杉野颯太Ⅰ-5

 駅前の商店街に差し掛かったとき、ふと見知った顔がほんの数メートル先にいるのを見つけ、颯太は足を止めた。向こうもこちらに気付いたのか一瞬歩みをやめたが、バツの悪そうな顔をして足早にその場から離れようとした。


秀一しゅういちじゃねーか」


 過ぎ去ろうとしたのを呼び止めるように名前を叫んだ。秀一と呼ばれた少年は立ち止まり、こちらの方を振り向いた。だが、すぐに目をそらし、どこかおどおどと挙動不審だった。颯太はそんなことはお構いなしにと、彼に近づいていった。


「こんな時間にどこに行くんだよ」


 脅すように語気の強い口調で問いただす。秀一は口をもごもごとさせていたが、やがて「塾に」と、注意しなければほとんど聞き取れないようなか細い声でつぶやいた。


「塾? 学校でも勉強して、いまからまた勉強するのか。さすが落ちこぼれの俺たちとは違うな」


 秀一は何も言わなかった。つねに視線を落とし、けして顔を合わせようとはしない。反論するわけでもなく、ただオロオロと目線をせわしなく動かし続けている。その態度が颯太の鼻についた。不快感は怒りに変わり、激しい衝動となって行動となる。


「ちょっと付き合えよ」


 颯太は有無を言わさずに秀一の腕をつかんだ。秀一は「あっ」と小さく声に出しただけで、抵抗するそぶりもせず、なすがままだった。捕らえられた獲物のように颯太のあとを引きずられていく。


 優花は颯太のやることに逆らえないのか、他人事のようにじっとして擁護しようとはしなかった。彼女もまた通りにいる通行人と同じく、傍観者に過ぎなかった。


「どこに行くの?」


 おびえる小動物のように秀一の声は震えていた。


「転校生に町を案内してるんだよ」


 一度も案内らしいことをしてはいないのだが、颯太はそう答えた。


「転校生?」


 こいつのことだよと言うように、颯太は神那を指さした。


 神那より背が低い秀一は見上げるように彼を見据えた。知らない人間のためか、それともあまりに浮世離れした美少年のためか、すこし緊張しているようだった。


「神那愛っていうんだよ、こいつ。女みたいな名前してるだろ? でも男なんだぜ」


 神那を指し示したまま、おもいっきり嫌味を込めて言い放つ。


「容姿も中性的な感じだろ。こう可愛い顔してると、男どもが黙っていないんじゃないか。ほら、この服とか似合いそうじゃねぇか、なあ、愛ちゃん」


 颯太はショーウィンドウに飾ってあるあきらかな女物の服を見ながら、挑発するようにそう言った。


 どう考えても侮辱するその発言に、秀一と優花は青ざめた。2人とも一触即発するのではないかとびくびくしていた。だが、当の本人である神那はとくに気にもしてないのか、フリフリのワンピースを珍しそうな眼で眺めている。まるでいまからこれを着て来いと命令したら、本当にそうしてくるような素振りだった。そのとぼけた態度が火に油を注いだのか、颯太はますます苛立ち始めた。


 さっきからのこいつの態度は何なんだろうか。


 もしかしたらはじめから俺をおちょくるためについてきたのかもしれない。黙って従っているふりをしていて、本当は心の中で俺をバカにしているのかもしれない。


 秀一が火種となり、神那がガソリンとなって、颯太のなかでくすぶっていた怒りが一気に燃え上がった。どこへ行くとかどうでもよかった。ただ神那を困らせたかった。どこか辺鄙な場所に連れていき、そのまま置き去りにしてやろうか、そう目論んでいた。


 ふいに神那が勢いよくこちらのほうに振り返った。いい加減嫌になり、ついに殴りかかってくるのかと颯太は身構えたが、そうではなかった。神那はあきらかに颯太を視界にいれていなかった。


「おい、転校生」


 不思議に思い呼びかけたが、神那はうわの空で、こちらの動向には応じなかった。


 颯太はいぶかしげに感じながらも、神那の視線の先を追うように首を曲げた。

駅を越えたすこし先、神那は小高い山の上のほうをじっと凝視しているようだった。


 颯太にとって、いや優花や秀一にとってもそこは見慣れた光景だった。坂を進んだ先に小学校がある。在学していた颯太たちは毎日その坂を上っていた。ほとんどの生徒がバスで登校する中、彼らはいつも徒歩で学校に向かっていた。だがもういまはその坂を上る人はいない。少子化と老朽化から小学校は廃校となった。颯太たちが最後の卒業生だった。


 卒業後、小学校はすぐに取り壊されるはずだったが、なにか問題があったらしく、放置されたままもう3年以上もそのままの姿となっている。廃墟というほど崩れてもいないため、そういったマニアが来ることなく、解体工事のために設置された照明がなぜかいまも点灯するため、夜も比較的明るく、心霊スポットといった感じでもなかった。なによりも地理的に曲がりくねった坂道を歩かなくてはならないため、廃校後、その小学校に人が近寄るということはほとんどなかった。


 その小学校の方を神那はただ注視しているのだった。


 その姿に不信感を覚えながらも、ふとある思惑が颯太の中に浮かんだ。


 あそこの体育倉庫にこいつらを閉じ込めたらどうだろうか。


 体育倉庫はよくある両側に扉を引くタイプのもので、もちろん倉庫の鍵は持っていない。だが、あそこの扉は老朽化から片方の建付けが非常に悪く、2人係で押し込むように引かないと動かない。そのためなにか棒状のもので片方の扉が開かないようひっかければ簡単に閉じこめることができる。過去そういういたずらをして問題になったこともあるし、その後直されたという話も聞いたことがないので、いまでも十分実行可能だろう。


 なに扉を封鎖したところで携帯を使い、すぐに誰か助けを呼ぶだろう。ただ救出されるまでの間、こいつらに一泡吹かすことができる。我ながらこれ以上ない良いアイデアに思えた。


 学校までは商店街ぬけてまっすぐ向かえば、ここから20分程度で着く。それは何度も通った道だし、迷うこともない。


「転校生」


颯太が神那に呼びかけた。今度はちゃんとこちらの方へ振り向いた。


「この町で一番見晴らしのいい場所に案内してやるよ」


颯太は邪推な笑顔を浮かべそう言った。

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