柊優花Ⅰ-4
コーヒーショップに入り、店員に促されるまま期間限定おすすめと書かれた甘そうな飲み物を注文する。カップを持って座ろうにも、ちょうどお昼の時間帯なのか店内は混みあっていた。
「うーん、席空いてないな」
「広場のベンチでいいですよ」
「寒くない?」
「べつに……それにあんまり暖かいと気持ち悪くなりますから」
男は「そうなんだ」と別段気にもとめずにそう言った。カップを持ったまま店内を出て、2人で駅前のベンチに腰掛ける。
ホイップクリームがたっぷり乗ったもうコーヒーとは呼べないようなデザートのようなものを一口飲む。見た目通りの甘い味が口の中いっぱいに広がった。男は寒さからホットコーヒーを注文したのだろう、カップから湯気が漂っていた。
男は県内の有名な大学生で、将来は私でも知っている企業に就職することを目指しているらしい。私は「へぇー」とか「すごいですね」とか適当な相槌を打ちながら彼の話を聞いていた。
きっとこの男は私のことが好きなわけではない。
好きなのは“女子高生というカテゴリーに属している私”なのだ。
制服を着ていれば、いくらでも代替えがきく人形が欲しいのだ。
価値があるのはこの制服で、中身はそこそこでいい。そう違いない。
でも、それでもいまはいいように思えた。
本当にどうなってもよかった。
誰かが私を必要としてくれるならそれでよかった。
たとえ将来捨てられるとわかっていても、いま誰かがそばにいてほしかった。
1人は寂しかった。
何の感情も持たないモノでしかないはずなのに、孤独が嫌だった。
自分でも滅茶苦茶で矛盾していると思う。でも、飽きられ、ゴミ捨て場に捨てられたぬいぐるみも、きっとどこかで寂しいのだろう。
肌と肌を重ね合わせれば、私は1人ではないと実感できるのだろうか。
それが一瞬の出来事だとしても、私はすこしでも孤独でないと感じることができるのだろうか。
いつかこの人も私を捨てる。
母さんのように捨てられる。
よそで愛人を作り、でていった父。
泣いていた母親。
現代の離婚率は3割を超えているらしい。その原因が性格の不一致なのか、不倫や浮気なのかなんなのかわからない。ただ教会で永遠を誓ったところで人は裏切られるのだ。
愛の言葉も、約束の指輪も、空虚な絵空事でしかない。
誰かを愛するということなんの意味はない。ずっと続く想いなどありはしない。
きっとなぎさは、もう私のことなどなんとも思ってはいない。家に行くのはやめよう。何もかもがどうでもいい。
「ねぇこれからカラオケでも行かない?」
男がいやらしい手つきで、覗き込むように聞いてきた。優花はうつろな目でうなずこうとした。
なぎさの笑顔が浮かんだ。
——優花。
あのときから変わってない、高めの明るいなぎさの声が聞こえたような気がした。
はっとなって立ち上がる。
駅前のちょっとした広場、いつもここでなぎさと待ち合わせをして学校へ行っていた。
急速に懐かしさがこみあげてくる。
いつからだろう? 一緒に歩いていたはずの道が別々になったのは?
何年も忘れていたのに、思い出すことすらなかったのに、急にどうしたんだろう。
あれから何度も通ったはずなのに、何回も見たのに、いまになってどうしてこんなことを思い出すのだろう。
引っ越しの当日、別れ際のなぎさの顔が思い出される。
なぎさはいつものようにあっけらかんとしていて、最後まで笑顔だった。でも、その瞳の奥底にかすかな翳りを宿していたのを優花は見逃していなかった。とても寂しげで、悲しげで、でも優しい影だった。
なぎさと共に過ごして彼女が感情を露わに泣いたのは1度しかない。あの猫の人形が割れたときだ。それ以外はいつも笑顔で、無邪気に笑っていたイメージしかない。だからこそ余計にあのときの瞳がしっかりと記憶に残っていた。その心寂しい様子がいまはっきりと思い出された。
昨日消える瞬間に見せた、あの表情だった。
急に立ち上がった優花をいぶかしげな表情で男が見ている。男は突然の優花の行動に、次にしゃべる言葉を失っているようだ。会話が途切れ、目の前の大型ビジョンに流れているニュースを読み上げるアナウンサーの声がやけにはっきりと優花の耳に入ってきた。
「では、続いてのニュースです。〇〇県△△市で16歳の女子高校生が2日前の27日から行方不明になっているのがわかりました。行方がわからなくなっているのは△△市に住む高校1年の月島なぎささんです。なぎささんは27日18時頃、□□病院で壮年の男性と話したのを当院の看護婦が見たのを最後に、行方がわからなくなっています。なぎささんは青白いワンピース姿で、車椅子での生活をしていました。携帯電話にかけても呼び出し音が鳴らず、現在もつながらない状態です。足の不自由ななぎささんが1人で遠くに行くのは考えにくく、事件に巻き込まれた可能性があるとみて、警察は本日公開捜査へと踏み切りました。警察はなぎささんの情報提供を呼びかけるとともに、行方不明になる直前に話していた男性についても、何らかの関与があるとして情報を求めています」
優花は走り出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます