天宮聖羅Ⅰ 公園

天宮聖羅Ⅰ-1

「すっかり遅くなっちゃったわね」


 時計を見ると、もう23時近くだった。テストの採点や保護者に向けたプリントの作成をして気づいたら、こんな時間だ。


「ホント時間がいくらあっても足りないわ」


 天宮はそう独り言をいいながら、カバンから車のキーを取り出した。エンジンがかかると同時におなかが鳴る。そういえば結局何も食べていない。帰り際コンビニでも寄ろうかと思い、躊躇した。


「いま食べたら絶対に太るわよね」


 だが、その決意は溶けるように霧散した。


「今日は頑張ったから、特別にご褒美」


 食べ物のことになると我ながら甘いと思う。一貫して意思が強かった父の血はどこにいったのだろうか。


 わずかな父の思い出を背に、家の近くのコンビニへと車を走らせる。深夜のためか、街灯もまばらな道路は深淵に近く、視界がかなり悪い。ヘッドライトの光を照らしても、ほんの数メートル先しかわからない。急に何かが飛び出して来たら避けるのは難しいだろう。


 天宮は自然とスピードを落とした。幸い、時間も時間なのか、後続車はいなかった。速度が遅いからといってあおられることもない。


 途中公園の前を通る。大きい公園で、昔は遊具がいくつかあったみたいだが、危険ということですべて撤去され、広い広場のようになっている。昼間はベビーカーを連れた主婦たちや、キャッチボールをする親子など、憩いの場としてにぎわっている。春には満開の桜が連なり、絶好のお花見場所として、宴会が開かれている。

今年はお花見できなかったな、そんなことを思い浮かべながら何気なく視線を送ると、1組の男女が佇んでいるのが目に入った。


 深夜のカップルかといつもなら気にも留めないのだが、街灯に照らされた服装が暗闇の中でもはっきりとわかり、それが学校の制服に見え、天宮は思わず車を止めた。車中から、注意深く2人を観察する。間違いない、自分の学校の制服だ。ということは、あの2人は生徒ということになる。もう日も変わろうとしている。高校生が出歩いていい時間じゃない。


 天宮は注意をしようと車を降りた。2人は街灯の明かりの下のベンチに腰かけたまま、お互い会話もせずにスマートフォンを触っていた。その事に気が取られていたのか、近づく天宮に気づくことはなかった。電灯に晒され、その顔がありありと見てとれる。それは自分が担当しているクラスメイトの杉野颯太と柊優花だった。


「ちょっとあなたたちいま何時だと思っているの!?」


 けだるそうに颯太が顔をこちらに向けた。優花は天宮の存在を認識するなり、あきらかに驚愕し、しまったという顔つきをして反射的に立ち上がったが、颯太は目の前にいる人物が担任教師であるとわかっても、ベンチに座ったまま顔色一つ変えなかった。


「なんだ天宮か」


「なんだって……いま何時だと思ってるの!」


「そんな怒鳴らなくてもいいだろ」


「怒鳴るにきまってるでしょ。早く家に帰りなさい!」


 だが、颯太は腰を上げようとはしない。スマートフォンで何かのゲームをやっているのか目線もそちらに夢中で、せわしなく指を動かしている。


「いまいいとこなんだよ、ちょっと黙っててくれ」


「何言ってるの、もう下校時間はとっくに過ぎてるのよ。制服姿でこんなところで時間を潰してないで、早く帰りなさい! ご家族も心配してるわよ」


「心配するような人間なんていねぇよ、なぁ優花」


 優花は叱られた子供のように肩をすぼめ、うなだれている。


「それに今日はいろいろ歩いて疲れたんだよ」


「いろいろ歩いた?」


「ちょっと転校生によ、この町を案内してやったんだよ」


「転校生って、神那くん? 彼に何かしたの?」


 天宮は自分でも表情が険しくなるのがわかった。クラス中が神那のことで浮かれているなか、颯太だけがいい顔をしていなかったのを天宮は見逃していなかった。


「この町がいかに外見だけを取り繕ったハリボテの町かをわかってもらうために、ふさわしい場所に案内したんだよ」


「どういうこと? 詳しく説明しなさい」


「閉じ込めんたんだよ」


「閉じ込めた!?」


 颯太はさも満足気に、不敵な笑みを浮かべた。


「あなたたち、何をしたかわかっているの?」


 天宮が怒気の混じった声で言い放つ。


「どこに閉じ込めたの?」


 かなり強めの口調で尋問しているにもかかわらず、颯太の表情は能面のように変化なく、慌てた様子も見られない。あいかわらずスマートフォンの画面をタップしている。


「……小学校です。廃校になった」


 優花がおずおずと答えた。


「すぐにそこに行くわよ」


 駆け足にその場を離れ、車に向かおうとする。だが、2人は動かない。


「あなたたちも来なさい!」


「そんな急がなくてももういねぇだろ。あいつらもバカじゃないんだし、携帯で助けを呼んでるよ」


「それを確認する意味でも来なさい!」


 優花は猛省しているのか、天宮に従いついて行こうとした。だが、颯太はあいかわらずベンチに深く腰掛けたまま、足を組み楯突いていた。


「一緒に来なさい!」


 もう一度天宮が声を荒げると、颯太はしぶしぶ足を崩し腰をあげ、スマートフォンを片手に、けだるそうにあくびをした。

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