた。表情は笑顔だったのに、目はとても寂しそうで切なかった」
優花がいま頭の中で思い描いているように、颯太もまた思い起こしていた。昨日のなぎさの悲しげな瞳を。
「とにかく私は小学校に行ってみる。さっきSNSで見たんだけど、あそこから黒い煙が出てるらしいの? 火事か毒ガスかって話題になってる。すごく嫌な予感がするの」
「黒い煙……」
昨日なぎさが言った大変なことが起こるという言葉が、颯太の頭をよぎった。
「颯太もよかったら来て」
「行かねーよ」
颯太はすぐに否定した。だが、優花はその言葉には反論せず、一言、
「待ってるからね」
そう言って電話を切った。
携帯の画面には、通話が終了しましたと言う文字だけが、しばらく表示されていた。颯太はぼんやりとそれを見つめたのち、ベッドに倒れこんだ。エアコンから送られてくる風で前髪が揺れた。蛍光灯の隅に黒いしみがあるのを発見した。
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