柊優花 心臓が動くだけの人形

柊優花Ⅰ-1

 氷が解けたアイスティーは限りなく水っぽく、茶葉の香りもほとんど消えかけていた。ハンバーガーは提供されたときと同じ形を保ったまま、トレーの上で沈黙している。すっかり冷めきったポテトはしなしなにくたびれて、疲れ切った老人のようにうなだれていた。優花はその冷たくなったポテトを一つ掴み、口に運んだ。美味しくも不味くもなく、薄い塩分だけが舌の上に広がる。何の感情もなくただ咀嚼し、胃に流し込む。時刻はすでに11時を回っていた。


 普段なら教室で授業を受けている時間だった。だが、優花は無機質で冷たい木の椅子ではなく、陽気なBGMがかかっている明るい店内の白いプラスチック製の椅子に座っていた。


 優花は生まれて初めて学校をさぼった。朝、普段通り制服に着替え、準備したのはいいが、どうしても登校する気になれず、かといって他に行く当てもなく、仕方なく食べたくもないのに駅前のファーストフード店に入り、時間が過ぎるのを待っていた。


 お昼前のためか、店内はそこまで混みあってはいなかった。斜め前にはスーツ姿のサラリーマンらしき人がノートパソコンを開いて何かを打ち込んでいる。すこし離れた席には大学生だろうか、2人組の男性が何かしゃべっている。テーブルをはさんだ向かい側では女子高生たちがたわいもない話をしている。どうやらスマートフォンで何かの動画を見ているようだ。「何これやばくない」という声が耳に入った。


 優花はぼんやりとその女子高生たちを眺めた。色の抜けかかった茶髪に大きな金のリングのピアス。唇には真っ赤な口紅が引いてあり、それが白く塗りすぎたファンデーションと相まってひどく目立っていた。小さく折り込まれたスカートの丈は短く、足を開けば下着が露出してしまいそうだった。会話の内容からといい、お世辞にも頭がよさそうには見えなかった。


 自分とは似ても似つかないなと、優花は思った。


 カテゴリー的には同じ女子高生なのに、ささいなことではしゃぐ彼女たちと自分とでは、別の生物のように違いがあった。距離は遠くないのに、深い隔たりがあるのを感じていた。彼女たちのようには絶対になれない、でも憧れの念があるのも事実だった。毎日を楽しんで、自由奔放に生きている彼女たちが羨ましかった。私も好き勝手に行動できたらどんなに楽だろう。でもいざとなったら、それをすこしも実行に移すことができない。何かをする前からあきらめ、無理だと決めつけてしまう。

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